海に咲く夢 10




大石が隣に座るのを英二は見ている。
たった3日だけれど、大石の顔を近くで見るのは久しぶりな気がした。
今は英二に話すことは何もない。言いたいことは嵐の日に全部大石にぶちまけた。
あとは大石の話を聞くだけだった。
じっと言葉を待っている英二を大石は見つめ、そして頭を下げた。

「まずは謝罪から。こないだのことは俺が悪かった。それから、船を守ってくれてありがとう」
「・・・わかんないよ、大石」

謝られても礼を言われても英二の複雑な気分は解消しない。
どうしてあの時あんなに怒ったのか理由を教えて欲しかった。
不要なことをしたというのであれば、ただ謝られるより余計なことをするなと言われたほうがよほどすっきりする。
もやもやしたわだかまりを残したまま終わりにしたくなかった。

「俺は過保護だとよく怒られる。危ないことや無茶なことはして欲しくないと思ってるだけなんだけどな」
「・・・それはオレがなんにもできないとか、危なっかしいって意味?」
「違う。・・・でも、そうだな、俺は英二をそういうふうに扱ってたんだよな。すまなかった」

海風が2人の間を抜ける。
しばらく考え込むように黙った大石が再び口を開いた。

「前にどうして海賊になったのかって聞いたよな」
「うん」
「楽しい話じゃないんだ。それでも聞いてくれるか?」

英二は大石を見る。海賊になった理由、そこに大石からの答えがあるんだろうか。
前にこの話をした時、大石はひどく辛そうにしていたが、今日はこの海と同じくらい穏やかな顔をしている。
英二は黙ってただ頷いた。
大石は微かに笑って、どこから話そうか、と思案するようにまた海に視線を戻した。

「まず、俺達は海賊じゃない。事情があって海賊に扮しているだけなんだ」
「そうじゃないかなって思ってた」
「その事情を説明するには少し長い話になる。いいか?」
「うん」
「この船に乗っている者は、俺も含めて全員が通称 『青の国』 と言われていた国の出身だ」
「青の国って・・・」

大石の言う 『青の国』 とは、英二が子供の頃に行った父王の親友が治めていた国だ。
大陸を東と西に分ける険しい山脈が、唯一途切れる南の海側にあった小さな国で、東国と西国の架け橋となっている国だった。
青の国は今はもう無い。
2年前に起きた東西の戦争で、それまで中立を保っていた青の国が西国に付き、協定違反として東国に侵略され滅ぼされたと公式に発表されている。

「ああ、その青の国だよ。ただし、実際の話は少し異なる」
「父上もそう言ってた。あいつが協定違反なんかするはず無いって。あ、オレの父上は青の国の王様と友達で・・・」
「知ってるよ。まだ王位を継ぐ前に剣を学びに来てて、そこで意気投合したんだよな」
「・・・なんでそんなことまで知ってんの?」

大石はそれには答えずに小さく笑って話を続ける。

「実際の話はこうだ。西国を手に入れたかった東国は、手始めに青の国を味方につけようとして失敗した。青の国は優秀な武人の多い軍国でもあったから、両国の関所の役目も担っていた。どちらかの国が侵略を企てた時にそれを阻止する役目をしていたんだ」
「それじゃ、やっぱり、父上の言ってたとおり、協定違反をしたのは東国!?」
「ああ。東国の提案を受け入れなかった青の国はその日の深夜、大軍を率いた東国の侵略を受けた」

大石の話に英二が息を呑む。
一般人の住む場所への理由無き侵略だけでも大罪なのに、それを深夜に行ったなど非道に過ぎる。

「もちろん戦の準備なんかしていない。国はあっという間に火に包まれた。東国は提案を退けられても受け入れられても、そのまま西国へ向けられるよう何十万という兵を待機させてあったんだ」
「それじゃ、国の人達は・・・?」
「わからない」

