海に咲く夢 3部 3
西国との国境に近い城塞は、国に変事のあった時に離宮として使用するが、常時は国境を監視する兵の詰め所として使われていた。
華美なところはなく、実用的な物が必要最低限置かれているのは首都にある城と同じだ。
王から家臣に至るまでのほとんどが武人であった青の国は、実用的な物の本来の形こそが美しいと考え、過剰な装飾は好まない。
それは王から民に至るまで同様で青の国の国民性とも言えた。
西国の管理官と共に早朝首都を馬車で出発した大石たちは昼過ぎにようやく城塞に着いた。
小ぶりだが堅牢な石造りの城塞は戦禍を逃れたのか大石の記憶に残るままだったが、外観はそのままでも内はかなり様変わりしていた。
叔父の使用人の案内で通された部屋は、本来は石材の大テーブルが中央に設置され、それを取り囲む簡素な木の椅子だけがある、多人数で会議や食事をする為の大部屋だったが、今では窓には繊細な織り模様の入った絹のカーテンが幾重にもかかり、武骨な石のテーブルは撤去されその代わりに優美な曲線を持つ重厚な木のテーブルが置かれていた。
部屋に立ち込める香の柔らかな匂いから、巨大な香木を切り出して作られたものだろうと柳は推測する。
壁には趣味の良い絵画、蜀台は銀、水差し等の小物は淡い色硝子を金で繋ぎ合わせた細工で一揃い、足元は毛足が長く、毛先が光の加減で星のように煌めくラグが部屋一面に敷き詰められていた。
これはまるで絵に書いたような王侯貴族の部屋だと柳は思う。
趣味は良いと言える。紛い物はなく、どれもそれなりの価格がするだろう正当な芸術品だ。
だが、これは青の国の統治者が住む部屋ではない。
「西国の貴賓室を思い出すのう」
ぽつりと感想をこぼした仁王が苦笑いしている。
大石は、と様子を伺えば、さすがに戸惑いを隠せないようだった。
「待たせてすまなかったね」
にこやかな笑みを浮かべた叔父が、背後に護衛らしき若者を従えて入室してきた。
まっすぐ大石に歩み寄ると、いっそ大げさな程、感動を顕わに大石を抱擁する。
「大きくなったものだ、秀一郎。最後に会ったのはまだ君が3つの頃だった」
「ご無沙汰しています。叔父上もご健勝なようでなによりです」
ひととおり挨拶を済ませ抱擁を解いた叔父は、大石と柳、仁王にそれぞれ椅子を勧め、自らも護衛と共に席に着いた。
「本当はもっと早くに帰ってくるべきだったのに遅くなって済まなかったね、秀一郎。実は、」
叔父が青の国に戻る前のことを話しだす。
青の国から遥か東に大陸の9割を山岳地帯が占めている地域がある。
高いところでは標高2000m以上にもなる山岳地帯に住むのは未開の部族、確認できているだけでもその数およそ800以上と言われている。
叔父はその部族間を転々とし、呪術で病や怪我を治していた彼らに医術を教えて回った。
場所柄、情報の伝達は悪く、地上の、ましてや他国の情報が入ってくることはほとんどない。
青の国で戦があったことや一度滅んだことを知ったのも、たまたま立ち寄った下界からの旅人が、荷物を包むのに使っていた古新聞に書かれていたのを偶然読んだからだった。
「新聞の日付はもう5年近く前のものだったけれど、居ても立ってもいられなくなってね、大急ぎで下山してきたんだ」
「そうだったんですか。重要な仕事をされている途中に申し訳ありません」
「確かに医術の伝導は私の使命だと思っているよ。だが、そのせいで祖国が危機に瀕していたことも気づけなかった。・・・今さらと思われるかもしれないが、償いをさせて欲しい。継承権を剥奪することもなく私の自由を許してくれていた亡き兄に報いるためにも、青の国の復興を成す礎となりたい。どうだろう、秀一郎。まずは私が礎となり国を興し、それを君が継ぐというのは。流れ者のような生活をしてきたから私には妻子も無い。豊かになった国を兄に代わって君に贈りたい」
「・・・叔父上」
同じ国を思う者として大石と叔父は通じ合った。
口を挟まずただ2人の話を聞いていた柳は、大石が叔父に王位を譲るだろうことを確信した。
叔父の話に綻びは無い。
話だけ聞けば、奉仕と社会貢献の生き様はさすが先代の王の弟だけあると思えるくらいだ。
だが、柳はどうしても違和感が拭えない。
それはこの豪奢な部屋のせいであるのかもしれないし、先代王と少しも容貌が似ていないせいかもしれなかった。
似ない兄弟なんていくらでもいるし、部屋だってただ単に貴族趣味なのかもしれない。
違和感の正体は柳自身にもわからない。
わからないが、このまま青の国を預けてしまうことに不安がある。
「叔父上がそこまで言ってくださるなら俺の出る幕はありません。青の国をどうかお願いします」
「ありがとう秀一郎。私は全力で君の期待に応える。そして豊かな国を君に返そう」
大石と叔父がしっかりと握手を交わす。
「では実務的なことを少しお話してもよろしいでしょうか」
そう切り出した柳に叔父が鷹揚に頷いて見せた。
「現在、青の国は復旧工事を西国に依頼しています。今はまだ国内で復旧作業が行える状態ではないので、これはこのまま西国に任せるということでいいでしょうか」
「ああ、もちろんだ。なにせ私が連れてきたのは僅かに4人ほどだからね、とても代わって工事は行えない」
「ありがとうございます。それと戴冠式ですが、伝統に則れば建国した月である10月になります。城の修繕もその頃までには完了する予定ですし、他国に仮住まいしている民が戻る時間も必要です」
「う、うむ・・・早い方がいいかと思ったが、そうだな、では10月にしよう」
ありがとうございますと柳は深々と頭を下げた。
戴冠式まであと2ヵ月、不自然に思われない程度の時間稼ぎとしてはこれが精一杯だ。
2ヵ月の間に叔父とその真意について徹底的に調べ上げなくてはならない。
それも大石には調べていることを気づかれないように、だ。
大石は敵に対しては警戒を怠らないが、一度懐に入れてしまった者については疑うことをしない。
柳にしても今は大石を説得できるだけの理由も根拠も持たない。
にこやかに歓談を始めた大石と叔父を見遣った柳が、ちらりと仁王に目配せする。
わかっているというふうに仁王が口の端を釣り上げて笑った。
柳は大石の傍を離れることはできない。
大石と共に叔父に会う時に探りを入れる程度にしか動きが取れず、それなら調査の主な部分は仁王に任せるしかない。
仁王と、黒羽や慈郎、他の部下たちと。
場合によっては叔父が滞在していたという山岳地帯まで行ってみなければならないかもしれない。
調査を終え、叔父の人間性が信頼に値するものだという結果が出るのが一番いい。
だが、万一の時は証拠を押さえて叔父に対抗しなくてはならない。
2ヵ月という期間で果たしてそれが可能なのだろうか。
どう考えても時間は足りないがやるしかない。
大石を守り、国を守る、それが青の国の宰相として生まれてきた自分の使命なのだから。
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