海に咲く夢 7




前回の襲撃からおよそ2週間。
船は慎重に航路を選び、用心から人の住む島への寄航も避けていた。
その甲斐あって、今日まで急な襲撃には遭わずに航海を続けている。
「昨日来た報告書と、敵から仕入れた情報を合わせて考えるに、やはり軍師の交代があったようだ」
「なるほどな。前任者はクビってところか。毎回返り討ちにあっていればな」
「うむ。後は経済的な事情だな」
「経済的?」
「刺客を出すには人員の他に船が必要だ。俺達が船で移動しているからな。その費用は馬鹿にならない」
「あれだけの大国だぞ?資金は充分にあるだろ?」
「つまりは、刺客を差し向けている人間の賛同者が減った、あるいは何らかの理由で権限を失いつつある・・・と、あくまで推測の範囲だがな」

柳が大石に、使い鳥が届けた手紙を渡す。
敵地に潜入している仲間からの報告書は全部で5枚。
鳥が運べるぎりぎりの枚数になる。
中には敵が中枢にいる国の政情や人の口にのぼる噂、実際に調査した事等が記してあった。
大石はその全部に目を通す。
「今後、敵の動きはどうなると見る?」
「軍師は早期に決着を望める作戦を取れと指示されているだろう。どんな手段でも使え、とな」
「・・・そうか。正念場だな。だが、そこを乗り切れば少しは楽になるか」
「勝機が見えるかもしれんな」
「この騒がしい中で、よくそう真面目な話ができるもんじゃな」
話し込む2人に通りかかった仁王が口を挟む。
「ん?ああ」
大石と柳は、仁王につられるように上を見上げた。

「あー!あっちに飛び魚の群れはっけーん!!」
「うひゃー、鯨が潮吹いてるCー!」
「えっ?どこどこ!?」

騒がしさの原因、それは今日の見張り台にいる2人、慈郎と英二であった。
慈郎はマスト上の見張り台が大好きで、普段の寝てばかりいる姿からは想像できない程はしゃぎまくる。
そこへ英二が加わってしまったのだから、大変なことになっていた。
魚が跳ねたといっては騒ぎ、小さな浮島を発見したといっては騒ぐ。
朝からずっとこの調子である。

「事細かに報告しているようだ。立派に見張り役を務めているな」
「細かすぎじゃろ・・・」
気に留めていない様子の柳と、少々ウンザリ気味の仁王に、大石は笑いを噛み殺す。
「まぁ、本人達は楽しんでるみたいだし、見張りにもなってるんだから、大目にみてやってくれ」
「大石は甘いのぅ。ああ、いかん、忘れるとこじゃった。黒羽からの伝言。そろそろ水がやばい」
「そういえば、もうひと月近く島へ立ち寄ってないからな。どうする、柳」
「一般航路へ入らずに水を手に入れるとしたら、どこかの無人島で湧き水を汲むしかないな」
ひとつ頷いて同意した大石は、上にいる見張り台の2人に声をかけた。
「英二!慈郎!島を探してくれ!少し大きめで木の生えた島だ!」
「アイアイサー!」
「了解〜!」
頭上の2人から元気な返事が返ってくる。
それを最後にピタリと細かな報告が止んだ。
「なんじゃ、いきなり静かになったな」
「真剣に島を探してるんだろう」
驚いたように上を見ている仁王に大石が苦笑いする。
それから2時間弱で英二達は言われたとおりの島を見つけ出した。


