海に咲く夢 5




床に伏せた大石と英二の上に雨のような矢がバラバラと降ってくる。
大石は英二に怪我をさせないように庇う為、身動きもままならない。
「大石っ!王子!」
そこへ大型の剣を振り回して矢を叩き落としながら、黒羽が走り寄ってきた。
「大丈夫か?怪我はないか?」
敵の目を2人から逸らすように矢面に立った黒羽は、降り注ぐ矢を剣で払いながら、背を向けたまま安否を問う。
「英二、大丈夫か?」
「う・・・うん」
黒羽の援護でようやく体を起こすことができた大石が、英二の腕を取って立ち上がらせる。
剣を抜き、向かってくる矢を落としながら、背後に英二を庇って船室のドアへ移動した。
「敵さんは両脇の漁船だ。変なところに止まってるなとは思ったんだけどよ」
「予想よりも早かったな。敵は何艘だ?」
「こっちと反対側に一艘ずつ。向こう側の方が少しでかいから、あっちがメインかな」
現状を説明し確認しながら歩く黒羽と大石には緊張感はあるが危機感は無い。
だが、訳もわからず攻撃されている英二は生きた心地がしなかった。
大石と黒羽が阻止する為、矢は英二のところまで飛ばず、足元にバラバラと落ちる。
それでも、威嚇ではなく狙って打ってくるあからさまな殺意は、英二の脚を竦ませるのに充分だった。
恐る恐る前方を見れば、離れた所に止まっている小型の漁船に、数人の人影が見えた。
すがるように大石のシャツを握る手が震える。
それに気がついた大石が宥めるように英二の手に触れた。

ようやく船室のドアの前に辿り着く。
大きく開けたドアを盾代わりにして矢を防ぎながら、大石は背後に庇っていた英二に中に入るよう促す。
「終わるまで部屋にいてくれ。危ないから外には出るなよ」
コクコクと頷いた英二が中へ入ろうと足を踏み出した時、重いものが船室の屋根の上を転がる音がした。
えっ?と頭上を仰ぎ見た英二の目の前に大きな塊がゴトン!と落ちる。
「うっぎゃぁぁぁー!!」
飛びついた英二を大石が抱きとめ、英二の悲鳴に驚いた黒羽が慌てて足元の物体に剣を向けた。
「いててて・・・・・・あれぇ?」
「なんだ、慈郎じゃねぇか。見かけねぇと思ったら、こんなところで寝てやがったのか」
まったく、脅かすなよな、と黒羽が脱力したように構えた剣を下げる。
「E〜気分で寝てたのにぃ、矢が飛んできて起こされたぁ〜」
「敵襲だ。変なところで寝てると、穴だらけになっちまうぞ」
慈郎の周りを弛緩させるような間延びした口調と、呆れたような黒羽のやりとりに大石も苦笑いがもれる。
そんな漫才みたいな2人の会話も耳に入る余裕がないのか、まだ力一杯しがみついている英二の背を安心させるようにポンポンと叩いた。
「英二。大丈夫だ、ほら」
「・・・ふぇ?」
「紹介はまだだったな。俺の仲間の慈郎だ」
英二が大石にしがみついたまま顔だけ後へ向けると、慈郎と紹介された海賊が眠そうな顔でニコッと笑った。
ほっとして力が抜けた英二が、大石にしがみついていた手を離すついでに気になっていることを聞く。
「ね、なんで攻撃されてんの?もしかして港で襲ってきたやつら?」
「いや、違う。とにかく、英二は巻き添えにならないように船室に入っていてくれ。呼びに行くまで出るなよ」
いくらこの場の空気が和んでも、状況が変わったわけではない。
今はこれ以上話している時間は無いと言外に語る大石に、英二は頷いて素直に船室に入る。
「慈郎、お前はどうする?寝るなら中で寝ろよ」
「敵襲だっけ〜?俺もやるよ〜」
もそもそと立ち上がった慈郎があくび混じりで応える。
船室のドアを閉めたとたんに待ち構えていたように降り注ぐ矢を剣で払いながら、大石はこれから始まる戦闘に向けて頭を切り替えた。
「行くぞ」
「ああ、って、慈郎!そっちじゃねぇ!こら、飛び込むな!」
「え〜?だって、あの船じゃないの〜?」
「だからって泳いでいくわけねぇだろがっ!いいから来い!」
慈郎の襟首を掴むようにしてついてくる黒羽の姿を確認して、大石は他の仲間の元へ急いだ。


