海に咲く夢 15




空と同じ色の小鳥が大石の頭上でクルクルと回る。
翼を気流に乗せて上昇した小鳥は南へ、やがて空に溶けて見えなくなった。

「柳。船の進路を南へ向けてくれ」
「あちらは片付いたのだな」

大石は手紙に落としていた視線を上げ、ひとつ頷くと海を眺めた。
複雑に揺れる心を諌めるように、その瞳は毅然と海を見つめる。

「・・・無事に送り届けられるよう、最善を尽くそう」
「頼んだぞ」

大石は迷いを振り切るように一歩踏み出す。
柳も後に続いた。

空も海も、どこまでも青い。
快晴の空の下、船は南へ、一年中花の咲く春の国へと。



英二は新しく仲間になった西国の王子を連れて甲板の最後尾へ向かう。

「日吉は釣りってしたことある?」
「ないですね。俺は毎日勉学と剣の稽古に明け暮れてましたから」
「そんじゃ釣りはオレが教えたげる。で、勉強は柳が教えてくれて、剣の稽古は午後からみんなでするよ」

西国の第二王子である日吉にこの船のことを色々と説明するのが、英二には楽しくて仕方ない。
末っ子の英二は城にいる時も人に教えてもらうばかりで、自分が何かを教えるということがあまりなかった。
初めての船上生活も同じ、常にわからないことだらけで、いつも誰かに説明してもらっている。
だから、大石に日吉の面倒を見て欲しいといわれた時は大喜びで承諾した。

「はい、これが釣竿。そんで、ここに餌をつけて・・・」

日吉に釣竿を渡して、一通りの作業をやってみせる。
釣り針を投げ入れてから、前に黒羽に教わった釣りのコツを伝授した。

「あとは魚が食いついてくるのを待つだけ。待ってる間はヒマなんだよね。なんか聞きたいこととかある?」
「午後から剣の稽古をするって言ってましたが、この船で1番強いのは誰なんですか?」
「うーん、なんていうか、みんなタイプが違うから1番って難しいんだけど。やっぱ大石と柳と仁王が強いんじゃないかなぁ」
「午後の稽古にその3人は参加するんですか?」
「うん、するよ」
「それは楽しみだ」

不敵に笑う日吉に英二は興味をそそられる。

「日吉も強いの?」
「自信はありますよ。俺の国では文武両道が基本ですからね」
「へぇー、そうなんだ。じゃ、あの偉そうな人、跡部って言ったっけ?あの人も強いんだ?」
「・・・跡部さんですか。ええ、強いですよ。今は1番強いでしょうね。でも」
「でも?」
「今に抜いてやりますよ。王位を継ぐのは俺です。下剋上ですよ」

西国の船から戻った後で柳にきっちり教え込まれた王族情報では、西国は第一子や嫡子といったことに関係なく、学問と剣術をもって王位継承権を持つものを競わせ、勝ち残ったものが王位を継ぐことになっている。
つまりは第二子で庶子の日吉が継ぐ可能性は充分にある。
たとえ第一子で嫡子の跡部が、他の王子に比べて抜きん出て優秀であったとしても。

「オレ、日吉のこと応援すんね!だいじょーぶ、ここで柳にビッシビシしごかれれば、跡部なんかよりもずっと強くなれるって!」
「ありがとうございます。きっとご期待にそってみせますよ」
「うん!」

英二にとっては、妙に威圧感があって偉そうな跡部よりも日吉の方が親近感が持てる。
それに、跡部を凌ごうと燃えてる日吉がちょっと面白かった。
なんだか盛り上がって一気に仲良くなった英二と日吉は、次から次へと話に花が咲く。

「ところで、柳さんという人はそんなに厳しいんですか?」
「もー、凄いよ!?鬼みたいに厳しんだって!柳はホントは鬼なんだよ、きっと!」
「ほう、鬼か。それではこれから鬼らしく、いっそう厳しくしなくてはいけないな」
「わっ!!」

当の本人から合いの手を入れられて、英二は口から心臓が飛び出しそうなほど驚いてしまった。
振り返ると恐い笑みを浮かべた柳と笑いを堪えている大石が立っている。

「えっ!あ、えっと、今のは、だから、」
「望みどおり、スパルタで厳しくしごいてやろう」
「うぇーっ!ウソ、ウソですっ!ゴメンナサイー!!もう言いませんー!」

手を合わせて必死に謝る英二に、大石が笑いながら助け舟を出した。

「柳、そのくらいで許してやってくれ。英二、ちょっと話があるんだ。一緒に来てくれないか?」
「い、行く!行きます!!」

この場から逃げられるならどこへでもと、英二は釣竿を脇に置いて急いで立ち上がった。
そして大石の腕を引くと慌てて柳の側から立ち去った。
残された柳は小さく笑うと英二の座っていた位置に腰を下ろし、脇にあった釣竿を取って釣りを始める。

「残念だ。もう少し苛めたかったのだが」
「・・・サディストなんですか」
「代わりに苛められたいというならそうするが?」
「・・・遠慮します」

英二の話では船員の管理と教育は柳が一任されているということだった。
隣に座る柳を伺い見れば、静かだがやけに迫力のある笑顔が返ってきた。
先程の英二の怯えようは演技でも冗談でもなかった。
青の国は武芸に秀でた人物の多い国だったから、この船に乗ればいい腕試しができると思っていた日吉だったが、もしかしたら少し考えが甘かったかもしれないと、先行きに一抹の不安を覚えた。




大石と英二は自分達の船室に戻ってきていた。
話があると言いながら、ここに来てしばらく待っても大石が口を開く気配が無い。
おまけに甲板にいた時は笑っていた大石の顔からは笑みが消え、なにか考えるように目を伏せている。

「・・・おーいし?」

呼びかけると、すっと顔を上げて、そのまま見つめてくる。
英二はどこか落ち着かないような不安な気持ちで、隣に座る大石を見つめ返す。
それに大石は少し微笑んで英二の頭に手を伸ばすと、抱き寄せてその髪を優しく梳いた。

「今、この船は南に向けて走っている。嵐や襲撃に遭わなければ、10日もかからずに春の国へ着くだろう」
「え?オレの国に?」
「ああ、そうだ。着いたら英二を降ろす。・・・短い間だったが楽しかった。ありがとうな」

思いがけない大石の言葉に英二が凍りつく。
どうして、とか、なんで、という言葉が頭の中でくるくると渦巻いているのに、なぜか口まで出てこなかった。




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