海に咲く夢 11




青い空に細い雲が走る。
雨の気配はないが、風は強く波は高い。

「あ、俺知ってるよ〜。それって幼馴染っていうんだよね〜」
「んん?そうなのかなぁ?ちょっと違くない?」

マスト上の見張り台で話をしているのは英二と慈郎。
見渡す限り青い海と青い空ばかりで、報告すべきものが見当たらないせいか、いつもよりはおとなしい。
退屈で寝そうになっていた慈郎を寝かすまいと、英二は子供の頃に大石と会った話を聞かせていた。

「でさ、青の国にいたのは1週間くらいだったんだけど、その間はずっと大石と遊んでて」
「いいな〜、楽しそうだな〜。俺も誘ってくれればよかったのにぃ〜」
「慈郎もお城にいたの?」
「いたよ〜。だって俺のお父さんはお城で大臣やってたC〜」
「慈郎のお父さんが大臣・・・。仕事してる時に寝ちゃったりしない?」
「あははは。お父さんは寝ないよ〜。お母さんは料理しながら寝ちゃってたけど〜」
「危ないって、それ」

大石の祖国の話を聞いてしばらくは元気のなかった英二だが、仲間扱いしてほしいとの希望どおり柳に毎日の仕事を増やされ、多忙にしているうちにだんだんといつものペースを取り戻しつつあった。
今では時折こうして、子供の頃に青の国へ行った話をしたり、みんなから国の話を聞いたりしている。

「おーい、お前さん達。交代じゃ」

見張り台に仁王が顔を出す。
まだここにいたいと見張り台にしがみついて、危うく仁王に蹴り落とされそうになった慈郎を、英二は慌てて連れて下に降りた。
そのまま船室の屋根の上で寝るという慈郎を置いて、英二は次の仕事である釣りをしに甲板の最後尾へ向かう。
最近は海の状態で魚が良く釣れる釣れないというのが英二にもわかってきた。
今日のように波が高い時はあまり釣れない。
昨日もあまり釣れなくて、前に採って干してあった貝や、わずかに残っていた小麦を練って焼いたものを食べた。
敵に見つかるのを避ける為、最近はまったく人の住む島への寄航をしていない。
でも、このままだと敵がどうこういう前に、みんなガリガリに痩せ細って、動けなくなってしまうんじゃないかと英二はひそかに心配していた。


英二が心配するほどの状況を柳が見逃すはずがなかった。
本や色々書き付けた紙類が所狭しと置かれている自室で、柳は大石と共に付近の海図を開いて話し込む。

「・・・今の条件に合致するとなると、この島になる」
「小さな島だな。周りは・・・これは浅瀬か?」
「そうだ。島の周りを浅瀬が取り囲むようになっている。島に出入りできるのは小型で手漕ぎのボートだけだ」
「なるほど。それなら敵船が隠れる場所も無いわけだ」

船員の健康管理も仕事のうちである柳は、最近の食糧事情に限界を感じていた。
それでなくても敵の総攻撃が予想されるこの次期に、体力が落ちているようでは満足に戦うこともできない。

「よし、そこに寄ろう。ここからだと3日ってところか」
「島に着いたら救命艇を使って買出し、終了次第すぐに島から離れる。量はあまり見込めないが半月保てばいい」
「英二が船に乗ってからになるから、2ヶ月半も寄航しないできたんだな。すまないな、柳。大変だっただろう」
労う大石に柳が笑う。
「初めは箱入り王子を船などに乗せて大丈夫なのかと思ったがな。予想していた以上に順応力が高いうえに文句も言わずよく働く。俺としてはこのまま船にいてもらいたいくらいだ」
「みんなとも仲良くやってるしな。敵の襲撃さえなければ俺もそう思うよ」

毎日行っている船上での、剣の稽古を兼ねた試合を見ていても、英二王子は充分な戦力になると柳は考えている。
もともと敏捷で筋のいい英二は、この2ヵ月半でかなり腕を上げてきている。
それだけに大石が王子を戦闘に参加させないと決めているのが惜しい。
だが、英二の王子としての身分と、期間限定で預かっている立場を考えると、大石の方針もやむを得ない。

