海に咲く夢 3部 8
朝、城に寄って修理の状況を確認した帰り、大石は英二と黒羽の所に顔を出していた。
途中まで一緒だった柳は木手に用があると行って2件先の宿へ行っている。
軽食代わりの菓子と茶を前に大石と英二、黒羽がテーブルを囲む。
午後は何も予定が入っていない。
大石は久しぶりに寛いだ気分で湯気の立つカップを手に取った。
「ね、おーいし。叔父さんにお爺ちゃんを貸してあげたらどうかなぁ?」
朝食を取ったばかりという英二は、食べ足りなかったのか次々と焼き菓子を平らげていく。
今も新たな1つを手に取り丁寧に包み紙を開けていたが、そのついでと言うように唐突に持ち出された話題はそれまでの会話となんの脈絡もなかった為に大石を軽く混乱させた。
返事を待つように大石に視線を向ける英二に、思考力を総動員してどうにか意図を理解する。
英二がお爺ちゃんと呼ぶのは、相談役に呼んでいる伴田翁だ。
「伴田翁を叔父の相談役にってことか?」
「うん、そう。お爺ちゃんも手伝う気で青の国に来てくれたんだし、このまますることなくてボケちゃったら困るじゃん?」
「ボケるって・・・」
英二のあまりの言い様に目を丸くした大石に代わり、黒羽がこらこら、と英二を窘める。
「爺さんはもともと隠居してボケっとしてたんだから、ここにきて急にボケることはねぇって」
本人は窘めたつもりかもしれないが、結果としてよりいっそう酷い言い草になった黒羽に思わず大石は噴き出す。
だが言い方はともかくとして、英二の言わんとするところはわかった。
「そうだな、叔父に伴田翁のことを話してみるよ。確かに、暇を持て余すようじゃもったいないし」
そう言うと、英二がうんうんと頷く。
すぐ隣の宿に慈郎たちと一緒に宿泊している伴田翁の所には英二もよく遊びに行っているらしい。
伴田翁は城の書庫にも足を運び青の国について学んでいるようだから、暇ということもないのだろうが、英二の言うとおりこれからの処遇についてはきちんと話し合っておいたほうがいい。
それにしても、と大石は英二を見る。
英二は物言いこそ唐突だが、決してその場の思いつきで喋る訳ではない。
それなら伴田翁の話を出してきたのにはそれなりの理由があるはずだ。
「英二は心配か?叔父が王になることが」
訊ねると、うーん、と宙を睨むようにして菓子を食べていた手を止めた。
「いい人なんだろうな、っていうのはわかってるんだけど。でもそれだけで王様はできないんじゃないかな、って思う」
「そうか。確かにそうだな」
大石は微笑んで英二を見る。
英二が青の国のことを自分の国のことのように真剣に考えてくれているのが嬉しかった。
「叔父とこれから青の国をどうしていくかもう少し話してみるよ。その時に伴田翁のことも相談役として薦めてみよう」
言いながら大石は今までの自分の考え方に誤りがあったことに思い至る。
継承権を持つ者の責任として、叔父に全てを任せてしまうのではなく、国を治める為に必要なことを話し合い、自分にできることはしていかなくてはならない。
「英二に教えられたな」
笑って言うと、最後の焼き菓子を頬張った英二が不思議そうな顔で首を傾げた。
**
千石たちと手分けして山岳地帯の東側に住む部族の間を廻り始めて16日、赤也はようやく報告できそうな話を聞き出すことができた。
その夜は訪ねていた部族の所に泊めてもらい、夕飯を振舞われた後、寝る場所として提供された1本の柱と布で出来たテント状住居の中でランプの灯りを頼りに赤也は報告書を書いた。
「えーっと、まずは、話を聞けた部族の名前だろ、それと今日の日付、っと」
報告書は必須事項と内容を簡潔に、わかりやすく。
これは柳に教わったことだ。
「んで、内容が、『なんと!医者は2人いた!!』ジャジャーン!カッコ効果音、と。よしよし、いい出だしだ、掴みはバッチリ!」
そこまで書いていったんペンを置き、文書を読み返す。
「効果音はいらないって言われっかなぁ・・・ま、いいや。で、真相は、と」
