海に咲く夢 18
英二を春の国へ送り届けるのに柳は大きく迂回する針路をとった。
春の国はひとつの大きな島で、周囲に同じような大小の島が数多くある。
そのほとんどがそれぞれ国であり交易がある為、網の目のようになっている航路は行きかう船も多い。
敵の襲撃をできるだけ避け、万が一戦闘になった時には周りの船を巻き込まないよう戦う、それにはいったん春の国を通り過ぎるように南下して、島数の少ない南側航路から入るのが得策だった。
しかし、北側に比べて少ないとはいえ、航路から外れていた時からすれば、見かける船の数ははるかに多い。
普段は1人配備しているマスト上の見張り台に2人の船員を置いて、船は警戒態勢で進む。
「英二!」
「ん?」
釣り上げた魚が入ったバケツを持って台所に入ろうとしたところで、英二は大石に呼び止められた。
英二と一緒にいた日吉が気を利かせて、英二の手からバケツを受け取る。
「これは俺が運んで焼いておきますよ」
「うん、ヨロシク。オレも大石の用が済んだら戻ってくるから」
英二は小走りで大石の元へ向かう。
普段2人で使っている船室の前で待っていた大石は、英二を部屋に入れてドアを閉めた。
「どしたの?」
「これを渡しておこうと思ってな」
大石が机の上に置かれていた、青い布包みを英二に手渡す。
幅広の布で丁寧に巻かれている包みを解くと、中から美しい装飾の施された剣が現れた。
宝剣のような外観だが、鞘から抜いた剣の鋭い切っ先は明らかに実践用として作られたものだ。
「大石、これって・・・」
「できる限りの安全策は取っているが、敵が襲わない保障はない。いざという時の為に英二も帯刀していてくれ」
「うん、わかった」
自分の剣を持たされたことで英二はきりりと身の引き締まる思いがする。
大石たちは普段から帯刀していたし、後から船に乗ってきた日吉も常に剣を携えている。
今までこの船に乗っていて丸腰なのは英二だけだった。
「捻挫はもう治ったと聞いてるが、他に痛めてるところはないか?」
「うん、だいじょーぶ。絶好調だよん」
「・・・帯刀していても今はまだ積極的に戦闘には参加するなよ」
「ん。オレはまだ王子だしね。わかってるよ」
それならいい、と大石は頷いて部屋を出ようとする。
「あ、待った!」
「どうした?」
「あのさ、オレこれから国に帰るじゃん?それでちょっと気になることがあるんだけど」
「なんだ?」
「オレを船に乗せるように大石に頼んだのって誰?」
「それは、」
「言えないってのはわかってる。でもこれだけは教えて。オレの父上はオレが船に乗ってるのを知ってる?」
「・・・ああ、知ってるよ」
大石の返事に英二はおおげさな程ほっとしてみせた。
「よかったー。なんの連絡も無しに3ヶ月も城に帰らなかった、なんてことになったら、オレ、もう船に戻ってこれなくなるもん」
「そうだな、一国の王子が3ヶ月も行方不明なんてことになったら大騒ぎだ」
「でしょ?そんなだったら、オレ二度と国から出してもらえなくなっちゃうよ」
心配事が解決した英二はさっそく渡された剣を腰の皮ベルトに挟みこんだ。
部屋を出たところで大石と別れ、1人で奮闘しているだろう台所の日吉の元へ戻る。
大石はそれを見送って甲板へ出た。
状況を確認しに見張り台へ向かうと、立ち話をしている柳と仁王が目に入った。
「どうだ、なにか変わったことはあるか?」
「今のところ不審な動きをしている船はないようじゃが、こう数が多くてはの」
「この間の漁船の例もある。小さな船でも注意は怠らないよう指示しているが、やはり見張りの増員は必要だな」
大石は視線を巡らせて海を眺める。
今の立ち位置からでも肉眼で三艘の船が確認できた。
「そうだな。あと2人か3人増やそう。それから、」
頭上で聞こえた羽音に大石が言葉を切って空を見上げた。
船の上を大型の鳥が旋回している。
「あれは・・・鷹か?」
「西国の使い鳥のようだ。日吉王子を呼んでこよう」
柳が船室に入り日吉を伴って出てくると、旋回していた鷹が降りてきて高く掲げた日吉の腕に止まった。
足に金具で固定されていた筒から書簡を取り出した日吉は、ざっと目を通してからそれを大石に手渡した。
「東国から六艘の船が出港したとの報せです。行き先は不明だが気をつけるようにと」
手紙には他に、東国に密偵を潜入させたこと、その密偵からの報告で、今回の戦の首謀者として1番疑わしいと思われる人物が六艘の船の手配をしていることが記されていた。
「六艘の追っ手か。ずいぶんと豪勢じゃのぅ」
「船の規模にもよるが苦戦は免れないだろう。数で勝ればいくらでも戦術は立てられる」
「だが、春の国へ向ける航路の変更はできないぞ」
六艘の船が敵だとしても、ここにきて進路は変えられない。
また、敵船の出航した日付を考えれば、どれほど船の速度を上げても、春の国に着く前に遭遇してしまう。
一般航路に入ってからすでに3日、その間に行きかった船に敵の偵察船があれば、こちら側の取っている針路は予測がついているはずだ。
六艘の船は追っ手である可能性が高い。
「なに、敵が襲ってくるなら潰したらよかろ。二艘くらいなら俺1人で片付けてやるきに、心配しなさんな」
不利な状況に重くなった場の空気を仁王が打ち壊す。
「うむ。ここ2ヶ月余り模擬戦ばかりで腕が鈍るところだった。少し実戦は必要だな」
柳も同意する。
「そうだな、襲ってくるなら戦うしかない。ただ少しでも有利に戦えるよう作戦は練っておこう」
大石の言葉に柳と仁王が頷く。
「今からでもこちらの取っている航路を教えれば、跡部さんの援護が間に合うかもしれません。どうしますか?」
「援護してもらえれば助かる。頼んでもらえるか?」
「わかりました」
日吉が鷹に持たせる手紙を書く為に船室に戻る。
仁王は見張りの手配をしに場を離れ、大石と柳は作戦会議の為に船室へ戻った。
今までの航海の中で最も過酷な戦闘が始まろうとしていた。
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