大石の視線が海を越えて、ここからは見ることができない遥か彼方へと向かう。
同じものは見えないとわかっていたけれど、英二もその視線を追った。

「夜警の知らせを受けて、城では全ての兵士を出し、町の人達も剣を取って戦った。それでも数の違いは圧倒的だった。最後は1人でも多く助けようと、兵士達が盾になって町の人達を逃がしたと聞いている」
「大石もそうして逃げてこれたの?」
「俺は・・・、」

言葉を途切れさせた大石はきつく目を瞑る。
そして、ようやく聞き取れるほどの微かな声で、「俺は本当は真っ先に盾になるはずの人間なんだ」と呟いた。

無言になった2人を静かな波の音が包み込む。
小さく息を吐いた大石がゆっくりと瞼を開く。
そして、励ますように自分の手に重ねられている英二の手に微笑んだ。

「俺達は青の国の生き残りで、真実を知る者なんだ」
「じゃ、大石達を攻撃してくるのは、もしかして東国?」
「半分正解。東国の人間のほとんど、中枢にいる者ですら今回の真相を知らないということが調査してわかった」
「どういうこと?」
「この戦のシナリオを書いた人物は、他の者には公式発表と同じことを言ってるようだ。つまり俺達の国が協定違反をした、とな」
「それが首謀者なんだね」
「そう。俺達が生きてると困る人間だ」
「それで海賊に化けて逃げてるの?」
「最初は追っ手を逃れる為の変装だったんだ。もうばれてるが、船で暮らすにはこの格好が楽だからな」

船で暮らし始めてから大石達と同じような格好をしている英二は納得して頷く。
頭に巻く布は帽子のように日よけになるし、ラフな服装は動きやすくていい。

「これからどうするの?」
「首謀者を突き止める。そして今回の顛末を東西両国に伝える。それが俺達の役目だ。その為に助けられたかもしれない人々を置き去りにして、俺達は船で海に出たんだ」

置き去りになんかしたくなかった、助けられるものは全て助けたかったという、言葉にしなかった大石の声が英二には聞こえた気がした。
東西の戦争は東国が元青の国の領土と、西国の一部を占拠したところで休戦している。
だが、このままにしておけば、いずれまた協定を無視した東国の西国への侵略が起こるかもしれない。

「同じ悲劇を生み出さない為、これ以上の被害を出さない為、それはわかってる。だけど、今でも目を閉じるとあの日の、炎で赤く染まった街が見えるんだ。あの炎の中で逃げ惑いながら助けを待ってる人々がいた、そう思うとな」

大石が海を越えて遥か遠くに見ていたのは、そんな風景だったのかと英二は悲しい気持ちで目を伏せた。
だから大石は、助けたい、守りたいと今でも強く願っているのかと、英二は涙がこみあげてくるのをじっと堪えた。


日が傾き、空が青から群青へと色を変える。
強くなった風がシャツをはためかせ、英二の髪をなびかせた。

「ああ、すっかり遅くなったな。英二、腹が減ったろう」
「うん。でも、今日はあんまり魚釣れなかったんだけど」

大石の話に胸が詰まって、少しも食欲なんてなかったけれど、当の本人が強くいるから英二も平気な振りをした。
わずかに魚の入ったバケツを手に提げて、並んで台所へ向かう。
船室のドアの前で振り返った大石が英二を見て少し笑った。

「英二がそういう顔してると、子供の頃を思い出すな」
「・・・子供の頃って?」
「白い猫を追いかけて迷子になってたろう?王宮の庭で」
「え!?それって・・・」
「やっと猫を捕まえたものの、自分がどこにいるのかわからなくなって、泣きそうになってたよな」

招かれた青の国の王宮、退屈な大人たちの話に飽きて、開かれていた大きな窓からそっと抜け出した。
そこで見つけた白い子猫を追いかけて広い庭に迷い込み、歩き疲れて途方にくれていたところへ同じ年頃の子供が現れた。

「じゃ、あの時の、あれって大石!?」
「思い出したみたいだな」
「だって、あの子は、青の国の・・・。それじゃ大石が」

大石は答えずにただ笑う。
庭で迷子になっていた英二を王宮まで連れて戻ってくれたのは、鮮やかな青の礼装に身を包んだ王の第一子、次期国王になるはずだった秀一郎王子だった。



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