赤也が聞いた話によれば、今から3年前、2人組の医師がこの山岳地帯にやってきた。
2人は部族内で病を持つ者を治療し、請われれば怪我の治し方や薬草の見分け方を教えながら部族の間を転々としていた。
その医師の片方が亡くなったのが1年前、原因不明の流行病が山岳地帯で蔓延し、その治療にあたりながら自らも感染して命を落とした。
「1人になった医者はしばらくはそのまま山に留まっていたが、半年ほど前に下山した、と」
下山する前に医師が滞在していたのが、今赤也が宿泊している部族で、医師に同行して下山したのがこの部族の戦士で赤澤という青年らしい。
「この生き残った医者の方が王子の叔父さんってことだよな?ん?でも医者が2人いたって話がなんかの手掛かりになんのか?」
自分が書いた報告書を前にしばらく頭を捻っていた赤也だったが、すぐに諦めてペンを置いた。
「よくわかんねーけど、聞いた話を報告してこいってことだし!考えるのは柳さんが得意だし!」
赤也は報告書を筒状に丸めると荷物の中から小さな鳥かごを取りだす。
柵を開けるとすぐに飛び出して手の上に止まった小鳥に、書簡を取りつけてからテントの外に出た。
「そらよっ!」
勢いをつけて投げるように空に放つと鳥はそのまま西の方角へ飛んでいく。
西には青の国があり柳がいる。
「もうちょっと聞き込みして、終わったら柳さんに会いに行くってのもいいな」
思いついた名案に顔を笑み崩しながら赤也はまたテントの中へと戻っていった。
**
木手を誘い出した柳は青の鉱山へ向かっていた。
幸村からの書簡によれば、鉱山の辺りなら結界の影響がないという。
「柳くん、どこまで行くんですか」
「この辺りでいいだろう」
「特に何も見当たりませんが。・・・いったい何の用ですか?」
訝しむ木手を他所に柳は目前に迫っている鉱山を見上げた。
足を止め、木手を振り返る。
「いい加減、用というのを聞かせてもらえませんか」
警戒するような眼差しで見つめてくる木手は、まだ木手のままで幸村が入り込んだ様子はない。
場所は問題ないはず、それなら他に何か幸村が憑依できない原因があるのか。
「柳くん!」
考え込んだ柳に木手が焦れたように声を荒らげた。
今までの例からすれば木手が起きてる時でも憑依は可能なはず、魔石のペンダントは相変わらず木手の首に掛かっている。
いつもと違うところと言えば、理由がわからずに連れだされた木手が全身で警戒しているところか。
だが、理由を言えば。
「・・・帰らせてもらいますよ」
待っても回答が得られないことに溜息をついた木手は踵を返して元来た道へと足を踏み出す。
柳は覚悟を決めた。
こうしている今も幸村が憑依できないなら、予想が正しい確率は80%を超える。
「待て。理由を話そう。それと協力してもらいたいことがある」
「話次第ですが。聞きましょう」
柳は極楽島で数回、幸村が木手に憑依したことを話し、今回も青の国に張られている結界を解く為に幸村に数時間、体を貸してほしいと申し入れた。
「・・・なるほど、そういうことだったんですか。おかしいと思ってました」
「体の持ち主に了承を得なかったのは詫びる。色々と切羽詰まっていたのでな」
「それで、今回も幸村くんという人を憑依させろと?」
「どこにあるかわからない結界を解くには精市自身が探すのが一番早い。本人が青の国へ来れば話は簡単だが、精市にも来れない事情がある」
腕組みして考え込んでいた木手は、仕方ないというように大きく息を吐くと顔を上げた。
「いいでしょう、貸しますよ。ただし、これからは事前に俺の了承を得ると約束してくれませんか」
「わかった。精市にも伝えておく」
木手が体から緊張を解く。
それと同時に木手の表情が緩やかに変化するのを柳は懐かしいような気分で眺めていた。
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