海に咲く夢 2




海賊が本当に存在するとは知っていても、それはあくまで本や人の話で聞いた知識でしかない。
英二にとってはドラゴンや妖精と同じ、現実味のない存在だった。
なのに突然目の前に現れた海賊に、あろうことか担ぎ上げられるという状況が英二の思考を完全に停止させる。
目をパチパチと瞬かせれば、逆さまになった景色が揺れた。

「え・えっと?・・・な、なに?なんで?」
「暴れると海に放り込むぞ」

恐ろしい台詞を吐いているのに口調はどこか楽しげで、それが余計に英二を混乱させる。
なんで?どうして?を連発しているうちに、停泊していたイルカの船から数人の男達が降りてきた。
1人、2人と英二を担いだ海賊の周りに集まってくる。

「なんだ、もう見つけたのか。あっけないのぅ」
まるで荷物のように肩に乗せられている英二を、銀髪の男が興味深げに覗きこむ。

「ははっ、大漁、大漁、ってか」
豪快に笑った男は、不自由な姿勢のまま首を捻って男達を見回していた英二の頭をポンポンと軽く撫でた。
誰も彼も年頃は英二とそう変わらない。ただ、どこからどう見ても全員が海賊だ。

海賊の1人がすっと視線で後方を指す。
「あまりのんびりともしていられないようだ。・・・大石、先に船に戻れ」

大石と呼ばれた英二を担いだ海賊が、仲間の視線を追ってちらりと後方を伺う、と、そのまま船に走った。
それを合図にしたかのように漁船の陰から数人の男達が走り出てくる。
英二は急に騒がしくなった後方を見たかったが、大石が走るので体を起こせない。
船の側に辿りつき、やっと立ち止まったと思ったら、今度は英二を器用に支えたまま、片手で綱を昇って船に乗り込んでしまった。

船に乗せられてようやく肩から下ろされた英二は、体を乗り出すようにして騒がしくなった船の外を見下ろす。
抜き身の剣を振りかざす男達と海賊達が戦っている。人数は海賊達の方が少ない。
一瞬、自分を助けようとする人達が海賊と揉めているのかと思った英二だったが、それにしては男達のガラがずいぶんと悪かった。
口汚い怒号を吐きながら剣を振り回す男達はどう見ても城の者には見えず、かといって村の漁師達でもない。
どちらかと言えば町で時折見かけるゴロツキといった人相風体だ。
振るう剣も人相と同じく粗暴で力任せ、その場にいたらブンブンと風を切る音が聞こえてきそうだ。
かたや、そんな連中を相手にしている海賊達は剣を抜きもせず、まるで遊んでいるかのような余裕を見せている。
一連の流れるような動きで切りつけてくる切っ先をかわす姿に、英二の口から感嘆の溜息が漏れた。
振り回される剣を避け、それと同時に鞘に納めたままの剣で、的確に相手の急所を突いていく。
腕を突かれて落とした剣を海に蹴落とされた男が、それなら、と海賊に体当たりをしかけるが、それも難なくかわされる。
あげく勢いで前のめりになった背中を蹴り飛ばされて、派手に水しぶきを上げて海に落ちていった。
1人は腹を蹴り上げられて地べたに蹲り、その横に転がっている1人はうつ伏せで倒れたまま身動きすらしない。
最後に残っていた大男が地響きを立てて倒れこんだ後、地面に立っていたのは無傷の海賊達だけだった。
結局、誰一人として剣を抜いていない。

「うわぁ・・・。なんか、すっごいもの見た気がする・・・」
「うちの連中は強いだろ?」
いつの間にか英二の横に立っていた大石が、頼もしげに仲間を見遣る。
目の前で素晴らしいショーを見学できたようで、気分が高揚していた英二は大きく頷いた。
「うん!みんな、オレの剣術の先生よりも強そうだった!」
「気に入ってもらえてなによりだ。これから仲良くやってくれよ」
「へ?」
これから仲良く、ってどういう意味?と英二が考え込んでる間に、下で戦ってた海賊達が続々と船に戻ってきた。

「ありゃぁ、ダメじゃ。全然手ごたえがないきに」
「まぁ、はした金で雇われたチンピラってとこだな」
口々に話しながら帰ってきた海賊達で船上は一気に賑やかになる。
その中から1人の海賊が英二たちの方へ向かってきた。
戦闘が始まる前に、先に船に戻るよう忠告していた海賊だ。
「どうする、大石。用が済んでいるのだから、長居はしない方がいいと思うが」
「そうだな・・・。あの連中が仲間を呼んでくると面倒だしな。よし、出航してくれ、柳」
「了解した」
柳と呼ばれた海賊が、ひとつ頷いて他の仲間のところへ戻っていく。
雑談していた海賊達が指示を受けて、それぞれ出航準備に取り掛かる。程なくして船は海に滑り出た。

それを見て慌てたのは英二である。
「ちょ、ちょっと待った!船、動いてない!?」
「ああ、動いてるな」
「ええっ!?もしかして、このままどっか行くとか言わないよね?」
「英二、船で旅したことはあるか?」
「え?・・・んー、子供の頃に1回だけあるけど」
「楽しかったか?」
「すっげー楽しかった・・・って、そーじゃなくて!」

子供の頃の思い出に浸りそうになった英二を、見る見る遠ざかっていく港が呼び戻す。

「どうした?」
「どうした、じゃないって!オレ、乗ったまんまだよ!船、戻してよ!」
「それはできないな」
「できないって・・・、なんで!!これじゃオレ、帰れないじゃん!」
「なぁ、英二」
「もー、とにかく、早く船戻せってば!」
「あのな」
「なんだよっ!」
噛み付くように振り返った英二に、大石が人の悪い笑みを浮かべた。
そのまま手を伸ばして英二の頭を引き寄せる。
額をあわせるようにして目を覗き込まれた英二は、それまで喚いていた口をピタリと閉ざした。
「英二王子」
「・・・・・・」
「帰るのは諦めてくれ。お前は俺に攫われたんだ」
「なっ・・・!」

英二の瞳が驚きでこれ以上ないほど見開かれる。
現状を理解させたと判断した大石は、英二の頭から手を離した。

「もう少ししたら船が海流に乗る。そうすればみんな手が空くから、俺の仲間を紹介するよ」

もう帰れないという事実に衝撃を受けた英二は大石の言葉も耳に入らない。
背中を押されるようにして船室に連れて行かれながら、ただ、ただ呆然とするだけだった。