海に咲く夢 1




雲ひとつ無い晴れ渡った青空。
その空から青い雫がひとつ、船に向かって落ちてくる。
くるくると弧を描く雫は空と同じ青の小鳥。
甲板で高く手を掲げた人物の元へ舞い降りた。

「便りか?」
「ん?ああ。ちょっと寄る所ができた。舵を南へ向けてくれ」
「・・・了解」

白い帆に風を受ける船は南へ。
空と同じ青い海をすべりだした。



**



広い庭を突っ切っる。
目指すは温室のすぐ脇にある生垣。
この生垣は一箇所だけ木が植わっていなくて、子供の頃はよくここから外へ抜け出していた。
もう体はずいぶん大きくなったけど、あの幅なら今でも通れるはず。
途中で会った庭師に手を振って英二は走る。

一年を通して花の咲き乱れる春の国。
温暖な気候が人を穏やかにする、英二はそんな国の王の子供として生まれた。
2人の兄がいる為、王位継承権は無きに等しい。
だが家族仲のいい王家に育ち、父の元で次期王となる為の勉強にいそしむ長兄を尊敬していた英二には、王位継承権など必要なかったのでなんの問題も無い。
むしろ第三王子に生まれて比較的自由にさせてもらえたことを幸運だと思っていた。

緑の葉が茂る生垣に辿りつく。
両隣の木の枝が張っているけれど、体を横にすれば抜けられる。
そして生垣を抜ければ城の西門。
普段から開放されている町の業者達が使う西門をくぐれば、緑豊かな農園が広がる城の外だ。
英二はそのまま走って、子供の頃からのお気に入りの場所を目指した。

海を一望できる小高い丘。
ずっと走ってきた英二の額にはうっすらと汗が浮かぶ。
海の果てが空に繋がる、そんな景色が昔から好きだった。
特になにか不安なことや嫌なことがあった時は、ここに来てこの景色を見ているだけで気持ちが軽くなった。
何年経っても変わること無い海と空の色を見ながら英二は大きく深呼吸する。
そしていつも座る丘の突端に腰を下ろした。

広い広い海。そしてここからは見えない遠い国々。
英二はどこかの国にいる次兄に思いを馳せる。
次兄は成人を迎える17歳の誕生日に王位継承権を放棄して国の外へ旅立った。
『広い世界を自分の目で見てみたい。だって面白そうじゃないか』
そう言って国を出た兄は今でも諸国を放浪しているのだろう。
去年届いた手紙には雪が降る国にいると書いてあった。
英二もあと3ヶ月で17になる。

この国を好きだ、と英二は思う。
王位に就くことはなくても長兄の助けになって国を支えていくのも悪くはない、と思う。
だけど、次兄のように外の世界を見てみたいという願望もあって、英二はずっと迷っていた。
英二の国では17歳の成人を迎えると共に将来の自分の進路を決める。
その誕生日まであと僅かしかないことが英二を焦らせていた。
父や兄に相談しようにも、ここ数ヶ月2人とも何かと忙しそうで切り出せない。

「どうしよっかなぁ・・・」

ポツリと呟いてゴロンと草の上に寝っ転がった。
柔らかい日差しが英二に降り注ぐ。
草の青い匂いと海の潮の匂い、そしてかすかに混じる花の甘い香り。

国を出たからといって帰ってこれないわけではない。逆も然り。
ただ英二には兄達のようなはっきりとした目標も未来も見えなかった。
行きたい先が見えないからどの道を進めばいいのかわからない。
そしてそのことが英二を不安にさせる。

「こーやってグルグル考えてるのって、ヤなんだけどなぁ・・・」

いっそのこと明日が17の誕生日だったら、なんて思ったりもする。
そうすればその日の気分で行き当たりばったり、無理矢理強引に結論を下す。
あとは野となれ山となれ。

「それも楽しそうだよなぁ。ま、大変なのは大変だろうけど」

よっ、とかけ声をつけて反動で起き上がる。
いくら考えたところで誕生日は明日にはならない。

「ホーント、どうすんだろ、オレ」

はぁ・・・、と似合わない溜息をついて眼下の海を見ると、白い帆をいっぱいに張った船が目に入った。
麓の漁村でよく見かける漁師が乗ってる船とは違う。
旅人を乗せてくる定期船でもない。

「なんだろ、あの船」

近づくにつれ船首の青いイルカが陽光を弾くのが見て取れる。

「うっわ、かっこいー!船首がイルカなんて初めて見た!」

美しい船の出現に英二は胸を躍らせる。
さっきまで頭を悩ませていたことなんて、もう遥か彼方へ飛んで行ってしまった。
あの船をもっと近くで見てみたい。
いったいどんな人が乗ってるんだろう?

入り江に向かってきたということは麓の漁村に停泊するはず。
英二は立ち上がって服についた草を軽く払うと、港へ向かって走り出した。

全身で風を切って坂道を一気に駆け下りる。
声をかけてくる村人にひらひらと手を振りながらも足は止めない。
そうやって港に着く頃には、さすがに息が切れていた。
肩で息をしながら辺りを見回せば、港の1番端にイルカの船が泊まっている。
旅船ほどの大きさはないけれど、漁船と比べれば倍は大きい。

「わ、やっぱ、近くで見てもカッコイイなー」
「気に入ったかい?」

走り寄って船を見上げて、感嘆の声を上げた英二の背後から返事がした。
船の持ち主?と喜び勇んで振り返った英二は、想像していなかった相手の姿に驚き、振り向いたそのままの姿で固まった。

日に焼けた浅黒い肌。
頭に巻いた鮮やかな青い布は長く垂らして、大きく前を開いた黒のシャツの胸元にはいくつもの首飾り。
腰に巻いている飾り帯から覗くのは、黒光りする長剣と短剣の鞘。
海賊だ。

目をまんまるに見開いている英二に、その男はふっ、と笑みをこぼした。
金の耳飾りが揺れて光を弾く。

「助かった。探す手間が省けたよ。第三王子の英二、だな?」
「な、な、んで・・・」
「怪我をしたくなかったら、おとなしくしていることだ」

言うなりしゃがみこんだ男は、あっという間に英二を肩に担ぎ上げた。



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