船を島へつけて上陸する。
ここまで敵の影は無かったが、いざという時のことを考え柳を筆頭に半数が船に残った。
船を着けた辺りは岩場で、そこを上っていくと木と草が茂った小さな森になっている。
英二や大石達が森の中へ入ると、見慣れぬ為か人を恐がらない小動物が逃げもせず、不思議そうな顔で闖入者を見ていた。
「うっわ、可愛い〜!ね、ね、大石、あの茶色のってウサギだよね?」
「ああ、野ウサギだな」
「食ったら美味そうじゃな。捕まえるか」
「ダ、ダメッ!!」
慌てて仁王を押さえた英二に大石が笑う。
そうこうしているうちに一同は、澄んだ水を湛えた小さな池を見つけた。
色鮮やかな小鳥が池の縁で水を飲んだり羽を休めたりしている。
「この水を汲むの?」
英二はしゃがみこんで水に手を浸す。水はひんやりとして気持ちいい。
「いや、この池に流れ込んでいる上流から汲むんだ」
英二に答えた大石が指差した先には、すでに黒羽が向かっている。
水が湧き出しているのは少し上の崖になっている所で、大勢が一度に登れそうな場所ではない。
先に登っていた黒羽が水を汲む為の容器を湧き出し口に固定して、すぐに崖から降りてきた。
「さて、水が溜まるまで、ここで水浴びでもするか」
言うなり、あっという間に服を脱いで池に飛び込んでしまう。
驚いた英二と慈郎が池の縁で固唾を飲んで見守っていると、頭まで水に潜っていた黒羽が水面に顔を出した。
ニッと笑うとクイクイっと2人を指で招く。
顔を見合わせた英二と慈郎は、待ってましたとばかりに服を脱ぎ捨てて池に飛び込む。
「ひゃ〜!冷たい〜!気持ちE〜!」
「ホントだ、気持ちいい〜!大石も仁王もおいでよ!」
英二が大石たちを手招きしたその横では、黒羽が手に掬った水を慈郎目がけてぶちまけている。
ばしゃばしゃと水を掛け合ったり、泳いだり潜ったりと、静かだった森が一気に騒がしくなった。

「仁王、入るか?」
「いや、俺は装備品を外すのが面倒じゃきに。大石は入ったらよかろ」
「そうするか。海水以外の水に浸かるのも久しぶりだしな」
船には簡易シャワーが設置してある。
海水をろ過してゴミや塩分を取り除いたものをシャワーとして使う仕組みになっているが、海水独自の潮の匂いまでは消えない。
また、水を溜めるバスタブも無いので、体を洗うという必要最低限の役割しかなさない。

大石も服を脱ぎ池に入る。先に入っていた3人の歓迎を受けて、すぐに頭から顔からびしょ濡れになった。
思い思いに水で遊び、しばらくして体が冷えてきたところで慈郎が派手なくしゃみをする。
「よし、上がるぞ!今度は日向ぼっこだ!」
黒羽の号令で全員水から上がる。そのまま陽の差し込む草の上へと移動した。
草の上に寝転んだ英二が視線をめぐらすと、丁度3つ目の容器を崖上に設置する仁王の姿が見えた。
容器はあと3つ。水を汲み終えるまではここでのんびりできる。
水遊びで冷えて疲れた体に差す陽光が気持ちいい。
少し離れた所で大の字になっている慈郎はすでに眠ってしまっているようだ。
英二の瞼も重くなってくる。

とろとろとまどろみそうになった視界へ大石の姿が映った。
英二の隣に腰を下ろして、横になろうとしているその背中に古い大きな傷。
「大石、怪我したの?」
「ああ、これは初めての戦闘の時にな」
「・・・みんな強いから怪我とかしないと思ってた」
「最初の頃は試合と実戦の違いをわかっていなかった。敵が背中から切りつけてくるなんて思いもしなかったんだ」
「背中からなんて卑怯だよ」
「卑怯でもなんでも、生き残ったものが勝者になる。実戦っていうのはそういうものなんだ」
英二は横になっていた体を起こして、寝ている慈郎や黒羽を見た。
黒羽は肩と左腕に、慈郎は腿に、それぞれ大きな傷が残っている。
「みんなたくさん怪我したんだね」
「ああ。でも、今はもう戦うのにも慣れた。おかげで大きな怪我はしなくなったよ」
「敵を送ってくる首謀者がわかれば、もう戦わなくて済む?」
「すぐに、とはいかなくても、何らかの手は打てるな」
「・・・たぶん、オレにできることって少ないと思う。悔しいけど。でも、オレ自身は何もできなくても、父上なら話せば力になってくれるよ」
「英二は何もできないなんてことはないよ」
「え?」
「俺はずいぶん英二に励まされてる。・・・攫ってきて正解だったな」
「・・・・・・!!」
ニヤリと笑った大石に英二が赤面する。
「ま、真面目に話してんのに!」
「俺も真面目に答えてるよ」
文句を言おうにも、微笑んだままじっと見つめられては言葉が出ない。
「も、いい。オレも寝る」
また草の上にゴロンと横になった英二は、赤くなった顔を隠すようにうつ伏せた。
英二の心臓はまだドキドキと早鐘を打っている。
どういう訳か大石といると時々こうなって、英二は混乱する。
「俺も少し寝るか」
大石の声が聞こえ、すぐ隣に横になった気配がした。
差し込む日差しが暖かい。
色々考えているうちに英二も眠りに引き込まれていった。



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