海に咲く夢 4
剣と剣がぶつかり合う金属の澄んだ音が響く。
船上の比較的広めな場所を使って、日に一度は行われている剣術の試合の真っ最中だ。
充分な距離を取る見物人達は、ある者は寛いだ様子で楽しみ、ある者は腕組みをして真剣に観戦している。
その中心で剣を交えているのは英二と仁王。
港での仁王の戦いぶりを見ていた英二が、主導権を取った方が有利とみて一気に攻撃をしかけている。
その様子を少し離れたところから大石と柳が眺めていた。
「英二が使うのはレイピアなんだな」
「うむ。腕力がそれほど無く、身軽さと素早さを生かすとなれば、軽量で細身の剣というのは正しい選択だ」
英二の力量を測るように剣を受けていただけの仁王が攻撃に転じる。
鋭く薙ぐ剣をかわした英二の体が大きく傾き、そのまま転倒するかと思えば床に片手をついてクルリと回転した。
着地した位置は仁王の背後。だが英二の剣が届く前に仁王が体を反転させて剣の柄で受ける。
「英二は予想がつかない動きをするな。なかなかいい勝負じゃないか」
「だが相手があの仁王ではな」
「まぁ・・・な」
防御らしい防御を取らず反射神経のみで剣をかわし、徹底して攻撃に出る英二の早い剣が仁王を圧倒する。
僅かの隙に突いてきた仁王の剣を勢いを殺さずに受け流した英二は、仁王の体勢を崩すことに成功した。
いけると踏んだ英二がとどめの一撃を繰り出す。だが、英二はそのままの姿勢で動けなくなった。
仁王の肘部分から現れた短剣が英二の喉元まで僅か数ミリの距離で止まっている。
息を詰めた英二の額を冷たい汗が流れた。
「チェックメイト」
笑う仁王が左手で右肘の辺りを押さえると、それまで英二の喉元にあった剣はパチンと音を立てて姿を消した。
「うー。なんかずっこい・・・。」
「はは、まぁ、そう言いなさんな。勝負の世界は非情なもんじゃ」
「ね、それってどうなってんの?」
「見たいか?」
「うん!」
今まで戦っていたスペースを他のものに譲り、仁王と英二は輪の外に出る。
その2人を大石と柳が迎え出た。
「惜しかったな、英二」
「仁王に仕込み武器を使わせただけでもたいしたものだ」
「あれ、仕込み武器っていうの?ね、ね、早く見せてよ」
負けた直後は悔しがっていた英二も、今ではすっかり仁王の武器の仕掛けに興味が移っている。
早く早くと急かすように仁王の袖を引っ張るうちに、袖のドレープに隠れるように作られた大きなスリットを見つけた。
「あー!これって・・・」
スリットを開くようにして中を覗き込むと、仁王の二の腕に皮ベルトで固定された剣が見える。
「こら、覗きなさんな。スケベじゃのう」
「えっ!スケベって・・・!!」
からかわれて真っ赤になった英二に、大石や柳までもが笑い出す。
「覗かんでもちゃんと見せてやるきに。こっちきんしゃい」
この場で見せてもらえると思っていた英二の予想を裏切って、仁王は船室に向かって歩き出す。
「あれ?どこいくの?」
「隠し武器っていうのはどこにあるかわからんから効果がある。お前さんには見せてやるが、大石と柳には見せとうないんでな」
仲間にも明かさないことを教えてもらっていいんだろうかと逡巡する英二に、大石が「見せてもらっておいで」と笑う。
うん、と頷いた英二はすでに船室へ入っていった仁王を追いかけた。
英二が船室に入っていくのを見届けて、柳が口を開く。
「模擬戦限定だが、だいぶ剣は使えるとわかった。で、どうするつもりだ?大石」
「英二に実戦はさせない」
「あまり過保護にするのも考えものだと思うが」
「人を傷つけたり殺したりする経験が英二に必要だとは思わない」
きっぱりと言い切る大石に柳はこれ以上の進言は無駄と判断する。
普段柔らかな物腰に隠されている大石の、鋼鉄の意志を翻させるのは古い付き合いの柳にとっても至難の業だ。
「俺としては少しでも戦力は欲しいところだが・・・。大石がそう言うなら致し方あるまい」
「すまないな、柳。ところで、次はいつ頃来ると思うか?」
「今までの統計から予測するに、2日後に停泊する島を出た直後というところだろう。一般航路に入れば奴らの監視網にかかる」
「やれやれ・・・懲りないな。いつになったら諦めるんだ」
「諦めることはないだろう。俺達の生存が確認できているうちは、な」
