海に咲く夢 6




英二は満点の星空を仰ぐように眺める。
時刻は深夜。昼間の騒ぎは嘘のように甲板は静寂に包まれている。
つい先程まで眠りにつこうと寝台で布団をかぶっていたけれど、どうにも目が冴えてしまって仕方がなかった。
簡素な寝台は寝返りを打つ度に軋んだ音を立てるから、大石を起こしたくなくてそっと部屋を出てきた。
夜の真っ黒な海は少し恐い。
だから首が疲れるのを承知で空を見る。

戦いが終わった後、大石は約束どおりまっすぐに英二のところへ戻ってきた。
大石と一緒に船室を出ると、すでに船に戻っていたみんながいて賑やかだった。
服が破けたり、小さな切り傷やかすり傷はたくさんあったけれど、誰も大きな怪我をしていなくて英二はほっとした。
無傷で一艘を逃がしている為、船は島への寄航を取りやめて進路を変えた。
東へ取っていた舵を北へ向けて、また一般航路から離れ船は進む。

静かにさざめく波の音が英二を包む。
この船にきて、毎日朝から晩まで聞こえる波の音は英二にとって心地よいものだ。
こうして目を閉じて耳をすませて波音を聞いていると、初めて生まれた国の外に出た船旅を思い出す。
行った先は父王の大の親友が治めていた国だ。
英二の国よりずっと北上したところに位置する国で、国土面積はそれほど大きくないけれど、しっかりと統治されたいい国なのだと、父が自分のことのように自慢していたのを覚えている。
今はもう無くなってしまった国だけれど。

「寒くないか?」
穏やかな声が波音に混じった。
振り返ると声と同じように穏やかに笑う大石がいた。
「眠れないのか?」
「ん。なんか目が冴えちゃって」
大石は持ってきた上着を英二に羽織らせて、「昼間あんなことがあったしな」 と苦笑いする。
「大石はもしかしてオレが起こしちゃった?」
「いや、俺も寝つけなくて風に当たろうかと思ってたんだ。そうしたら英二が部屋から出て行ったから」
「オレに先を越されちゃったんだ」
「そういうこと」

少し笑いあって、そのまま並んで星空を見上げた。
冷えた空気が星をよりいっそう煌かせる。

「あのさ、聞きたいこと、いっぱいあるんだけど、いい?」
「答えられることは少ないかもしれない。それでもいいなら」
「うん、それでいいよ。そんじゃ1個目。前から聞こうと思ってたんだけど、どうしてオレを攫ったの?」
「そうだな・・・海賊だから。人攫いぐらいしてもおかしくないだろ?」
「ウッソだぁ。だって、オレが誰か知ってたじゃん」
「王子だったら莫大な身代金が請求できるじゃないか」
「身代金!?・・・えっと・・・・・・本気じゃないよね?」
不安そうに尋ねる英二に大石が噴出す。
「むー!やっぱ嘘なんじゃん!」
「ははは、ごめんな。それには答えられないんだ」
英二は膨れっ面で大石を睨むけれど、大石は楽しそうに笑うだけだ。
大石がなぜ自分をこの船に連れてきたのか知りたかったけれど、なんとなく話してもらえない気もしていたから、英二はわりとあっさり諦めた。
悪いようにはしないと言われているし、大石も他の海賊達も悪人な感じはしない。
それならどんな理由であっても、そう悪いことじゃないんだろうと思う。

「わかった。そんじゃ2個目ね。昼間襲ってきた奴らって何?」
「海賊が嫌いなんじゃないか?」
「・・・これも話せないんだ?」
「ごめんな。でも実際、はっきりとはわかっていないんだ」
「心当たりとかは?」
「心当たりはあるがその中の首謀者が掴めない。だから手の打ちようが無いんだ」
「それじゃ、その首謀者がわかるまで、ずっと今日みたいに襲ってくる?」
「ああ。頻繁にな。恐いか?」
「そりゃぁ・・・恐いけど」
英二が生まれて育った国は内乱や戦争とは無縁な為に豊かで、貧富の差もほとんど無いから治安もいい。
だから昼間のように命を狙って襲ってくる者など皆無だ。