「王子が船に残りたいと言ったらどうする?」
「・・・それは認められないと言って、無理にでも降ろすよ」
「大石はそれでいいのか?」
「英二がそれで怒っても恨んでも仕方ないさ。まぁ、今度怒らせたら二度と口をきいてくれないかもしれないけどな」

冗談めかして笑っているわりに、大石はどこか淋しげな顔をしている。
なるほど、王子の身を案じる理由は預かりものだというだけではないようだ、と柳は納得した。

「この戦いはいずれ決着がつく。俺達の勝利でな。そうしたら王子を迎えに行ってやればいい」
「そうだな。英二の国に行くと約束もしてることだし、今度は本気で攫ってくるか」
「王子奪取の計画は俺が練ろう。安心して任せてくれ」
「ははは、頼もしいな」

会議を終了した大石と柳は船室を出て、それぞれの仕事に戻る。
大石は笑っていたが柳は本気で英二王子を攫う計画を頭の片隅に置いた。
次期王の片腕である宰相として育てられた柳は、物心つく頃から大石の傍らにいつもいた。
自分を抑え、他の希望や幸福を優先する姿勢は、先代国王そのままに大石に受け継がれている。
過酷な戦いが終わった暁には、そんな大石の為に、友人として一つくらい希望を叶えてやるのも悪くはないと思う。
・・・王子ではなく、姫だったらもっと良かったんだが。
柳は心の中で小さく先代国王に詫びた。


大石は甲板の最後尾に足を向ける。
そこでは英二が1日のうちで1番大事な仕事、魚釣りをしていた。

「どうだ、釣れてるか?」

声をかけてからバケツの中を覗き込む。
2つあるバケツのうち、片方にはそこそこ釣り上げた魚が入っている。もう片方はカラだ。

「昨日よりはちょっとマシだけど。でもやっぱ足んないよね」
「それじゃ俺も手伝おう。2人で釣れば少しは増えるだろ」
「大石、忙しくない?大丈夫?」
「俺の仕事はもう終わったからな」

予備の釣竿を渡してもらって、大石が英二の隣に座る。
こないだここで話をしてから、こうして並んで釣りをする時間が増えた。
毎日とはいかなくても、時間が空けば大石は英二のところへやってくる。

「3日後に小さな島へ寄航することになった」
「もしかして、食料の買出し?」
「ああ、そうだ。英二も知ってると思うが、食糧倉庫がもう空になる」
「よかったー!オレ、このままだとヤバいんじゃないかなって思ってたんだ」
「ただ、また襲撃される恐れがある。だから英二、」
「わかってる。その時は部屋にいるよ。約束する。でも、大石もひとつだけオレと約束して」
「約束?」

うん、と頷いた英二が、釣竿を脇によけて正面から大石を見つめる。
その眼差しは真剣そのものだ。

「怪我しないでちゃんと戻ってくること。大石だけじゃなくて、みんなも。もし、みんなが危なくなったら、部屋から出てオレも戦うからね」
「英二・・・」
「だってさ、そんなことないって思うけど、もしもみんなやられちゃったら、オレ1人で助かってもその先どうにもならないじゃん?オレ1人で船動かせないし」
「そんなことにはならないよ」
「うん、わかってる。だから、それは例えばの話で、オレが言いたいのは、」
「大丈夫だよ、英二。誰にも怪我なんかさせない」
「・・・大石も、だからね」
「ああ。約束する」

大石が守りたいと思ってくれるように、英二も大石を、みんなを守りたいと思う。
特に、この目の前にいる、なにかあれば己を犠牲にしてしまいそうな男を守ってやりたい、と英二は強く思う。
そのためにはもっと強くならなきゃいけない。
いざという時に、大石が頼りにしてくれるくらい強くなろう。
午後にある剣の稽古に向けて、英二は心の中でしっかりと気合を入れた。




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