大石は遠くの船影を見つめる。
一般航路が近くなってきた為、目にする船の数が増えている。
水や食料の調達の為に月に何度かは最寄の島へ立ち寄る必要があるが、それは同時に敵に居場所を知らせることにもなる。
「柳、お前のことだからわかってはいると思うが、」
「英二王子の安全を第一に考えた作戦を、か?」
「ああ。頼んだぞ」
「了解した」
英二を乗せている今、極力危険は避けたい。だが敵はこちらの都合など考えてはくれない。
あとは全幅の信頼を置いている柳の知略に任せるしかなかった。
英二は仁王を追って船室の間を抜けるが、仁王の足は止まる様子が無い。
「どこまで行くの?もう誰もいないよ?」
「いいから」
仁王は突き当たりの階段を下り、とうとう船倉まで下りてしまった。
真っ暗で視界がきかない船倉で目を凝らしているとカチッと小さな音がして灯りがともった。
壁に設置されている小さなランプに1つずつ火を灯して部屋の奥に進んでいく仁王は、大きな箱の前で立ち止まると蓋を開けて英二を手招きする。
なんだろう?と英二が駆け寄って箱を覗き込むと、中には色とりどりの布が入っていた。
「これ、なに?」
「シャツやなんかの衣類が入ってる。今お前さんの着てる服、それは大石のじゃろ?」
「うん。だって、オレ、着替え持ってないし」
「前から思っとったが、お前さんに黒は似合わんよ。ここから好きなのを持っていくといい」
「いいの?」
「ああ。大石に付き合って黒ばかり着る必要もなかろ」
箱の中にはかなりの数の服が入っていた。
服だけではなく大石達が普段頭に巻いているような布類や飾り帯もある。
元がお洒落な英二は大喜びで底の方までひっくり返すようにして服を選んでいたが、ふとその手を止めた。
改めて見ると生地の手触りや凝った刺繍など、どれもこれも王族の英二が普段着るような高価な、仕立てのいい物ばかりだった。
「・・・あのさ、これって、その、どっかから盗ってきたやつ・・・とか?」
「そうだ、と言ったら?何も着ずに裸で過ごすか?」
「・・・・・・」
英二は答えられなかった。
盗品とわかっているものを着るのは抵抗がある。かといって他に着るものはない。
予想したとおりに思い悩む英二の姿に、仁王の口元には満足そうな笑みが浮かぶ。
「心配せんでも俺達は略奪なんかせんよ。必要ないからな」
「・・・ホントに?」
「大丈夫じゃて。さ、どれにするか決まったら出るぞ。俺はこれから見張り番の交代をせにゃならんからの」
「わ、待ってよ!」
すぐにでも立ち去ってしまいそうな様子の仁王に、英二は慌てて選んだ服を抱えた。
箱の蓋を元通りに閉めると、戸口で待っている仁王のところへ走る。
船倉を出た英二は、抱えた着替えをいったん船室に運ぶ為に、船室のドアのところで仁王と別れた。
部屋に入り寝台に服を投げ出す。簡素な部屋の、そこだけが色鮮やかな空間に変わった。
早速その中から一着を選んで着替えた英二は、ついでに持ってきた布で大石のように頭を覆った。
片付けは後回しにして、そのまま船室を飛び出す。
ちょうどこちらに向かってくる大石が目に入った。
「大石ー!見て見てー!」
大きく手を振る英二の、赤に近いような濃いオレンジのシャツが海と空の青に映える。
真夏の太陽が甲板に降り立ったようで、眩しさに大石は目を細めた。
「綺麗だな。よく似合う。英二は明るい色が似合うんだな」
「へへっ、ありがと」
「仁王が見立てたのか?」
「んーん、選んだのはオレ。仁王が倉庫に連れてってくれて・・・あーっ!!」
「どうした?」
「仕込み武器、見せてもらうの忘れてた・・・」
「ははは。やられたな、英二」
「え?どーいうこと?」
「仁王は誰にも仕掛けを教えるつもりはないってことだ」
「えーっ!?そんなのって、」
「大石っ!!」
マストの上に設置された見張り台からの緊迫した叫びと、大石が動いたのはほぼ同時だった。
目の前に立つ英二を庇うように抱き込んで、そのまま床に身を投げる。
何が起こったのかと驚く英二の目はさっきまで自分が立っていた場所へ、そこにはどこかから放たれた矢が、突き刺さった衝撃のまま、鈍い微かな音を立てて揺れていた。
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