船室の中は静かだった。
ただ座っているのも落ち着かなくて、英二は散らかしたままの寝台を片付ける。
しばらくして危機感が薄らいでくると、今度はだんだん不安になってくる。
大石達は大丈夫なんだろうか?
いや、きっと大丈夫。だってみんな、あんなに強いんだから。
英二は船上での剣の試合風景を思い出す。
大石や柳、黒羽とも手合わせして、その実力は肌で感じた。
だが、そうは思っても1度頭を持ち上げた不安はなかなか消えない。
いま攻撃してきてるやつらは何者なんだろう?
港で襲ってきたやつらとは違うと大石は言ったけど、そもそも、港で海賊達と戦ってた男達はなんだったんだろう?
どうして攻撃されているのか、何が目的なのか。
英二の頭の中に数々の疑問が浮かび上がる。
不安や焦燥や疑問が綯交ぜになって、英二はたたみかけていた服を放り出し立ち上がった。
出てきてはいけないと言われたけれど、じっとしていられない。
ほんの少し様子を見るくらいなら平気だろう、そう思って部屋のドアへ向かう。
ドアノブに手をかけようとした時、ド
―――ン!!と大きな音がして船体が激しく揺れた。
続くバリバリと木が裂けるような音。
衝撃で飛ばされて尻餅をついた英二は慌ててあたりを見回す。
「な、なに!?」
船室はまだ揺れているけれど、見渡す限りこの部屋に損傷は見られない。
さっきの音はなんだろう、もしかして敵の攻撃で船が壊れたんじゃ。
そう思ったら、いても立ってもいられなくなった。
揺れる船内を壁につかまって歩きながら、英二は船室を飛び出した。


青いイルカの船首が陽光を弾くその先に、大破した漁船が浮かぶ。
大石たちの船を両側から弓矢で攻撃していた漁船の片方に体当たりをかけた結果だった。
小型の漁船の、それも側面にぶつける作戦は功を奏したが、敵はまだ諦めない。
大石たちの船に乗り込もうと次々と鉤のついた縄を投げかけてきた。
「先に行くぜよ」
上ってこれないように縄を断ち切り、仁王と黒羽が敵船に飛び移った。
続けて慈郎と他の海賊達が続いた。すぐに敵味方入り混じっての接近戦が始まる。
その様子を船に残った大石と柳が見ていた。
「もう1艘はどうしてる?」
「今のところ動きはない。戦況を冷静に見極めているならば、逃走は時間の問題だろう」
「そうか。それじゃここは柳に任せていいな?俺はあいつらの援護に・・・」
甲板を走る足音に気づいた大石が言葉を切って振り返る。
「大石ーっ!」
船室にいるはずの英二が走り寄ってくる姿に大石が顔色を変えた。
弓での攻撃は止んでいるとはいえ、まだ戦いが終わったわけではない。
「英二!どうして出てきたんだ!」
「う。・・・だって、すっごい音がしたから、船が壊れたんじゃないかと思って・・・」
思わず責める口調になってしまった大石は、英二が後ずさるのをみて後悔する。
だが、今は英二と仲間達の安全が最優先と判断し、そのままの態度を貫いた。
「俺達の船はなんともない。さぁ、戻るんだ」
意図的に強い口調で言い渡し、船室のドアを指差す。
動きのないもう片方の漁船は船室のドアと逆方向に位置している為、まっすぐ戻れば攻撃を受ける心配はない。
何か言いたげに逡巡していた英二が、諦めたように背を向けて元来た方へと足を向けた。
その2人の間に柳が割って入った。
「大石、援護には俺が行こう。少し敵から情報収集する必要がある。大石は王子を部屋まで送っていくといい」
「だが、まだここを離れるわけには、」
「無傷の漁船が敗走を始めたようだ。こちらももうすぐ決着がつく」
「・・・わかった。すまないな、柳」
大石は仲間達が戦っている敵船上に視線を投げ、その場を柳に任せて英二を追った。

落ち込んだように肩を落として力なく歩く英二に大石が追いつく。
「英二、部屋まで送ろう」
「・・・大石。えっと、大丈夫だよ、オレ1人で戻れるから」
「送らせてくれ」
合わせた視線を気まずげに外されて大石の胸が微かに痛んだ。
そのまま2人とも無言で歩く。
辿り着いた船室のドアを開けて中へ入り、普段使っている部屋の前で立ち止まる。
意を決したように英二が顔を上げたのと大石が口を開いたのは同時だった。
「英二、さっきは、」
「ゴメン!」
「え?」
「約束守らなくてごめんなさい。危ないって言われてたのに、オレ・・・」
「いや、俺の方こそきつい言い方して悪かった。状況がわからなければ不安になるのは当然だよな」
「・・・怒ってない?」
「怒ってないよ。配慮が足りなかったのは俺だ。すまなかった」
安心したように笑う英二に大石も自然と笑みが浮かぶ。
「もう少しで終わるから、それまで我慢しててくれ。終わったらすぐにここへ戻るよ」
「うん。えっと、大丈夫だと思ってるけど、怪我とかさ、しないように、ね」
「ああ」
部屋へ入った英二を見届けてドアを閉める。
胸の閊えを解消できた大石は、英二と話をする機会をくれた柳に感謝しつつ、仲間達がまだ戦っている元へと足を急がせた。




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