海に咲く夢 3部 5




開け放たれた窓から緩やかな風が流れ込んでくる。
南に位置する島は照りつける陽差しが肌を焼くが、木陰や部屋の中のような日陰に入ってしまえば潮風が心地いい。
うとうととまどろむままにしていた千石は、窓から飛び込んできた鮮やかな青い小鳥に目を瞠る。
小鳥は部屋の中をぐるりとひと回りしたかと思うと、千石の目の前にあったカップの縁に止まった。
チチチと呼びかけるように鳴く小鳥の足には金の輪に止められた紙筒が付いている。
「これはもしやお使い鳥かな?初めて見たなぁ」
手を伸ばしても逃げようとしない小鳥の足から千石は紙筒を外す。
「おお!千石へ、って書いてある!凄いなぁ、ちゃんと俺宛の手紙なんだね」
小さな鳥の賢さに感動しながら千石は書かれた手紙に目を通した。
差出人は仁王、1年前に島で起きた事件で知り合って仲良くなった。
「仁王くんはまた大変そうなことになってるなぁ」
読み終えた手紙を指先で弄びながら千石は思案する。
今日の星占いでは古い友人からの手紙で幸運が舞い込むとあった。
幸運かどうかは微妙だが仁王の頼みならそれほど危ない橋でもないだろう。
チチチと鳴く鳥はグラスの縁から千石の肩へと飛んで移動する。
返事を書けというように嘴で軽く千石の耳を突いた。
くすぐったさに笑いながらテーブルの上にあった伝票か何かの不要な紙を裏返し、白紙の面に千石は短く返事を書いた。
鳥の足に付けてやると青い小鳥はまた窓から外へと飛び立っていく。
「あっくんにも教えなきゃ」
青空に溶けるようにして飛んで行った小鳥を見送って、千石は亜久津が出かけている港に向かった。


**


真田、幸村、不二と立て続けにしごかれ、散々打ちすえられて赤也は地面に大の字に転がった。
喉を焼く荒い息に仰ぐように見上げれば、青空の滴が一粒、赤也めがけて落ちてくる。
なんだ?と思う間もなく直滑降してきた滴は、途中で小鳥の姿になり赤也のちょうど鼻の上に止まった。
「ふがっ!」
鳥だけならどうということはないが、鳥の足には手のひらほどの長さの紙筒が付いている。
それが赤也の額を直撃した。
「使い鳥だな。赤也にか?」
真田が地面に転がっている赤也を見下ろす。
「本当だ。赤也に手紙を寄越す奴なんていたんだ」
驚いたように幸村が言うのに赤也はむっと顔をしかめた。
「いくらなんでもそりゃ失礼ってもんでしょ。俺だって手紙の1つや2つ」
よっこらしょと体を起して赤也は顔面に止まっている鳥を鷲掴みにして引き剥がした。
足の金輪から手紙を外して開くと幸村が覗き込んでくる。
「なんだ、仁王からじゃないか。どうしたって?」
「人の手紙を勝手に読まないでくださいよ!」
幸村から隠すようにしながら文面に目を通す。
青の国でまたなにか問題が発生したらしい。暇だろうから手伝えと柳が言った、と書いてある。
「俺、ちょっと出かけてくるっす!」
柳の頼みなら例え火の中水の中、どんな難題だろうとかかってこい、だ。
すっくと立ち上がった赤也の手から幸村が手紙を抜き取った。
ざっと目を通すと、今にも港に向けて走り出そうとしている赤也の首根っこを掴む。
「待て、赤也。手紙にはまず手伝えるか返事をよこせとしか書いてないじゃないか。どこへ行くつもりなんだ?」
「どこって、青の国に決まってるじゃないっすか!」
「東国の時みたいにどこかへ潜入しろって話かもしれないだろ?慌てないでまずは返事を書いて詳しい話を聞くんだ」
「えー、そんなん行って聞いた方が早いですって!」
なおもジタバタと港へ行こうとする赤也に幸村がパチンと指を鳴らす。
あっという間に赤也が子犬の姿に変貌した。
「返事は俺が代わりに書いてやるよ」
ついでだから俺も蓮二に会いに行こうかな、と幸村が笑う。
抗議するようにキャンキャンと鳴く子犬の赤也を抱えて、幸村は弾む足取りで家へと戻る。
こうなることはわかっているのだから、最初から素直に幸村の言う事を聞いておけばよいものを、と真田は肩を竦めた。


**


「なぁ、ちょっといいか?」
城の改修工事を大石と見に来ていた柳は、南に呼ばれて振り返った。
作業員と話をしている大石をそのままに、南に腕を引かれて部屋の隅へと連れて行かれる。
「どうした?」
「叔父さんの連れとやらが城の内装に色々と細かい注文を付けてきてるんだ。カーテンの布から毛織の絨毯、絵画だの調度品だのと、かなり高価なものを揃えるよう要求が来てる。どうする?」
「・・・とりあえず、今はそれだけの財政の余裕は無いと俺から伝えておこう」
「それじゃ要求は無視していいか?」
「もちろんだ。必要最低限の簡素なものでいい」
わかった、と安堵した表情で南が去っていく。
柳も大石の元に戻りながら、心の中でやれやれと溜息をついた。
一度滅んだ国のどこにそんな金があると思っているのだろうか。
それとも叔父上は金鉱かなにかを掘り当てて一財産持っているとでも言うのか。
「改修工事は順調に進んでいるようだ。予定通り10月の戴冠式には修理も終わりそうだな」
柳が隣に戻ると大石が作業員から聞いた進捗状況を伝えてきた。
そうだな、と柳も何食わぬ顔で答える。
「西国は腕の良い職人たちを回してくれているようだ。近いうちに報告も兼ねて西国を訪問した方がいいだろう」
そうしよう、と大石が頷く。
「明日はもう一度叔父上の所を訪ねるのだったな。西国行きは明後日でどうだ?」
「東方も明後日に一度西国へ戻ると言ってたな。ちょうどいいから一緒に行くことにしよう」
大石の同意を得て明後日の西国行きが決まる。
柳の元には跡部からの書簡が何度か届いている。
いずれも青の国の行く末を懸念してのものだ。
西国は復旧工事なども含め何かと青の国に関わりがある。
叔父の件は跡部にも直接会って話しておいた方がいいだろうと柳は思った。






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