海に咲く夢 3部 7




極楽島から船旅で2週間かけて千石と亜久津は岩山大陸に着いた。
ふもとには港町が広がり、そのすぐ背後には高くそびえる山々が見える。
「うわー、ホントに山ばっかりなんだなぁ」
手をかざして辺りを眺めていた千石は、早々にこの仕事を引き受けたことを後悔し始めていた。
仁王からの依頼は、この山に住む部族の間を廻り、そこに以前滞在していた医師の話を聞くことだったが、それはつまり、この山々に登らなくてはならないということだ。
「・・・あっくん、帰ろっか」
「ちっ、だから最初に言っただろうが。てめぇに山登りができるわけねぇって」
「だってさぁー、こんな高い山だなんて思ってなかったんだよねぇ」
「報酬を受け取ったんだ、諦めろ」
千石はおおげさに溜息をついて再度山を見遣る。
依頼を受けると返事をした数日後、仕事の内容を書いた手紙が届いたが、それには経費込みの報酬として小ぶりな青の石が付いていた。
宝石の価値を知らなかった千石は、とりあえず知り合いの宝石商に換金してもらおうとして断られ、初めてその小さな石が楽に1年遊んで暮らせるほど高価なものであることを知った。
「そうなんだよね、報酬、受け取っちゃったんだよねー。そのうえ結構使っちゃったしなぁー。仕方ない、やるか!きっとすぐに欲しい情報は手に入る!うん!」
気分を切り替えるように胸を張って大きく深呼吸した千石に、亜久津が、おい、と声をかける。
視線で指した方角を見ると癖の強い黒髪の青年が、こちらを目指して一直線に走ってくるところだった。
「あれが赤也くんかな、仁王くんの手紙にあった」
千石と亜久津はその場に立ち止ったまま青年の到着を待つ。
彼の目はまっすぐに千石と亜久津を目指している。
「間違いなさそうだね。彼は山登りが得意だといいな」
千石は笑いながらひらひらと手を振って歓迎の意を示した。


**


「ね、不二。これってどういうことだと思う?」
靄がかかったように曖昧なものを映し出している水鏡を指して幸村が眉を寄せる。
「僕の水晶球でも駄目だってことは、なにかしらの妨害があるってことだよね」
やっぱり?と幸村が腕組みをして唸った。
「なんかおかしいんだよね。蓮二に会いに行こうと思っても木手に入れないしさ」
「結界じゃない?これだけ広範囲だと」
「じゃ、蓮二の手紙にあった観月って奴が?」
呪術者の島に程近い小島の出身である観月という青年のことを調べて欲しいと柳からの書簡にあった。
だが、不二に協力までしてもらい徹底的にこの近辺の島を洗っても観月という人間も、観月のことを知っている人間もどこにも存在しない。
「青の国には幸村のお爺様がいる総本山があるけど、教会ではこういう呪術系の結界を張ったりはしないよね。消去法でいくと正体不明の観月か、いずれにしろ叔父さんの近くにいる人が怪しいんじゃない?」
「となると、やっぱり大石の叔父上ってのは要注意、だな」
結界が張られているのは青の国の海岸沿いから城、西国の国境までの広範囲にわたる。
鉱山の辺りや東国との国境付近という一部は水鏡でも映ったことから、結界を張った人物は港から西国の国境付近にいると予測できた。
柳からの書簡では叔父たちは西国の国境の城塞に滞在しているという。
どちらにしても青の国に張られている結界を壊してしまわないことには不便で仕方がない。
「結界の外に木手を連れ出してもらおうかな」
「いいんじゃない?1度入ってしまえばよほど強力な結界でもない限り弾き出されたりはしないし。観月にも直接会えば正体もわかるよ」
「よし、それじゃさっそく蓮二に返事を書かなきゃ」
机に向かって紙とペンを取りだした幸村を見遣りながら、不二は首をかしげる。
「・・・それにしても、観月ってどこかで聞いたような気がするなぁ」
知り合いに観月という名前の者はいないし、似たような名前というのも無い。
いったいどこで耳にしただろうかとしばらく考えてみたが、不二はとうとう思い出すことはなかった。


**


大石の護衛を柳に任せた仁王は城の書庫へ来ていた。
青の国の歴史を始め、様々な書物が納められている書庫は城の内部にあったが、幸い東国兵に荒らされることもなく、そっくりそのまま残っていた。
王族辞典の最後のページから戻るようにして見ていき、先代の王とその弟の記載を探す。
先代王の即位は18歳の時に行われ、同時に2歳下の弟王子は継承権をそのままに海外へ遊学とあった。
肖像画があったが、16歳当時のものであり、絵が小さかったこともあって、現在の叔父の姿との相違点を探す手掛かりにはならなかった。
「ハズレか・・・。他になんかなかったかのう・・・」
王族辞典を棚に戻して今度は祭礼等の国で行われた行事の記録書を探す。
膨大な蔵書の中から目的の本を探すのは骨が折れる。
本当は部屋に飾るような大判の肖像画が残っていないか探しに来たのだが、王や王妃が住まう部屋は東国兵たちが乗り込み散々に荒らして火をかけた為、絵画類は残っていなかった。
「お、あった」
記録書を取りだしてページを捲っていく。
新年の祝いを行ったとされる記載と、片側のページには先々代の王と王妃、2人の息子の肖像画があった。
先代王とその弟の幼い姿を眺め、仁王はふと身につけられた大粒の宝石に目を止める。
先々代の王は額のサークレット中央に、先代王は大石と同じく左耳にピアス、そして弟はタイを止めるブローチに青の宝石が使われている。
王族が生まれるとその年に取れた一番大きく透明度の高い石が贈られる、あの青の石。
こないだ会った時、叔父はそのブローチを身につけていなかった。
王の縁の者であるという証明になる石を。
「叔父っちゅうことは当然持っとるはず、か。たいした手掛かりにはならんかもしれんが、無いよりマシ、と」
仁王は記録書から肖像画のあるページを丁寧に破り取る。
柳に知れたら激怒されそうだが、証拠は手元に置いておいた方が安全だ。
「さて、他には・・・」
破ったページは畳んで懐にしまい、本を戻して次の物色に入る。
青の国にいるままで調べられることは少ない。
千石と赤也から現地調査の結果が来るまでは、僅かな手掛かりを探しながら待つしかなかった。






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