海に咲く夢 14




西国の船に自分達の船を寄せる。
国旗と同じ漆黒の船の甲板には、金の髪を風に揺らせた男が腕組みをして立っている。
西国に複数いる王子の中で、最も王位に近いと言われている跡部景吾だ。
跡部は大石たちの船が近づくのを待って、指をパチンと鳴らした。
すぐに数人の船員が船の間に板を渡す。
その板を渡って、大石と柳、そして仁王が西国の船に移った。

英二は甲板に立ってそれを見送る。
危害を加えられたり拘束されることはないだろうと大石は言っていたが、それでも万が一を考えて西国との会合には最小限の人数で行くことが決まっていた。
英二は向かいの甲板に立つ跡部を見る。
すでに王の風格を備えている堂々とした佇まいは、同じ王子という立場でも自分や大石とは雰囲気が違う。
跡部は迎え入れた客を腕組みをしたまま眺めていたが、視線を感じたのか、ふいに英二の方を向いた。

「・・・お前、どこかで見た顔だな」
「え?オレ?」
「お前も来い」

突然のことに慌てる英二を隣にいた黒羽が隠すように背後へ押しやる。
西国の船上では大石が跡部に歩み寄った。

「景吾王子、彼は青の国とは関係のない人間だ。理由あって船に乗せているが、」
「別にどうこうするつもりはねぇ。いいから連れて来い。それとも俺が信用できないのか?」
「しかし・・・」
渋る大石の肩を仁王が叩く。
「俺が連れて来るぜよ」
「仁王!」
「心配いらんよ。なにかしようとしたら俺が止める」

仁王の口調はいつもと変わらない。だがその身から発する空気は鋭く尖る。
側近がとっさに腰の剣に手をかけるのを制した跡部は、怯む様子もなく泰然としたまま仁王を見返した。

「フッ、俺も暗殺を生業にしてる奴とやりあう気はねぇ。あの赤毛には聞きたいことがあるだけだ」
「・・・わかった、いいだろう。仁王、頼むぞ」
「まかせんしゃい」

仁王がいったん自分達の船に戻り、英二や黒羽と二言三言話をしているのを大石は見守る。
頷いた英二が仁王の後をついて西国の船に乗り込むまでいくらも時間はかからなかった。

英二を含めて4人になった一行は跡部とその側近に連れられて船室へ入っていく。
黒と金の豪奢な装飾の船内は天井が全面飾りガラスになっていて、差し込んだ陽がキラキラとこぼれた。
実用を重視した大石たちの簡素な船室とは大きく趣が異なる部屋に、これが同じように海上を走る船の中なのかと英二は目を丸くする。
突き当たりの扉を開け、通された部屋はさらに豪華だった。
足元には踝まで埋まりそうな金の毛皮が敷かれている。
先に立って歩いていた跡部が部屋に置かれた革張りの黒のソファに腰を下ろし、大石たちも座るよう促した。

「さて、挨拶が遅れたが・・・よく生きてたな、大石」
「・・・ああ」
「お前は色々思うところがあるだろうが、俺にとっちゃ朗報だったぜ。なんせ俺達は留学で国外にいたせいで真相がさっぱりわからねぇ」
「西国にいなかったのか」
「いたら東国なんぞに領土の3分の1もやるかよ。まぁ、それはいい。いずれ取り返すからな。それよりも今回の戦はおかしなことが多すぎる。普通に考えりゃ公式発表が東国のでっちあげだってことはすぐわかる。だが、八方手を尽くしても本当のところを知ってる奴がいねぇ」
「あの発表が嘘だと見抜いたか。さすがだな。だが、俺達のことはどうしてわかったんだ?」
「先月末に北の島で東国の下級兵士を見かけた。自国から遠く離れた島にいるのは不自然だったんでな、締め上げて洗いざらい吐かせた」
「もしかして東国で指示を出してるのが誰かもわかったのか!?」
「・・・いや、わかったのは青の国の残党が船で逃走してるって話だけだ。所詮、雑魚は雑魚だからな」
「そうか・・・」

今までも大石たちは襲ってきた敵を捕らえて、何度か首謀者を探ろうとしたことがある。
だが、実際に攻撃をしてくる兵士達は直属の上官の指示に従っているだけで、本国の首謀者を知るものはいなかった。
跡部の言うとおり、下級兵士達は言うなれば捨て駒で、何も知らされていないというのが真実だろう。

