海に咲く夢 3部 4




叔父との会合から戻り、1人宿を出た仁王は着々と復興を始めている町を歩いていた。
生まれ育った家は城から少し離れた所にあるが、東国の侵略を受けた時に父や弟子たちが徹底して東国の兵士に抗った為に、屋敷は燃やされ跡形も残っていない。
更地になった屋敷の跡地を眺め、隅に寄せられた廃材に腰を下ろす。
これといって感慨も浮かばないのは性分なのか、時間が経ち過ぎたのか。
苦笑いして仁王は懐に手を入れた。
チチチと小さく鳴く鳥が仁王の指先に止まる。
宿で書いた書簡を足に括りつけ、仁王は鳥を空に放った。
2ヵ月で叔父のことを調べ上げるには今ここにいるメンバーだけでは手が足りない。
柳は大石から離れられず、大石に内密で調べるなら英二王子にも知られてはならない。
そして自分が自由に動く為には英二王子にも護衛を付けておく必要があり、それは宿が一緒になっている黒羽が適役だろう。
地道な調査には慈郎は不向き、木手は幸村の傀儡になるから柳が使う。
一緒に航海をしてきた連中は他にもいるが、主だったメンバーと違いこちらで指示を与えなければ動けない。
かといって全てを把握し指示出ししながら動くなんて面倒な真似は極力したくない。
となれば、外に助っ人を求めるのが良策だ。
仁王の頭には2人の助っ人の顔が浮かんでいる。
彼らの協力が得られれば2ヵ月でもどうにかなりそうだった。


**


主の部屋から退室し、自室で寝台に腰を下した赤澤はそこでやっと一息ついた。
離宮を訪ねてきた青の国の先代王の息子、そしてその側近たちと会合を行った。
向こうが王位を譲ることを拒めば一悶着起きた可能性は高く、もともと赤澤はそういう時の為に連れてこられた護衛だ。
近隣の部族の中では1番腕が立つと評判だったし、自分でもそれなりに自信はあったが、先代王の息子とその側近を実際に見た時は正直かなり肝を冷やした。
3人が3人ともかなりの手練れ、1対1でも勝てるかどうかわからないのに、それが3人となれば。
「戦う羽目にならなくて良かったぜ・・・」
「情けないですねぇ。それでも護衛と言えるのか僕は疑問ですよ」
ひとり言のつもりが返事がして赤澤はぎょっと部屋の隅に目をやった。
「観月!お前、勝手に人の部屋に入るなって言ってるだろ!」
観月と呼ばれた青年は端正な顔に皮肉な笑みを浮かべて赤澤に歩み寄る。
「貴方は油断し過ぎです。声をかけられるまで僕の存在に気づかないなんて、戦士失格ですよ」
「・・・くそ、返す言葉が無い」
がっくりと項垂れた赤澤を満足そうに見下ろして観月が笑う。
「とにかく、無事に話し合いが終わって良かったですね。もっとも、それも僕のシナリオ通りですが。あの王子は自らが清廉潔白、無私無欲、だからこそ他者も、まして自分の叔父を疑うはずがない」
「・・・王子はそうだとしても、あの側近はわからないぞ」
「臣は主に従うもの。大丈夫ですよ。手は打ってあります」
見上げれば自信満々で艶やかに微笑む観月に赤澤は思わず苦笑する。
「まぁ、難しいことはお前に任せるよ。俺は肉体労働に徹する」
「それなら情けないことを言ってないで剣の稽古でもしておきなさい。僕のシナリオは完璧ですが予期せぬ事が起きないとは限りませんよ」
「はいはい。まぁ、任せとけって。いざとなったらちゃんとお前のことは守ってやるさ」
「お願いしますよ」
そう言うと観月は用が済んだとばかりに赤澤の部屋を出ていく。
王子の側近たちに怯むことも予想済って訳かと赤澤は苦笑する。
観月は青の国に来る途中に立ち寄った島で主が気に入って雇い入れた。
口は悪いが頭は切れるしどこで覚えたのか僅かに呪術も使う。
気位が高いのかあまり素直ではないが、時折細やかな気遣いを見せるところが赤澤は好きだ。
主が青の国の王になれば、観月が宰相で自分は将軍になることが決まっている。
長の息子でもなんでもない、ただの部族の1戦士に過ぎなかった自分がこれだけ大きな国の将軍となる。
なんだか夢のような話だった。


**


「へぇ、叔父さんってお医者さんだったんだぁ」
「実際に診療も行うし、医術を学ぶ者に教鞭を取っていたこともあるらしい」
大石は柳と共に英二の宿を訪ねていた。
黒羽も交え、4人でお茶を飲みながら叔父との会合の結果を報告する。
他にも叔父から聞いた未開の部族の話や、難しい病気の治療薬を発見した話をすると英二が感嘆の声を上げた。
「ほえー、やっぱり大石の叔父さんだけあってすごいねー。未開の部族に医術を教えてたなんて、そうそうできないよ?そういう人が王様になれば青の国も平和になるよね。大石が王様になるんじゃないのは、ちょっと残念だけど」
でも、と黒羽が口を開く。
「先の話になるってだけで、結局は大石が国を継ぐんだろ?」
「そういう話だが叔父もまだ若いし、5年、10年の話じゃないだろうな」
言いながら、時間があるのは悪いことではないと大石は思う。
子供の頃に父の政務を手伝いながら政を学んだように、叔父に付いて手伝いをしながら色々学べることはあるだろう。
いずれ国を譲られた時には、滞りなく治めることができるよう準備期間をもらったようなものだと大石は考えている。
「大石はともかくとして、叔父さんが王になったら柳はどうするんだ?宰相として付くのか?」
「まだそういう話は出ていないが、たぶん俺が叔父上の宰相になることはないだろう。3名の側近を連れてきているということだし」
会合に同席したのは叔父の護衛を務める赤澤という兵士だけだったが、西国の管理官である東方の話では交渉事などを仕切っている人物が別にいるらしい。
「大石が王様になった時にオレもなんか手伝いたいんだけど、オレは何をすればいいかなあ?」
そう聞いてくる英二に柳はそれなら、と答える。
「王になればそうそう町に降りる時間はない。英二王子は町の様子や民の耳目になって、それを大石に伝えるのがいいだろう」
「それはいいな。重要な仕事だが英二には向いているだろう」
わかった、と頷く英二に大石が微笑む。
何年先になっても、例え自分が青の国の王になることがなくても、英二や柳や黒羽たちと一緒に国を支えるひと柱になれればそれで大石は本望だった。






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