海に咲く夢 3部 21
漁師が操る小舟が海を行く。
今日は波も高く、乗り慣れた大石の船に比べれば木の葉のように小さな船は英二にとって心許ない。
目の前に座るよく日に焼けた精悍そうな男は赤澤といって、叔父の護衛をしているのだと大石が紹介してくれた。
その赤澤に頼まれて、英二は大石と一緒に青の国の南にある小さな島に行くところだった。
「確かに昔、国の中に置いておけない極悪人を閉じ込めていた獄舎の島があったとは聞いている。だけどその島を獄舎として使っていたのはもう300年以上前の話だ。それなのに観月は調べてこいと言っているのか?」
「観月のやつは完璧主義だからな、どんな些細なことでも把握しておきたいんだろう」
大石の疑問に赤澤が苦笑いで答えている。
それほど時間はかからないという言葉どおり、行く手にはもう小さな島影が見えた。
船に乗っておよそ1時間くらいだろうかと思いながら英二は空を見上げる。
雨の匂いがしている。
「ね、その獄舎のある島に着いて、中を確認したらすぐ帰んの?」
英二の問いに赤澤が片眉を上げた。
「ああ、長居する必要はないからな。でもなんでそんなことを聞くんだ?」
「もうすぐ雨が降るよ。波が荒れたらこの船じゃちょっと危ないんじゃないかなって思って」
「おいおい、本当か、それは」
赤澤は空を見上げるが青く晴れ渡った空に雨雲らしきものは見えない。
「そういえば風も強くなってきたな」
大石も同じように見上げる。
船を操っていた漁師も天候の変化を感じ取っているのか先ほどから船足を速めている。
「まぁ、そう長くいるわけじゃないし、大丈夫だろう。観月としては獄舎をどうするか決める参考にしたいって話だしな」
そうやって話している間にも船は進み、やがて目的の島へと辿りついた。
その島はごつごつとした石くれと岩しかなかった。
島の中ほどに小山ほどの大きさの岩があるのが船からも見える。
漁師に船で待つよう伝えた赤澤が大石と英二を伴って岩場を歩いていく。
中央の岩山は岩盤をくり抜いてあり、入口には鉄格子の嵌った小さな扉があった。
格子から中を覗くと暗い岩肌の奥にさらに格子の嵌った扉があるようだ。
「中に入ってみよう」
赤澤が錆びた鉄格子に手をかける。
何度か押し引きを繰り返すうちに扉はギギギと軋んだ音を立てて開いた。
赤澤が先頭に立ち、中腰で扉を潜り抜け中へ足を踏み入れる。
それに大石が続いた。
英二はどうしても薄暗く狭い岩穴のような獄舎に入る気がせず、どうしようかと格子の外で逡巡する。
少しずつ雲が出てきた空も気になった。
「ん?どうした?入ってこいよ」
赤澤が振り返り、格子の外に立ったままの英二に声をかける。
英二は少し考え、そして首を横に振った。
「オレはここで待ってる」
「別に怖いものなんかないぞ?いいから入ってこい」
英二を連れにいったん外へ出ようとした赤澤を大石が引き留める。
「いいじゃないか、入りたくないって言ってるんだし。特に中で人手が必要な作業をするわけでもないんだろ?」
「それじゃ困るんだよ」
「え?」
赤澤の意図するところがわからず大石が聞き返したが、赤澤はそれには答えず大石の手を振り切って格子の外に出ていった。
**
柳は宿に戻ろうとした道の途中で城に向かって走ってくる仁王に会った。
息を切らし、柳さえ振り切って先を急ごうとする仁王をどうにか押さえて状況を聞きだす。
「そういう訳じゃから、俺はこれから観月の所へ戻って計画の詳細を確認してくる」
掻い摘んで事情を話した仁王がそのまま城に行こうとするのを柳が止めた。
「待て。観月も赤澤の行動については関知していない。精市の所へ行こう」
「幸村?ここにおるんか?」
驚いたように目を丸くする仁王に柳が頷いて見せた。
「先日、観月を作った乾を連れて来たんだ。まだ青の国に滞在している」
「・・・俺は今、初めて神様ちうんは本当におるんじゃと思うたぜよ」
「急ごう。赤澤の動向がわからないうちは油断禁物だ」
あからさまにほっとした仁王に釘を刺して柳は幸村が滞在する宿へ向かって走る。
仁王もそれに続いた。
**
赤澤は焦っていた。
予定ではこの2人が牢の中に入ったところで自分だけ外へ出て牢の鍵を閉めるはずだった。
観月の希望とは言え、赤澤には最初から大石を殺すつもりなどない。
ただ観月の邪魔にならないようにしばらくどこかへ監禁するつもりでいた。
そこで思いついたのが以前に観月から聞いた牢獄島だ。
だが思い通りに事は進まなかった。
英二は何が嫌なのかどうやっても牢の中には入ろうとせず、あげく一度は牢に入った大石までも外に出てきてしまった。
空はいつの間にか雲が広がり青空は覆い隠されて波も高くなっている。
船で待つ漁師も気遣わしげにこちらを見ている。
「とにかく、早く2人とも中に入ってくれ。急がないと船で戻れなくなるぞ」
「だから!なんでオレまで入んなきゃなんないんだって聞いてんの!」
「英二のいうとおりだな。なぜみんなで入る必要があるんだ?」
心の中で舌打ちをして赤澤が頭を掻き毟る。
いくら考えてもこの2人を納得させられるような理由がみつからない。
それどころか目の前の2人は明らかに不審の目を赤澤に向けている。
腕ずくで牢の中に入れるか。だが1人ならまだしも2人は。
そこまで考えて赤澤の頭にある考えが閃いた。
1人でいい、無理に引きずってでも牢の中に入ればもう片方も後を追ってくる。
赤澤は英二に目を付けた。
手練の大石を直接相手にするよりは楽だろう。
「理由なんてどうでもいい、こい!」
赤澤が素早く屈みこみ、英二を肩に担ぎあげる。
だが、赤澤が牢に向かって走るより早く、担がれた英二が背中側からがっちりと赤澤の腹に腕を回し、そのまま膝を使って強烈な蹴りをかましてきた。
胸のすぐ上を強打された赤澤は呻いて膝を着く。
拘束の緩んだ隙を狙って腕から逃れた英二が赤澤の後頭部へ踵蹴りを入れると、大石が崩れ落ちようとした赤澤の襟首を掴んだ。
「どういうことか聞かせてもらおう」
ぐらぐらと揺れる辺りの景色を遮ってきつい表情を浮かべた大石の顔が現れる。
失敗だ。
抵抗も逃げることもできない状況に赤澤は即座に観念した。
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