「こっちの事情は理解できたな?それじゃ今度はお前の話を聞かせろ。俺には知る権利がある」
「もちろんだ。俺もその為に来たんだからな」

大石はこの戦の真相を話し始める。
時折、柳の補足を加えながら進む話は事実だけを淡々と述べたもので、過剰な表現は一切無かった。
それでも並んでそれを聞く英二は顔を上げているのすら辛く、いつしか胸の前で両手を祈るように固く結ぶ。
跡部は微かに眉を顰めることはあっても口は挟まず、ただ真剣に話を聞いていた。



大石が話終えた室内には重い静寂が降りる。
ひとつ息を吐いて口を開いたのは跡部だった。

「その東国の首謀者とやらを野放しにしとくわけにはいかねぇ。東国には俺達も借りを返す必要があるからな」
「協力してもらえるか」
「いいぜ。ただし、俺には俺のやり方がある」
「それでかまわない。俺達は人数も動ける範囲も限られてる。情報提供だけでもありがたい」
「よし、話は決まったな」

跡部が右手を差し出す。
大石がそれを受けて握手が交わされた。
跡部が味方についたということは西国が味方になったのとほぼ同等の意味を持つ。
青の国無き今、東国に1番近い位置にいる西国の協力は心強かった。



会合が終わり、跡部と大石たちの一同が部屋を出る。
歩きながら思い出したように振り返った跡部が、英二へと歩み寄る。
「やっと思い出したぜ。お前、春の国の第三王子だろ。確か、英二とかいう名前だったな」
「オレのこと知ってんの?なんで?会ったことないよね?」
「会ったことがあろうとなかろうと、この世界にいる王族のことくらい頭に入ってるのが普通だろうが」
「う・・・。大石、そーなの?」

知っている王族など片手で足りてしまう英二は、きっぱりと断言されて大石に救いを求める。
大石の頭にも跡部と同程度の知識はあったが、それを言ってしまえば英二の立場がなくなる。

「まぁ、名前くらいなら。会ってすぐにわかるかは自信がないな」
「英二王子はもう少し勉強が必要だ。船に戻ったら王室辞典があるから明日からでも学習に追加しよう」
大石のさりげないフォローを柳があっけなく打ち壊す。
「うえぇ・・・。これ以上勉強したら頭の中身が出ちゃうよぉ・・・」
「そうしたら俺が縫い合わせてやるから心配いらんよ」
頭を押さえて大袈裟に嘆いてみせる英二を仁王がからかう。
呆れた顔でやりとりを見ていた跡部が、付き合ってられないとばかりに大石の腕を引いて再び歩き出した。

「大石、なんで春の国の王子なんかを乗せてるんだ?」
「事情があって預かってる」
「事情?それは最近あった臣下の、」
「景吾王子。それはここでは言わないでくれ」
跡部を制した大石が、わずかに振り向いて英二を見る。
1番最後尾を仁王と話しながら歩いている英二は、こちらの話を聞いていた様子はない。
再び視線を前に戻した大石に跡部が納得したように頷いた。
「なんとなく読めたぜ。だが、こんな時期によく預かる気になったな」
「英二じゃなきゃ断ってたよ」
そういって笑った大石に意表を突かれ、跡部は歩みを止めた。
国を失い王位も家族も失った悲運の王子。それなのに。

「チッ、幸せそうに笑いやがって」
跡部の口元にも笑みが浮かぶ。
悲しみに沈まずに前を向く、この逞しさがあれば大丈夫だと跡部は確信した。



甲板に出ると双方の船で会合の終了を待っていた船員達が注目する。
跡部はその中から1人を手招いて大石達に引き合わせた。
「こいつを連れて行け。そこそこ腕は立つから戦力にもなる」
「待ってくれ、彼は西国の王子の1人じゃないか」
「フン。なんだ大石、名前だけじゃなくて顔もわかるじゃねぇか。確かにこいつは俺と同じ西国の王位継承権を持ってる王子だ。庶子だがな。そしてお前らの船にこいつを乗せるには理由がある。これだ」
跡部が輪にした指を口元へ運ぶ。甲高い指笛が鳴り響くとマストから一羽の鷹が跡部の肩に舞い降りた。
「これが俺達の連絡の役目をする。こいつは西国の王子の元にしか飛ばないんでな」
「そういうことか。だが俺達の船はこちらの船のように快適とは言えないぞ。いいのか?」
「ええ、俺はかまいませんよ」
西国の王子は気にする様子もなく承諾する。
本人がいいというなら大石達に否はなかった。

来た時と同じように板を渡って船に戻る。
先に出た西国の船を見送って、大石達も船を出した。



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