海に咲く夢 16
固い船室のベッドの上に横になって英二は天井を睨む。
昼間は思いがけない大石の言葉に頭が真っ白になってしまったけど、いつまでも落ち込んでいられない。
このまま終わりなんていやだ。
それにはどうすればいいか考えなくてはいけない。
英二は頭をフル稼働して考える。
ただ船から降りたくないと言っても、きっと聞いてはもらえない。
自分がどう考えて船に残りたいのか訴えても、・・・きっとダメだろう。
隠れてやり過ごす、いったん降りて見せて出航直前に再び乗船する。
いろんな奇策が頭に浮かぶけれど、どれもこれも大石は許さないだろう。
大石は真面目で頑固だ。
納得させるには正攻法でいくしかない。
でも、そんな方法がはたしてあるんだろうか。
船室にたったひとつの窓から見える空が、群青を淡く変えつつある。
もうすぐ朝になる。
もしも、自分が王子じゃなくて、ただの町や村に住む普通の人だったら。
そこまで考えて、英二はベッドからがばっと身を起こした。
たった今、ひとつの考えが浮かんだ。
夜通しだった見張りを交代して甲板に下りた黒羽は、向かい側から歩いてくる英二と日吉に目を留めた。
2人とも朝の日課である釣りをしにいくのだろう、手には竿とバケツを持っている。
おはようと声をかけようとした黒羽は、ぼんやりしたままゆらゆら歩いてる英二の様子に眉をしかめた。
「おい、王子。大丈夫か?」
声をかけると英二と日吉の両方が顔を上げた。
「あ?そうか、両方とも王子か。すまん、英二王子に言ったんだ」
ややこしいなぁと呟きながら、黒羽が英二を手招きする。
英二は日吉に先に行ってるよう促して、黒羽の元へ歩いた。
「なんか、ふらふらしてるけど、具合悪いんじゃないか?」
「んーん、ダイジョブ。ちょっと眠いだけだよ」
顔を上げた英二を間近で見ると、本人の申告どおり寝不足なのか顔色が悪い。
おまけに大きな目は真っ赤に充血している。
英二が船を降りることは柳から聞いて黒羽も知っていた。
この船で楽しそうに暮らして、いつもなにか役に立とうと頑張る姿を見ていた黒羽は、急な通告でショックを受けた英二が眠れなかったんじゃないかと思う。
だが、黒羽にはどうしてやることもできない。
「あのな、王子。気を落とすなよ?ほら、なんていうか、落ち着いたらまた会える時もあるだろうし、」
「うん。オレ、1回船から降りるけど、すぐ戻ってくるから!」
「そうそう、すぐに戻って・・・、え?」
「オレさ、考えたんだ。どうしてオレがこのまま船に乗ってるとまずいのかな?って。でさ、それって、オレがよその国の王子だからじゃん?」
「あー、まぁな。それだけじゃないにしろ、それが1番デカい理由だろうな」
「そ!だからさ、オレ、1回船降りて城に帰って、王位継承権の放棄してくる」
「はぁ!?お、おい、ちょっと待て」
慌てる黒羽とは正反対に英二は落ち着いている。
血の気の無い、紙みたいな顔色をしているくせに、とても楽しそうに笑った。
「オレの国って日吉のトコと違って、体が弱いとかなければ長男が継ぐようになってんの。だから第三王子のオレは元々、王位継承権なんて形だけしかないんだよね」
「だからって、はい、いりません、ってな訳にはいかないだろうが」
「それもだいじょーぶ。オレ、あと1週間で17になるし。オレの兄上も成人した時に継承権の放棄をしたんだよ」
「おいおい、大丈夫なのか、お前んとこの国は・・・」
王位継承権というのは、持つものが多ければ王位を巡って争いが起きたりもするやっかいなものだ。
だから、本来なら賢明で頑強な継承者が1人いるというのが1番望ましいのかもしれない。
だが、英二や英二の兄のように、簡単に放棄してしまうのもどうなんだと黒羽は頭を抱える。
目の前にいる、当の本人は少しも問題とは思っていない様子だが。
「ね?これでバッチリだよね?オレ、すぐ戻ってくるから、待っててね」
「継承権を放棄して王子ではなくなるという着眼点は悪くない。だが、どうやって戻ってくる気だ?」
「わ!柳!?」
英二が振り返ると背後に柳と仁王が立っていた。
話に夢中になっていて、後に人が立っていることなど全く気づかなかった英二は、驚いた拍子によろけてしゃがみこんだ。
「ああ、ずいぶんヨレヨレじゃのぅ」
「夜を徹して考え事をするには、もう少し体力をつける必要がありそうだな」
「うう・・・ダイジョブ、ダイジョーブ」
手を貸してくれた黒羽に礼を言って英二は立ち上がる。
側へ寄った柳は英二の手を取ると脈を調べた。
「こんな状態で作業はさせられないな。午後まで船室で休むように」
「あ、待って!さっきの話だけど、オレ、戻ってくる方法まで考えてなかった。柳、なんかいいアイデア無い?」
「・・・呆れた奴だ、と言いたいところだが、致し方あるまい。俺がなんとかしよう」
「ホント!?やったー!ありがと、柳!」
「礼には及ばない。こちらとしても戦力が欲しいのだからな。・・・さぁ、話は済んだな」
ホッとしたのか急に眠気を感じで大きなあくびをした英二は、笑う黒羽に付き添われて船室に戻っていく。
「よかったな、大石。英二王子は戻ってきてくれるそうだぞ」
柳が自分の斜め後方に向けて声をかけると、死角となる船室の角から複雑な表情の大石が姿を現した。
「大石、お前さんもそろそろ覚悟したらどうじゃ」
「英二王子の無鉄砲なまでの潔さというのは、大石にも必要かもしれないな。英二王子はとうに覚悟を決めているぞ」
「・・・・・・」
この先も自分達と行動を共にするなら、英二にも命の危険が押し迫る。
いつか黒羽に、英二は子供でも姫でもないと言われた。確かにそれはわかる。
守るのではなく、共に戦う仲間として、自分が大切に想う相手の命を預かる覚悟。
その重い覚悟をする時が大石に近づいてきていた。
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