海に咲く夢 17




いつもなら一日の仕事を終えて船室に戻ってくると、すぐさま眠くなってしまう英二だったが、今日は元気だった。
午後まで船室で休むよう言われて部屋に戻った後、ぐっすりと寝入ってしまい、目が覚めたのがもう日も暮れる頃だったのだから仕方がない。
ちょっと運動でもして疲れれば眠くなるかもしれない、そう思った英二が船室から出ようとしたところへ大石が戻ってきた。
お帰り、と声をかけた英二は、そういえば今日は朝見かけたきり大石と会わなかったなと思いだす。
本当はすぐに、大石に船を降りた後で戻ってくるという話をしようと思っていたけれど、寝すぎたせいで溜まりに溜まった仕事を片付けるのに忙しくて忘れてしまっていた。
今なら時間はあるし本人も目の前にいるけれど、すでに今朝の勢いは収まってしまってなぜか言いづらい。
だめだと言われたらどうしよう。
そう考えるとよけいに英二の口は重くなってしまう。

うん、まだ日にちあるし。明日でもいっか。
そう決めて英二は部屋を出ようとした。

「どこへ行くんだ?」
「んー、眠くないからちょっと体動かしに」
「そうか、それならちょうどいい。少し付き合ってくれないか」

どこへ行くんだろうと思いつつ英二は大石についていく。
船室から満月が煌々と照らす甲板へ出て、すぐ脇にある木箱の前で大石が立ち止まった。

「英二はレイピアだよな」

稽古で使う剣が仕舞われている木箱を開けて、大石は英二に細身の剣を手渡す。
そして自分用にカトラスを取り出した。

「え、え?今から稽古すんの?」
「いや、稽古じゃない。俺と試合をしてくれ」
「試合!?」

こんな夜遅くに剣の試合、それもジャッジも無しで2人きり。
英二は驚いて大石を見るけれど、大石は真剣そのものでとても冗談を言っているようには見えない。
どうして、と理由を聞こうとした英二の頭にひとつだけ思い当たることが浮かんだ。
そうか、大石はもう話を聞いてるんだ。それなら。

「オレが勝ったら、大石もオレのこと認めてくれる?」
「・・・今までだって、認めてなかったわけじゃない」
「うん、それはわかってる。でも、大石にとってオレは『仲間 』でもないでしょ?」
「・・・そうだな」
「オレを仲間にしてよ。大石のこともちゃんと守ったげるからさ」

ニッと笑ってパチンとウインクした英二に、大石がつかの間あっけに取られる。
いつになく子供っぽい顔が見れたことが英二には嬉しい。

「どう?オレ、船の仕事もできるし強いよ?お買い得じゃん?」
「ぷっ・・・あっはっはっは・・・。ずいぶん大きく出たな、英二。それじゃお買い得かどうか、お手並み拝見といこう」

遮るもののない満月の光が天然のライトになる。
試合開始の合図に剣を合わせ、そしてお互いゆっくりと距離を取った。
緊張と共に英二の体は高揚感に包まれる。それは対峙している大石も同じだ。
踏み出す足、交わす剣。
澄んだ金属の音が小気味よいリズムを刻む。
次はどう出るのか、それにどう返すか、剣を合わせながら駆け引きは続く。
互いを探り、その瞳に相手の姿を映し、相手のことだけを考える。
剣が淡い光を弾く。
殺しあう為ではなく、剣を使って互いを深く知る為の儀式。

その様子を秘かに眺めている2つの影があった。
マスト上の見張り台という特等席にいる仁王と柳だ。
「まるで月灯りの下でダンスをしているようじゃな。色っぽいのぅ」
「俺達は招かれざる観客だ。見ていたかったら静かにしていることだ」

弧を描く剣が月の軌跡を残して空中に複雑な模様を描き出す。
右に左に剣を突き出しながら、英二の足元は軽やかにステップを踏む。
まっすぐで寸分も狂わぬ正確な剣は大石そのままに、華やかで奇抜な剣は英二そのままに、狭い甲板の上でくるくると舞う。

「剣の性質は違えど、恐ろしいまでに息が合っているな。まさにダンスだ」
「本人達は楽しそうじゃが、さて、決着は着くんかの?」

そこだけ切り取られ、まるで永遠に続くかのように思えた時にも、やがて終わりが訪れる。
英二が突き出した剣が大石の剣に絡め取られる。
取られた剣を追わずに英二は床に手をつくと、大石の剣めがけて蹴りを放った。
手を離れた英二の剣は月光を弾いて海に沈む。
同時に大石の剣も乾いた音を立てて床に落ちた。

「引き分け、だな」
「あの2人じゃ、それ以外の結末はなかろ」
柳は頷く。初めから力を計る試合ではなかった。
それなら、この結果が1番しっくりくる。

試合をしている時は感じなかった時間が一気に流れ出す。
乱れた呼吸を整えて、大石が英二に手を差し伸べた。
まだ忙しい息を吐いている英二が、その手を取って笑う。

「すっごい楽しかった!」
「俺もだよ。剣を持って楽しいと思ったのは初めてだ」
「合格?」
「ああ。俺もやっと覚悟ができた」

握り合った手にしっかりと力を込めて、大石と英二は顔を見合わせて笑った。




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