海に咲く夢 23
後から来た敵の高速艇の一艘が、戦場となっている大型船につけて敵が乗り込んでくる。
それでも大石達の側に跡部達が加わったことで、絶望的だった戦況に光が見えた。
敵は相も変わらず徹底した防御を取る為、早急な決着とはいかないが、それでも確実に敵の数は減っている。
夜の帳が落ちて空に満点の星が瞬く頃に、ようやく敵を残り僅かというところまで追い詰めた。
残る敵を他の船員達に包囲させ、仁王と黒羽は輪の外で座り込んでいた。
戦闘の主力を努める彼らは他の何倍も戦っていた為、すでに疲労は極致に達している。
「どうにか乗り切ったな。さすがに今回はもうだめだろうと思ったぜ」
「誰かよほど悪運が強い奴がおるようじゃの」
「悪運ってな・・・どうせなら、神の加護があるぐらい言ってくれよ」
「大石なら神の加護も似合うが、お前さんにはせいぜい悪運ぐらいしかなかろ」
「ひでぇな。ま、悪運でも無いよりゃマシか」
「俺はお前さんのそういう前向きなところが好きぜよ」
怪我をした者はいても、誰一人仲間を失うことはなかった安堵が2人を饒舌にさせる。
仁王や黒羽だけではない、敵を包囲している者以外は甲板のあちらこちらで固まって、生き残ることができた喜びを語り笑いあう。
東国に侵略されて船で逃走し続けて2年余り、数知れぬ敵の襲撃を受けてきたが、全員が死を覚悟したほどの熾烈な戦闘は今回が初めてだった。
実際、跡部の到着がもう少し遅かったなら、大石は仲間の大半を失っていただろう。
「おかげで助かった。みんなを代表して礼を言う。ありがとう、景吾王子」
「フン、生き証人のお前らに死なれちゃ俺としても困るからな。ところで大石、残りの一艘、あれはどうするんだ?」
「たぶん指揮官が乗っている船だろう。寄って来ないところを見ると戦闘に参加する気はないようだし、そのうち逃走するんじゃないか。俺達ももう追撃するほど力は残ってないしな」
「へばってる奴らの中には俺の部下も入ってるようだな。憂いを残すようで気に入らねぇが仕方ない。それじゃ俺達はこれで引き上げるぜ」
「ああ。・・・本当にありがとう」
「この借りは東国の奴を潰すことで払ってもらうぜ。それから、貸しついでに、」
跡部は甲板に大の字になって寝てしまっている慈郎の横に、同じ格好で転がっている英二を見る。
「春の国の王子は俺が送ってやる。お前らは早くここを離れろ。密偵からの連絡はないが、追っ手が来ないとも限らねぇ」
「そうだな、英二もその方が安全だろう。頼む」
長時間の戦闘で疲れたのだろう、ぐったりと伸びている英二を見て大石は微笑む。
1番の標的にされた自分の傍にいるのは危険だったから、戦闘中は仁王に守護を頼んで離れていたが、怪我もせずよく頑張ってくれた。
大石は英二に歩み寄る。
「英二」
声をかけて軽く肩を揺すれば、星空を映した瞳を向けて笑ってくれた。
ここで一度別れなくてはならないけれど、でも、またすぐに会える。
大石達に見送られて漆黒の船が出る。
船は明朝春の国に着き、英二はそのまま誕生の祝賀行事に出席して、そこで王位継承権を放棄する。
跡部は祝賀祭が終わるまで港で待っていて、また英二を乗せて大石達に合流させてくれると言った。
「そういえば、お前はどうして国を出されたのか知らないんだったな」
「うん。だって、港に船を見に行って、そこでそのまま大石の船に乗せられたんだもん」
「お前の国の話だ、お前は知る権利がある。知りたきゃ教えてやるが、どうだ?」
「跡部は知ってんの!?知りたい!教えて!」
「フッ、いいだろう。まず、お前を船に乗せるよう大石に依頼したのは、お前の父王だ」
「あー、やっぱそうなんだ。父上か兄上だろうなって思ってた」
「気づいてたか。それじゃ、お前の国で現王朝をひっくり返そうとする謀反の計画があった。これはどうだ?」
「えっ!?謀反・・・って・・・」
春の国は農業や水産業が盛んで、小さいながら鉱山もあったのでとても豊かだった。
気候の良い地域の為、近隣にある他の国も同様で、争いや戦とも無縁である。
