海に咲く夢 3部 24




城に着く。
門をくぐり城の中へ入ったところで、赤澤は自分を捕らえる縄を持った黒羽に体当たりをかまし逃走を図った。
「あ、おい!」
逃げるとは思っていなかっただろう黒羽の声を背後で聞きながら、赤澤は城の中を走る。
まだ何も知らない観月を逃がさなくてはならない。
遅れて追ってくる足音を振り切る為に全速力で反対の方角へ走り、物陰に隠れて黒羽をやり過ごしてから観月の部屋へ向かう。
体を拘束していた縄を力任せに引きちぎり、観月の部屋の扉を開けた。

扉の前には仁王が立っていた。
突然息せき切って現れた赤澤を驚いたように見ている。
「ちょうど良かった、仁王。観月を連れて今すぐここから逃げてくれ。観月、身支度してる暇はない、早く」
仁王の肩越しに椅子に掛けたままの観月を促す。
だが観月は立ちあがるでもなく、首を振ると投げやりな口調で答える。
「無駄ですよ。仁王くんは王子側の間諜ですから」
「・・・なんだと!本当なのか!?」
「まぁ、そういうことになるかのう」
驚愕する赤澤に仁王が苦笑う。
再度観月の方を見ればすでに諦めているのか、疲れた様子で椅子にもたれている。
どうすればこの場を切り抜けられるのか。
赤澤は目の前の仁王を見た。
実際に戦うところを見た訳ではないが、立ち居振る舞いの隙の無さだけとっても相当腕が立つことはわかる。
おそらく自分の腕では歯が立たないだろうことも。
しかしここで諦めれば観月を守ってやれない。
赤澤は仁王から目を離さないまま僅かに移動すると、部屋の隅に立てかけてあった観月の剣を取った。 鞘を払って剣先を仁王に向ける。
勝つ必要はない、観月が逃げる隙を、時間を作れさえすれば。
「捨て身の覚悟、か。・・・困ったのう」
仁王が腰の剣を抜く。
「やめなさい、赤澤!!」
観月の切迫した声が部屋に響く。
赤澤は答えず、仁王だけを睨むように見据えたまま、間合いを詰める。
突きだした剣は澄んだ音を立てて弾かれたが反撃は返ってこない。
2撃目を仕掛けるがこれもかわされる。
3、4撃と全て仁王は軽くいなすだけで攻撃をしてこようとしない。
駄目だ、このままじゃ隙など作れやしない。
赤澤は体の奥底から絞るような雄叫びをあげて正面に立つ仁王に突っ込んでいく。
この距離なら逃げられないはずだ。
手負うのは元より覚悟の上、刺し違えてでも、一瞬でも仁王の動きを封じることができれば。

だが決死の覚悟の剣も仁王は紙一重の間で素早く避けた。
突進してきたのとすれ違い様に仁王は赤澤の鳩尾に剣の柄を思いっきり叩きこむ。
どうっと音を立てて赤澤は前のめりに床に倒れ、それきり動かなくなった。
立ち竦んだまま成り行きを見守っていた観月が倒れた赤澤に歩み寄る。
屈みこむと首に手を置き、脈があることを確かめて安堵の息を吐いた。
仁王は剣を鞘に納めて、赤澤の脇に座ったままの観月に声をかける。
「赤澤を助けたいとは思わんか?」
「・・・全ては僕が書いたシナリオです。赤澤にはなんの罪もありません」
「俺が知りたいんは叔父上の正体なんじゃけど」
「あの人は、」
言いかけた観月の声が扉が開く音に遮られる。
「それは私から話そうか」
そこには叔父と、そして大石たちが立っていた。



**



「今更こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが」
叔父を名乗った男が大石を見つめて穏やかに微笑んだ。
「決して悪気があった訳でも国を乗っ取ろうとした訳でもないんだ。ただ、私は亡くなった親友の心残りを果たしてやりたかった」
観月が使っていた部屋から広間へ場所を移した大石たちは、それぞれが手近な椅子やソファに腰をおろし話に耳を傾ける。
柳の推測どおり、山岳地帯で医療を行っていた2人の医師のうち、亡くなった方が大石の叔父であった。
ちょうど流行病に侵され床に伏せっている時に、下界から来た旅人が持っていた古い新聞を叔父は目にした。
祖国が滅んだことに衝撃を受けた叔父は、高熱を発している体で無理をして下山しようとし、それが祟って命を落とした。
親友を引き留められず死期を早めてしまったことへの悔い、それが祖国へ帰れなかった親友の代わりに青の国へ行こうと思うきっかけになった。
「秀一郎くん、これを受け取ってもらえないかな」
叔父の親友だったという男が小さな包みを荷物から取り出す。
大石が包みを開くと国の紋章が入った細い金の指輪と一束の遺髪が入っていた。
「王家の墓へ入れてやってもらえるとありがたい」
「・・・わかりました」
丁寧に包みを戻し、懐にしまいこんだ大石に男が微笑む。
「ありがとう。これであいつも祖国で眠りにつける。・・・今回のことはすまなかったね。親友の代わりに私ができることをしてやりたいと思ったんだが、君のようなしっかりした後継ぎがいるのなら余計なお世話だったな」
「いえ、叔父の想いを叶える為にわざわざここまで来ていただいて感謝しています」
叔父を騙ったことを許した大石にその場が和やかな雰囲気になる。
だが、これで終わりじゃ納得いかないと赤也が抗議の声をあげた。
「ちょっと待ってくださいよ。王族の証である青の石のピアスまで偽造しておいて、悪気はなかったじゃ済まないっしょ」
赤也は連れてきた宝石細工師の男を証人として突きだす。
細工師は渋い顔で観月にちらりと目を向けた。
観月は興味なさげにその視線を流し、雨上がりの鮮やかな夕陽が射す窓の外を眺める。
「細工の依頼は僕がしました。さらに言えば、ただ形見の品を届ける為だけに青の国に向かおうとしていたその人を先王の弟に仕立て上げたのも僕です」
感情を交えず、淡々と告白する観月に部屋の中の視線が集中する。
「なぜそんなことを?」
柳が静かに問う。
「僕は自分になにができるのかを知りたかった。・・・それだけです」
窓の外を向いたままの観月が答える。
「呆れたな。そんなことの為にこれだけの人間を巻き込んで騒動を起こしたのか」
心底呆れ返ったような幸村の声音に観月が振り向いた。
「ええ、そうです。僕にとってはとても大切なことでしたので。・・・さぁ、これで事の顛末も、全ての責任が僕にあることもわかったでしょう。乾博士」
手帳になにやら書きつけていた乾が観月に呼ばれて顔を上げる。
「どうやら僕は欠陥品のようです。分解するなり作り直すなりお好きにどうぞ。確か、パートナーが欲しいのでしたね」
「いや、それはもういいんだ。・・・観月、分解や作り直しをすれば今の人格データは消去されて何も残らない。もちろん、観月であった記憶もだよ」
「・・・残す必要などないものです」
場がしんと静まり返る。
対処に困った乾がどうしようかと目線で幸村に問い、幸村は大石を指さす。
大石は少し考えた後、場を見渡し、そして全員に向けて声を発した。
「戴冠式までもう時間が無い。来賓も手配済みで明日には到着するから今更延期する訳にもいかない。観月の処分は話し合いも含めて戴冠式の後で行おうと思う。異議のある者は?」
再び窓の外に目を移した観月以外の全員が頷いて同意を示す。
継承者の問題はひとまず解決した。
次に大事なのは3日後の戴冠式を成功させることだった。






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