「英二の国は平和なんだよな。いつも花の咲いてる綺麗な国だ」
「来たことあんの!?」
「いや、こないだ行ったのが初めてだ。行ったといっても、港に降りただけだったけどな」
大石は英二をちらりと横目で見て笑う。
英二は十日前に港で大石に会って、そのまま船に乗せられた時のことを思い浮かべた。
行ったのは初めてだけど、と大石が続ける。
「昔から話にはよく聞いてたんだ。気候も人も暖かな、そこにいるだけで優しくなれる国だと」
「うん。農園のおじいちゃんも漁村のおばちゃんも、みんなすっごくいい人ばっかりだよ。オレの自慢の国だもん」
英二は胸を張る。誰にだって自信を持って自慢できる。
大好きな国なのだ。
そんな英二を大石は眩しそうに目を細めて笑う。
「いいな。一度ゆっくり行ってみたいよ」
「おいでよ!泊まる所がなかったらオレのうちに泊まっていいから!」
「海賊を城に入れていいのか?」
「あ・・・。で、でも!仁王が略奪はしないって言ってたし!だいじょーぶ、オレが父上にちゃんと言っとくから!」
「ははは。ありがとうな、英二。・・・そうだな、全部片付いたら行くよ、きっと」

そう言った大石の言葉は、まるで叶わない夢を語っているみたいだった。
大石たちを城に招くことを想像してはしゃいでいた英二の気持ちが、あっという間に萎んでいく。
どうしてだろう、なにがそんなに困難なんだろう。
船がある。今からでも南へ向かえば、すぐにでも英二の国へ行ける。
実際に一度は来て、英二のよく知る漁村の港に降り立った。
あのまま船に乗らず港から歩けば、1時間くらいで城に着くことができた。たったそれだけのことなのに。

降るような星空を見上げている大石の強い瞳はいつもと変わらない。
だけど、そののピンと張り詰めたような強さが、逆にひどく脆く英二には思えた。
大石が話そうとしないから、どんなものを背負っているのか本当のところはわからない。
わかったところで、自分はなんの助けにもならないかもしれない。だけど。

「約束。ね、約束してよ。いつか必ずオレの国に来るって」
「・・・英二」
「本当にそうしたいって強く思えば、必ず願いは叶うんだよ。・・・って、父上の受け売りだけど」
「・・・必ず、願いは叶う・・・」
「うん」
「・・・そうか」

大石の瞳が水を湛えたように揺らぐ。
一瞬、大石が泣くんじゃないかと英二は思ったが、涙がこぼれることはなかった。
ただ大石はそのまま腕を伸ばして英二を抱きしめる。
「約束する。いつになるかわからないけど、必ず英二の国へ行く」
「うん」
大石の広い背に腕を回して、英二が同じだけの力で抱きしめる。
なんでもいい、大石に未来の約束をさせたかった。
背負うものの重さに耐えられなくなって膝を突いても、約束があれば大石はきっと守る為に立ち上がってくれる、そう思ったから


しばらくそうしていて、やがて大石が腕の力を緩めた。
そのまま離れずに、手を英二の頬に当てる。
「だいぶ冷えたな。そろそろ部屋へ戻るか」
「そだね。・・・あ!しまった!明日、朝から柳の航海術学習があるんだった・・・。寝坊すると怒られる・・・」
「ははは。そりゃ大変だ。柳は恐いからな」
「そーなんだよ。オレ、こないだ学習時間忘れて釣りしてて、後で1時間お説教されたんだもん」
はぁ、と大袈裟に溜息をつく英二を笑いながら促して、大石は部屋に戻る。
それぞれの寝台に潜り込み、おやすみと声をかけて灯りを落とす。
少しして英二の軽い寝息が聞こえてきた。
大石は部屋の窓に丸く切り取られた星空を見る。
強く思えば願いは叶う、その英二の言葉を胸の内側で祈りのように繰り返して目を閉じた。




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