英二の国にも軍はあったが、これはあくまでも万が一の場合のお守りのようなもので、実際は城の警備や門番程度の仕事しかなく、将軍職であっても権限は無いに等しかった。
今回の謀反の首謀者は春の国の王立軍将軍である。
将軍は現王と時期王である英二の長兄を倒し、第三王子である英二を傀儡にして国の主権を握ろうと企んでいた。
「オレ、その将軍って人、よくわかんない。あんまり会ったことないし」
「・・・国の要職についてる人間くらいは頭に入れとけ。とにかく、城内を守ってる兵士どもが敵じゃ危険過ぎる、ましてや敵の旗印にされそうになっているお前には、いつ何が起こるかわからない」
「そっか、それでオレを船で預かるように頼んだんだ」
「海ならそうそう追いかけられねぇと踏んだんだろ。大石のところも危険なのは変わらなかったようだがな」
謀反の発覚は王に届いた一兵士からの書簡だった。
王を倒して国の実権を握りたいと考えていたのは将軍だけで、兵士達はみな平和な国を愛していた。
旗印にしようとしていた第三王子が行方不明になり、焦って動いた将軍は動かぬ証拠を掴まれて謀反の計画は終わりを告げた。
英二には顔も思い出せない将軍に特別な感慨は涌かない。
むしろ、そんなことがあったおかげで大石に会うことができたのだから、ほんの少しだけ感謝したい気持ちだった。
聞きなれた波音を背に白々と明けていく空を見上げる。
早ければ今日の夜には大石たちとまた合流できるはずだ。
柳たちは出航する為、戦いの場にしていた敵の大型船から自船に戻り始めている。
まだその場に停止している、戦いに加わらなかった高速艇が一艘残っている為、大石は敵船の甲板に残っていた。
一足先に船に戻った柳は、まだ力の戻らない手で負傷者の手当てをしながら、明日からのことを考えていた。
東国にいる首謀者が今回の戦いで判明した。
これでやっと次の段階に進める。
すでに東国には柳の間諜を始めとして数人が潜り込んでいる。
その者たちと連携して首謀者を引きずり出し、その罪を明白にしなくてはならない。
頭の中で作戦を練りながら、次々と戻ってくる仲間を迎えていた柳の目の端に、それまで停止していた高速艇が動くのが映った。
長々と停泊していたがやっと行くか、そう思った柳は次の瞬間、手にしていた包帯を投げ出して甲板を走った。
高速艇が戦場にしていた大型船に船を寄せる。すぐに3人の男が船に乗り込んできた。
もうみんな戻ってきていて、船には大石しか残っていない。
走る柳に気づいた仁王が視線の先を見遣ってすぐに後に続く。
大型船の甲板では大石が3人のうちの1人と戦っていた。
残りの2人は剣を抜いて、2人が戦うのを他の者に邪魔されないよう見張っている。
異変に気づいた黒羽や慈郎が柳たちを追う。
すぐに柳と仁王が見張りの二人と戦闘になった。
今まで戦った兵士達とは明らかに腕が違う2人の見張りに、疲弊しきった柳と仁王が苦戦する。
噛み合った剣を押し戻す力も残っていない柳は、ぎりぎりと歯噛みしながら敵の向こう側にいる大石を見た。
黒い細身の服を纏った敵が大石と切り結ぶ。
両手で剣を支える大石に対して、敵は片手で剣を操っている。
その男の、空いた片手が大石の目の前に翳された。
月光を弾く細い金の鎖、そして先端には大粒の青い宝石。
目を見開き、動きを止めた大石に敵が二言三言囁く。
大石が剣を下げる。そして黒い服の男に導かれるまま、自ら高速艇に乗り込んだ。
「大石!!!」
見張りを倒すことができない柳が叫ぶ。
その声が聞こえたのか、大石が僅かに振り返る。
だが、それも大石を連れ去った男に阻まれて、やがて船室のドアへと消えていった。
「・・・なぜだ、」
愕然とした柳に隙ができる。
対峙していた見張りが柳の右腕に切りつけ、すぐにその身を翻した。
もう1人の見張りも後に続き、高速艇が出航する。
すぐに自船に戻って追ったが、足の速い高速艇は見る見る遠くなり、そして完全に視界から消えた。
→第一部・完 (06・02・26-06・08・07)