海に咲く夢 3部 9




伴田を伴い、叔父の住まう国境の城塞を訪ねた大石と柳だったが、あいにく叔父は赤澤を伴って外出していて留守だった。
「どういう御用件ですか。僕で良ければ伺いますよ」
もてなし用の茶を自ら持って現れた観月が大石たちに椅子を勧める。
「今日は戻らないのか?それなら出直すが」
「東国と西国の視察だと言ってましたから数日は戻りませんよ。留守中のことは僕が任されていますから用件を聞きましょう。まずはお掛けになったらどうです?」
半ば強引に促されて大石と柳は顔を見合せたが、どうぞ、と再び椅子を勧められ仕方なく腰を下ろした。
観月は客の前に茶器を置き、伴田をしげしげと眺める。
「こちらの方は初めて見る顔ですね」
「ああ、伴田翁といって施政の相談役に呼んだ方だ。元は北帝国の宰相をされていた」
「・・・それはそれは」
大石の紹介に感心したように頷いた観月は恭しく伴田にお辞儀をする。
「申し遅れました、青の国の宰相を拝命した観月と申します」
「伴田です。観月さんはずいぶんとお若い宰相ですな。さぞ優秀な方なんでしょう」
にこにこと朗らかな北帝国の元宰相に褒められ、観月は満更でもない笑みを浮かべた。
「僕が優秀かどうかは今後の働きをご覧になってお決めくださいと申し上げておきます」
自信たっぷりに断言する観月に、伴田は素晴らしいと感嘆してみせた。
褒めそやしたりたり、時には大げさな程に驚いて見せたりしながら、相手をうまく乗せて話を引き出す伴田の話術に、横で聞いていた柳が賞賛の目を向ける。
機嫌良く話を始めた観月は聞かれるままに、自身の思う国のあり方についてを語り、それに対する施政についてを語った。


2時間ほど観月と話したところで、残念ですが、と伴田が暇を告げる。
「いやいや、今日は大変勉強になりました。老骨となった今も観月さんのような若くて優秀な方には学ばされることがたくさんある。ぜひまたお話をさせて頂きたいものです」
「僕の方こそ楽しい時間を過ごさせていただきました。いつでもお越しください、歓迎しますよ」
終始上機嫌だった観月はすっかり伴田が気にいったようで、帰りは自ら外まで見送りにきた。
城塞を退去し、馬車に乗り込んだ伴田は、相変わらずにこにことした表情を崩さないまま、困りましたねぇ、と呟く。
「あの若い宰相は施政について何もご存じないようですよ」
その言葉に、やはりそうか、と柳は思う。
まだ観月の正体については不明だが、どこかの国で国政にたずさわっていたという話も無く、それならばまるきりの素人ということになる。
「とはいえ、王がしっかりした方なら、言われるまま補佐すればいいだけですからね。かくいう私も北帝国の元宰相とは名ばかりで、王の雑用係みたいなものでしたが」
ほっほっほ、と朗らかに笑う伴田だが、大石も柳もそれが謙遜であることを知っている。
「叔父がどの程度政について知っているかはわかりません。もしもの時は伴田翁に手伝いをお願いできますか?」
大石が尋ねると伴田は緩く頭を振った。
「求められるならいくらでもお手伝いしますが、彼らはどうでしょうねぇ。私の手助けはいらないと言われるかもしれませんよ」
その可能性は高いと柳も思う。
観月の話しぶりを横で聞いていただけでも、かなりプライドが高い事は推察できる。
「とにかく、数日後に叔父が戻ったらまた来てみようと思います。度々遠出をさせて申し訳ないんですが、その時はご同行頂けますか」
「かまいませんよ。ですが、秀一郎王子、お節介を承知で申し上げれば、私はやはり貴方が国を継ぐべきだと思いますよ」
「・・・・・・」
大石は答えない。
否、答えられなかった。


**


幸村は木手の体を借りて青の国の港付近を念入りに調べていた。
結界の呪具は必ずこの辺りにあるはずだが、力を持たない木手の体ではどんなに意識を集中しても微かにしか呪具の波長を感じ取れない。
あるかなしかのそよ風が肌に触れる程度の感覚を追っていくのは至難の業だ。
それも、復興中で立ち働く人も多く、騒がしい港では。
「兄ちゃん、どうした?さっきからウロウロと。なんか探しもんかい?」
同じところを行ったり来たりしている幸村が不審なのか、年嵩の漁師が声をかけてきた。
「探し物って言えば探し物なんだけどねー。ねぇ、おじさん、この辺で変なもの見なかった?」
「変なものって言われてもな。どんな形で、大きさはどのくらいだ?」
「それがわかれば苦労はないんだけどねー」
溜息をついた幸村に、漁師が、なんだそりゃ、と呆れたように笑う。
「なんだかわからねぇが、この辺りに変なものとやらは無いぞ。そんなもんがあったところで、とっくの昔に捨てられてらぁ」
豪快に笑った漁師はそう言い捨てて歩いて行ってしまった。
「そうか、そうだよな。人目につく所に呪具なんて置けば意味を知らない者に捨てられる。かといって、人目につかない所なんて・・・」
多数の人が行き交う港を見回す。
なんらかの目的があって作業をするものには自然と動線が生まれる。
しばらく眺めていて、人が寄りつかない一角があることに気付いた。
廃船なのか、数艘の船が港の隅に寄せられている。
幸村は近くを通りかかった工事人夫を捕まえ、廃船は半年くらい前から放置されていること、港の修復が終わったら解体して処分されることを聞き出した。
「調べてみる価値はあるな」
幸村は廃船に近づき中を窺う。
浸水はしていないことを確認して廃船の中に乗り込んだ。


**


赤也と千石からの報告書を前に仁王は思案していた。
どちらの報告書も内容はほぼ同じ、山岳地帯にいた医師は当初2人だったという事実。
千石は2人の医師の外見について詳細を記していたが、年齢も、そして背格好もよく似ていたという。
王位を継ぐことのない弟王子が国を出て未開の土地で医療を行う。
その王子が祖国の危機を知って帰国する。
ここまでは問題ない。
だが、一度滅んだ祖国を建て直すべく王を名乗りでる、これはどうなのか。
山岳地帯から青の国に戻るまではそのつもりだったとしても、実際祖国に帰りつき、西国の元で復興が進んでいる有様をみれば、誰が采配しているのかを調べないだろうか。
そして調べれば、兄の子である秀一郎が無事であり、西国の協力を得て青の国を復興させようとしていることがわかるはずだ。
「どう考えてもそんな状況で王を名乗り出るんはおかしい、が」
2人の医師。
もし疫病で亡くなったのが叔父の方だったとしたら。
「なんの根拠も証拠も無いんじゃ話にならんのう・・・」
戴冠式まであとひと月、悠長に調べている時間は無い。
多少、強引な手を使ってでも叔父の懐に入り込み、動かぬ証拠を掴まなくては。
だが、ただ雇い入れてくれと言ったところで信用されるはずもなく、相手の信用を得るにはそれなりの離反の理由がいるだろう。
「・・・気が進まんのぅ」
思いついた作戦は巻き込む相手を考えれば気が重い。
下手をすれば仁王はなにもかも失う、そんな危うい策だった。






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