海に咲く夢 20
双眼鏡で黒い点のように見えていた船が、今では肉眼でその姿をはっきりと確認できるまで近づいていた。
船は四艘。大型船二艘と小型の高速艇が二艘。
東国の国旗を掲げているわけではないが、こちらがわずかに針路をずらすとそれを追ってくる為、敵であることはほぼ間違いなかった。
跡部からの報告では全部で六艘の船が出港したとある。
残り二艘の姿はどこにも見当たらない。
別ルートで回り込んでくる可能性を考えて、柳は挟み撃ちに遭わないロケーションで船を停止し、敵が近づくのを待つ作戦を取ることにした。
戦闘が避けられないのなら主導権を握って少しでも有利に進めるしかない。
数で勝る敵に短期決戦は無理、それならば地形を有利に使い、時間をかけてでも一つずつ確実に潰す。
博打の要素が強い作戦だったが他に選択肢が無かった。
どれだけ長丁場になるかわからない闘い、それも限られた人数では交代して休憩をとることもできない。
敵を殲滅させる前にこちらが疲弊しきって潰れる可能性もある。
「万が一の時は俺と仁王で敵の高速艇を一艘乗っ取る。大石は英二王子と日吉王子を連れて春の国へ向かう。俺達は追っ手がかかるのを阻止する、これが作戦の全てだ」
柳が話す作戦の内容を大石は険しい顔で聞いていた。
英二と日吉は他国の王子だ。戦闘で死なせるわけにはいかないというのはわかる。
そして、国は無くなったとはいえ、柳や他の者には、まだ王子であろう自分。
勝てばいい、楽観的にそう言えるほど状況は明るくない。
また誰かを犠牲にして生き延びなければならないのか。
「・・・柳、」
「王子達を逃がすのは俺以外でも、か?それは認められないな。大石の言いたいことはわかる。だが、これも王家に生まれた者の定めだ」
「もう国も何も無いのに、か」
「領土が国なのではない。そして城が王家なのでもない。青の国の民が1人でも生きているうちは大石は王子なのだぞ」
「ずいぶんと重いものだな」
「当然だ。恨むのなら王家に生まれたことを恨むのだな」
「本当にな。次は漁師の息子にでも生まれてくることにするよ」
軽口を叩いて笑う大石の、瞳に映る悲しみの色を柳は見ない振りをする。
大石が王家に生まれた定めを持っているのと同様に、自分達は大石の盾になる定めを持っている。
たとえそのことが、どれほど大石を苦しめようとも。
「それから、英二王子には誕生の祝賀祭までに返さなくてはならないというリミットがある。戦いが予定よりも長引きそうになった場合も同じ作戦を取ろう」
「・・・ああ、わかった」
「それでは少し休息を取ろう。見張り台に黒羽が詰めているから、なにかあればすぐに報せが来る」
あらかじめ決めておいた戦闘を行う地点まであと数時間。
見張りは最低限まで減らし、他の者は戦いに備えて休ませている。
柳と船室のドアの前で別れた大石は、重い気持ちをひとつ息を吐くことで切り替えて自室に足を向けた。
各自部屋で休むようにと柳から指示されて部屋に戻ってきたものの、英二は緊張からくる落ち着かない気分を持て余していた。
部屋に入ってすぐに寝台に横になってみたものの、どうにもじっとしていられず、起き上がって伸びをしてみたり体をほぐしてみたり、あげく剣の練習まで始めたところで体力を温存していろと言われたことを思い出して、仕方なく座った。
寝台に腰掛けてじっとしていると、船に乗って間もない頃の襲撃を思い出す。
威嚇ではなく、明らかに殺意を持って放たれた矢。
今度はあの中に自分も入っていって戦うのだ。
でも本当に戦えるんだろうか。
練習用の剣は先が丸くなっていて人を傷つけない。
でも、大石に渡された剣は鋭利な本物の剣だ。
突き立てれば相手の体に刺さり、そして死に至らしめることもできる。
英二は腰のベルトから剣を抜いて、その鋭さをあらためて見つめる。
殺さずに最短で勝つ方法は柳から教わった。
まず利き腕を狙う。狙うのは腕の付け根。
そして次は足。これも膝より上を狙う。これで大抵は身動きが取れなくなる。
それでも戦意を喪失しなければ顔面を殴れと言われた。
英二は教えられたことを繰り返し口の中で唱える。
戦うことを自分で決めたんだ。だから恐れてはいてはダメだ。
腹の中にしっかりと覚悟をしまい込むようにして、英二は剣を鞘に戻す。
ふぅ、っと息を吐いたところで、部屋のドアが開いて大石が入ってきた。
「大石も休憩?」
「ああ。今のうちに休んでおかないとな」
「あとどのくらいかなぁ」
「そうだな、4〜5時間ってとこじゃないか」
隣に腰を下ろした大石は、英二の手が落ち着きなく腰の飾り帯を弄んでいるのを目に留めた。
「だいぶ緊張してるようだな」
「だって、オレ、こういうのって初めてだし」
「それじゃ俺の国に古くから伝わっている、緊張を解くおまじないをしよう」
「おまじない?」
怪訝そうに首を傾げる英二に大石は笑って英二の右手を取った。
「まずは右手から」
そう言うと、英二の手のひらに口づける。
「次は左手」
目をまん丸に見開いて驚いている英二にかまわず、大石は左手を取ってまた手のひらに口づけた。
「お、おーいし、」
「最後は、」
左手を離した大石の顔が至近距離に迫って、英二は思わずぎゅっと目を閉じた。
額に暖かくて柔らかなものが触れた感触。
「はい、終わり」
「・・・・・・」
真っ赤な顔で額を押さえている英二に大石は微笑む。
「どうだ、緊張は解けたか?」
「う・・・なんか色々グルグルしてる気がする」
「なぁ、英二」
「ん?」
「実は俺も緊張してるんだ」
「!!」
大石の意図するところを瞬時に悟った英二は、顔どころか首まで真っ赤になった。
あわあわしている英二に大石がすっと顔を寄せる。
「おまじない、してくれないのか?」
「・・・や、やる!やるよ!」
「それじゃ右手から」
差し出された手を取った英二は、照れと羞恥からぶつけるような勢いで大石の手のひらに口づけた。
続く左手、そして額。
「はい、おわりっ!ほら、ちゃんとしたよ!」
「ありがとう、英二。これで緊張も取れたし、万全で戦えるよ」
「こんなおまじない、初めて聞いた。青の国ではみんなすんの?」
「いや、しないだろう。聞いたことないしな」
「・・・え?えぇーっ!?」
騙されたとわかった英二が大石に飛びかかる。
大石が笑いながらそれを受け止める。
しばらくじゃれつく子犬のように暴れたら、英二の緊張も完全に解けていた。
敵の船が徐々に接近してきている。
戦いが始まるまであと数時間。
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