海に咲く夢 19




一般航路に入ってから5日、船を進める為の作業以外は全て停止して、見張り役の船員を除いた者たちで乱戦の試合を行っている。
しばらく実戦から離れていたせいで勘が鈍っている者が多いだろうという柳の提案だ。
実際の戦闘となれば稽古と違って一瞬の判断の狂いが命取りになる。
そして柳の目的はもうひとつ、英二に少しでも実戦に近い稽古をさせて、その感覚を肌で覚えさせようというものだった。

練習用の剣の先に赤い粉を付けて全員でいっせいに戦わせ、服や肌に切られた印の赤い筋が付いた者は負傷とみなして戦列から外される。
最初は真っ先にリタイアしていた英二だったが、回数を重ねるごとに長く戦えるようになっていた。
半数以上が戦列から外れ、手ごわい相手ばかりが残った中で、英二は全神経を集中させて戦う。
目の前に仁王、左斜め後には柳、仁王の後に大石と黒羽。
居場所は掴めないが、慈郎や日吉もまだ残っているはずだ。

「ほー、ずいぶんと様になってきたのぅ」
「は、話しかけたらダメ、だってば!」
「余裕がないのなら答えないことだ」

後にいる柳からの剣をギリギリでかわす。そうしている間も前にいる仁王から目は離さない。
右斜め後方に人の気配がないのを確認して、英二は大きく下がった。
前後に挟まれて戦うより、2人とも前面に来るよう移動した方が戦いやすい。

「うむ、的確な判断だ」
「だが、それだけでは勝てんよ」

まったく隙を見せない2人を相手にして英二は防戦一方となる。
でも諦めることはしない。
柳と仁王の後には黒羽を相手にしている大石が見える。

柳の剣を柄で受け止め、仁王の攻撃を体ごと避け、紙一重のところで踏みとどまっている英二の表情が明るくなった。
黒羽をリタイアさせた大石がこちらへ向かってくる。
いち早く気づいた柳が体を反転させて大石の剣に対応する。
やっと2対1から開放された英二だったが、ここで気を抜くわけにはいかない。
余裕の笑みを浮かべている仁王に負けじと攻撃をしかける。

一進一退の攻防、続く緊張に英二の集中力が切れかけた。
時間ばかりが長い。もうどのくらい戦っているのかを頭の片隅でぼんやりと思う。
こめかみから頬へと伝い、流れ落ちる汗が気になった。
仁王の後で柳と戦っている大石と目が合い、その大石の視線が英二の後ろに流れる。
ハッとした時にはすでに遅く、英二は背中に剣の感触を受けた。
「ここまでです。外れてください」
いつの間に移動してきたのか、英二の背後には日吉が立っていた。

戦列から外れ、リタイア組が見物している中に入っていくと慈郎と黒羽に迎えられた。
「よく頑張ったじゃねぇか、王子」
「うー、日吉がいたの全然気づかなかった・・・」
「日吉って強いよね〜。俺、日吉ともう一回やりたいぃ〜!」
「お、大石が柳に勝ったぞ。あとは大石と日吉と仁王だな」

戻ってきた柳を迎えて、残り3人の試合に注目する。
柳を敗った大石が仁王の後方に立ち、そのまま攻撃をしかける。
仁王は先程の英二と同じ、前後の敵と戦う格好となっているが、余裕の笑みは消えない。
やがて攻撃の剣を掻い潜った仁王が日吉の懐に飛び込む。
額がぶつかりそうなほど顔を寄せられてニヤリと笑った仁王に気圧された日吉が、腹に剣を受けてそこでリタイアした。
残るは仁王と大石。

全員が勝敗の行方を固唾を飲んで見守る中、甲板で見張りをしていた船員が柳を呼びに来た。
「まとまって走行してくる船影を発見しました」
「わかった」
短く答えた柳は見張りと一緒にその場から抜ける。
報告を隣で聞いていた黒羽が大石と仁王に伝え、試合はそこまでとなった。



甲板後方、見張りが船影を確認した場所に移動してきた大石は、柳が双眼鏡を外すのと同時に口を開く。
「どうだ、敵か?」
「まだ黒い影としか確認できないのでなんとも言えないが、少なくとも四艘は並走しているな」
「大きさは?」
「俺達の船と同程度が二艘、あれはキャラベルだろう。あとは小型船だ」
「キャラベルか・・・足が早い船だ、すぐに追いつかれるな」

横で会話を聞いていた英二は、今まで柳が見ていた方向を目を凝らしてみるが、肉眼では何も見えない。
あと2日もすれば春の国に着く海は、暖かく穏やかで平和な顔をしている。

「みんな聞いてくれ。いま確認できている船影が敵のものなら、明日には遭遇する。全員戦闘準備を整えてくれ」
集まった船員達に大石が指示を出すと、オーッ!という雄叫びのような返事があがった。
それぞれ準備の為にばらばらと散っていく船員達が去った後、その場には英二と日吉、大石が残った。

「日吉王子、準備はいらないのか?」
「いえ、これから部屋へ戻ります。その前にひとつ聞いておきたいんですが、こちらよりかなり数の多い敵に対して、何か策はあるんですか?」
「ああ、向こうの出方次第で何通りかの作戦を立ててある。準備をしにいった者が戻ってきたら柳から説明があるだろう」
「わかりました、ありがとうございます。それじゃ準備をしてきます」

日吉が部屋へ戻った後、大石はずっと無言で海を見ている英二の隣に立った。
「どうした、英二」
「・・・うん。なんかさ、まだ船も見えないし。ほら、ここって俺が育ったとこの海だから」
「ああ。穏やかで優しい海だよな」
「うん。だからさ、なんていうか、ここで敵が襲ってくるって実感が涌かなくて」
「そうだな」
「あ、でも、ちゃんと敵の船が見えたら、気持ちも切り替わるよ!だから心配しなくていいからね」

笑ってみせる英二に大石の胸が痛む。
この平和な海に戦いを持ち込むのは自分だ。
あまつさえ、戦いに無縁だった英二をも巻き込んで。

「ごめんな、英二。結局俺達の巻き添えにした」
「違うよ!オレは自分から参加したの!もー、何度も何度も言ってんのに大石はちっとも、」

口を尖らせて抗議する英二を大石は腕を伸ばして抱き寄せる。
「ごめんな。本当はこんな状態で預かるべきじゃないとわかってた。それでも、もう1度英二に会いたかったんだ」
「・・・オレは子供の頃のことは忘れてたけど、今は大石に会えてよかったなって思ってる。ホントだよ。巻き込まれたからじゃなくて、大石と一緒にいて大石の力になりたいから戦うんだよ。オレの言うこと、信じてよ」
「・・・ありがとう」

この先どうなるのかは誰にも予測することはできない。
わずかな時間を惜しむように、大石の腕にも英二の腕にも力がこもった。




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