海に咲く夢 3部 20




すぐに予行練習を始めると言っていたのに、いくら待っても観月も叔父も教会へ姿を現さなかった。
観月の真の目的が自分の足止めだとしても、実際には予行練習を行わず、ただ待ちぼうけを食らわせるというのはいくらなんでもお粗末すぎると柳は思う。
これではいくらも時間など稼げはしない、不審に思えば人はなんらかの行動を起こすのが普通だ。
「・・・なにかあったか」
教会の中で準備をしていた使用人たちがいつまでも現れない主に困惑しているのを見ても、観月が本当に予行練習をしようとしていたことがわかる。
柳は懐から銀の懐中時計を取り出して時間を確かめる。
観月と別れてから30分近く経った。
一度城の中に戻った方がいいかもしれない。
柳は近くで右往左往している使用人を1人捕まえると、城の中の観月の部屋まで案内を頼んだ。


城の貴賓室の最奥にある部屋へ通され、中へ入ると観月と大石の叔父がいた。
全身青一色で揃えられた王の正装を身に付けた叔父の、左耳で澄んだ光を放っている青の石に柳は目を留める。
だが、今はそれには触れず、軽く会釈して柳は観月に歩み寄った。
「教会で待っていたのだが」
声をかけると観月は初めてそこに柳が立っていることに気付いたようだった。
「・・・ああ、申し訳ありませんでした。実は急な用ができまして、本日のリハーサルは中止することにしました」
動揺したように目を泳がせ、上の空で謝罪を口にする。
「なにかあったのか?俺にできることなら力を貸すが」
「いえ、それには及びません。たいしたことではありませんから。こちらからお願いしておいて申し訳ありませんが、今日はもうお引き取りください」
申し出をきっぱりと拒絶した観月に半ば追い出されるようにして柳は部屋を出る。
観月の様子を見てもたいしたことではないと額面通りに受け取る訳にはいかなかった。
辺りを見回すとちょうど廊下を磨いている使用人がいたので声をかける。
使用人は異変と言うほどのことではないがと前置きした後、仁王が少し前にかなり急いでいる様子で部屋を飛び出していったと教えてくれた。
知らない者が見ればたいしたことではないかもしれないが、あの仁王が血相を変えるというのはかなり緊迫した状況であると柳は判断する。
現状、仁王がそこまで危機感を持つことと言えば暗殺計画以外に無い。
詳細はわからないが、なにかアクシデントが起きた可能性は高い。
柳は足早に城を出て大石が戻っているはずの宿へ向かった。



**



赤澤は城下町を歩きながら手にした書面に目を落として溜息をつく。
ただならぬ観月の様子が気になって、問い詰めてもはぐらかすばかりの仁王に業を煮やして、そして瞬間的に思いついた出来心だった。
まさか、暗殺計画なんて、そんな大それたことを観月が考えてるなんて思いもしなかった。
だが、これで全てわかった。
観月が変貌した理由が。


王子と観月が会談する隣室で、本当なら仁王の手に渡るはずだった計画書を読んで、どうするべきか真剣に悩んだ。
そして、仁王の代わりに計画を実行することを決めた。
ただし、計画は王子の元側近という立場を利用した仁王が実行する前提で書かれていたので、そのままでは使えない。
観月のように緻密な計画は立てられないが、変更しなくてはならない箇所は誘い出す口実と、実際に手に掛ける部分くらいだからどうにかなるだろうと赤澤は思う。
実のところ、王子の滞在している宿というのも赤澤は知らなかったが、あまり貧相ではない宿を当たっていけば見つかるだろうと見当をつけていた。
街を歩きながら赤澤は宿を探し、道すがらすれ違う人々に目を遣る。
武人の国と言われる青の国は、赤澤が育った山岳地帯と似たきびきびと活気のあるいい国だった。
観月がこの国を欲しいと思う気持ちはわからなくもない。
暗殺などという卑怯な手段は決して褒められるものではないが、毎日寝る間もない程忙しく立ち働いている観月の為に今回だけ目を瞑ってやろうと思う。
勝手に計画に参加したことに観月は激怒するだろうが、結果を出せば渋々でも認めることもわかっていた。


3件目の宿屋を出た赤澤は通りの向こうから歩いてくる王子を見つけた。
親しげに話しながら歩いている連れの赤毛には見覚えが無かったが多分仲間だろう。
声をかけて誘い出す口実を話し、連れがここで別れればそれでよし、一緒に行くと言えばそれでもかまわない。
剣を抜いて正面から戦う訳ではないのだ。
赤澤は足を速めて王子たちの元へ向かった。



**



仁王はまっすぐに大石の滞在する宿へ向かう。
赤澤に計画を実行させない為には大石の身柄を先に押さえてしまうのが一番確実だ。
宿に着き、部屋の扉を叩くが返事が無い。
鍵がかかっているところをみると大石は外出しているのだろう。
1階へ降り、宿の主人に聞けば大石は朝出かけたきりまだ戻っていないという。
おそらく城から戻ったその足で英二王子の宿へ行ったのだろうと仁王は思った。


英二王子の宿か、それとも港へ行くか。


観月の計画では港から小舟で海に出る手筈になっていた。
仁王は昨日の昼に観月と詰めていた計画を思い浮かべる。
船を出す手配等を考えると昨日の今日で大幅な計画変更は無いと考えていいだろう。
英二王子の宿に大石がいる可能性は100%ではないが、赤澤が計画書どおりに動くつもりなら港へは必ず現れるはずだ。
行先を決めると、仁王は港へ向かって走り出した。


宿から港まではそう距離もない。
間に合ってくれと祈るような気持ちで全力疾走し港に着く。
観月が口利きをした漁師がすぐに小舟を出せるように準備をしているはずだと、停泊している船を見て回ったが該当しそうなものがない。
「ちょっと聞きたいんじゃけど、ここ20分くらいの間に出港した船がおる?」
漁船の荷降ろしをしていた漁師に仁王は尋ねる。
「ああ、つい10分くらい前に小型の漁船が出たな」
そう言われて思わず海を見遣ったがもう船の影などどこにも見えなかった。





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