海に咲く夢 22
4人を相手に戦っている黒羽は微かに溜息をついた。
昼前に始まった戦闘が、日が傾いた今も継続している。
確かに敵の数は多い。だが、長引いている理由はそれだけではなかった。
左腕に小型の盾を装備した敵は、黒羽を取り囲んでいるものの積極的に攻撃はしてこない。
こちらから仕掛けても防御されるだけ、かといって油断すればとたんに四方から剣が飛んでくる。
どうみても持久戦狙いだ。
人数が豊富にいる敵は疲れてくると後方に控えた者と交代をして休息を取っている。
このままだとマズイ、そう思いつつも打開策が考えつかない。
素早く視線を走らせて黒羽は味方の様子を探る。
4、5人を相手にしている柳や大石の顔には色濃い疲労が浮かんでいる。
無理もない、船で1番の体力自慢である黒羽ですらそろそろ限界が近い。
一瞬たりとも気を抜けない緊張は徐々に体力を削る。
初めのうちは力に任せて、防御した敵の体を盾ごと吹っ飛ばしていた黒羽だったが、もうそんな力はどこにも残っていなかった。
仁王は両手に持った剣で相手を惑わしながら、腕や足に仕込んだ武器で次々と敵を倒していく。
大石の代わりに英二と慈郎の背後を守っている為、あまり大きく動くことはできない。
取り囲むようにしているくせに、警戒して一歩退く敵を仁王はうんざりと眺めた。
戦っていて気分が高揚するような腕の持ち主は見当たらない。どうということはない一般兵士たちばかりだ。
おまけに防御ばかりでろくな攻撃もしてこない。
つまらない戦闘がだらだらといたずらに長引くのは不愉快だった。
仁王はちらりと船の後方、敵が休憩をしている辺りを見遣る。
あの辺なら味方の姿は無い。一気に飛び込んで全部潰してこようか。
だが、その考えは背後にいる英二と慈郎の疲弊しきった荒い息遣いの前に打ち消される。
いまここを離れるわけにはいかない。
仁王は一向に攻撃してこない敵を挑発するように指で招いて退屈を振り払った。
極力無駄な動きを避けて、ピンポイントで敵の急所のみを狙う。
敵の攻撃方法から早くに持久戦目的であることを見抜いた柳は、体力を温存する戦い方に切り替えている。
そうしていても6時間強という長丁場の戦闘で柳の腕は鉛のように重い。
予想していた中で1番嫌な作戦を取られた。数を頼みに一斉攻撃を仕掛けられた方がまだ勝機があった。
敵兵の数は戦闘開始から比べて約半数になっている。
それでもまだ1人で6人以上は倒さないと終わらない勘定の数が残っている。
流れ落ちて視界を遮る汗を拭う。
そろそろ他の者も限界だろう。動きが取れるうちに王子達を逃がす算段をしなくては。
柳は大石と英二と日吉の位置を確認して、敵に悟られないよう少しずつ移動を始めた。
不思議と疲れた感じはしなかった。
ただ酷く喉が乾いて、息が焼け付くように熱い。
英二は目の前の敵を見据えて隙を計りながら、頭の片隅でこんな時こそ雨が降ればいいのにと考えた。
背後の空気が動く。人の気配に視線だけで後を伺うと柳が見えた。
「英二王子、合図をしたら大石のところに走れ。俺が援護する」
耳打ちするように小さな声でそう告げた柳は、すぐに英二から離れて仁王の隣に立った。
「仁王、まだ体力は残っているか?」
「全部は無理ぜよ。奴ら鎖鎧を着とるから剣がボロボロじゃ」
「できる限りでいい。王子達を高速艇で逃がす時間を稼ぎたい」
「あー、ここまでか。短い人生じゃったのぅ」
「人生が終わるかどうかは仁王の頑張り次第だ。頼んだぞ」
「それじゃ、せいぜい道連れを増やすとするかの」
軽口を叩く仁王が右手に握っていた刃こぼれしている剣を捨て、背中に隠してあった剣を取り出す。
明らかに怯んだ眼前の敵に陰惨な笑みを見せて仁王が飛び掛った。
甲板上のあちこちで騒ぎが起こる。
鬼神のごとく次々と対峙するものを倒していく仁王に、敵が浮き足立つ。
今がチャンスだと英二に声をかけようとした柳の視線が、後方の海上で凍りついた。
姿の見えなかった残りの敵、二艘の高速艇がこちらへ向かっている。
決して残りの船のことを失念していたわけではなかったが、このタイミングは最悪だ。
このままでは王子達を逃がしても高速艇に追われる。追いつかれたらそこで全て終わりだ。
だが、二艘もの船を潰すだけの余力はもう無い。
何か策はないかと目まぐるしい速さで柳は頭の中にある情報を探す。
・・・無い。策は何も。
「ここまでか。確かに、短い人生だったな」
柳はひとつ息を吐いて胆を括った。
仁王にここを任せて、自分と黒羽でそれぞれ高速艇を足止めする。
舵を壊すことができれば船を止めることができる、最悪でも少しは時間が稼げるだろう。
なんとしても王子達だけは無事に逃がしてみせる。
「英二王子、走れ!」
「で、でも、慈郎が・・・」
「構うな、時間が無い。慈郎!・・・最後まで戦え」
柳の台詞に英二が目を見張る。
慈郎は大きく頷くと笑って英二に手を振った。
「ま、待ってよ、柳!それってどういう、」
「時間が無いと言ったはずだ。行くぞ」
柳に腕を引かれるようにして英二は走る。
途中で日吉と黒羽にも声をかけ、向かってくる敵を散らしながら4人で大石の元へ向かった。
「大石。英二王子と日吉王子を連れて、高速艇で脱出してくれ。今すぐだ」
「なにがあった」
「敵の残りの二艘がすぐそこまで来ている。ここはこれ以上持たない」
「・・・・・・」
「大石、お前には使命がある。わかっているな?」
「・・・ああ。英二、日吉王子、行くぞ」
踵を返して逃走用の高速艇に向かう大石と、その場に残って敵を食い止めている柳と黒羽を交互に見ながら、英二は困惑した。
「待ってったら!黒羽は?柳は?みんなはどうすんの!?」
「心配すんなって。後から追いかけるからよ。またすぐ会えるから、な?」
無言の柳に代わって黒羽が答える。
黒羽の笑顔に、いつもとは違う何か覚悟のようなものを感じて英二は立ちすくむ。
「英二、来るんだ」
大石が船の縁で早く、と手招きをしている。
「だって!まだこんなに敵が残ってるのに、3人も抜けたら・・・」
ただでさえ、みんなギリギリの戦いをしている。そのうえ敵は二艘の船でさらに増えようとしている。
ここで抜けてしまっては、いくら仁王や柳が強いといっても勝てるはずがない。
みんなやられてしまう。
「英二!」
大石が呼ぶ。
「行きましょう」
日吉が英二の肩を押す。
どうしよう、どうしたら、と英二が足を踏み出せずにいると、甲板後方でざわめきが起こった。
ついに二艘の高速艇が着いたのかと絶望的な気持ちで海上を見た英二は、その漆黒の船の姿に安堵で泣き出したくなった。
旗は黒地、羽ばたく金の鷹の紋章。
西国の跡部の船だった。
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