海に咲く夢 9
「英二、」
伸ばした大石の手が行き場をなくす。
声をかけられた英二は大石を見向きもせず、踵をかえすと反対の方向へ歩いていってしまった。
嵐の日から、かれこれ3日もこんな状態が続いている。
追いかけることはせず、英二の後姿を見送った大石が溜息をついた。
「やれやれ、王子はまだ怒ってんのか」
同じように英二の後姿を見送っていた黒羽が、仕方ないなというように肩をすくめた。
「ああ、すっかり嫌われたようだ」
苦笑いしながらも、まだ英二の姿を目で追っている大石に、黒羽は心の中で同情する。
嵐の日に大石が取った態度の理由も、そしてたぶん英二が怒っている理由もわかっていた黒羽は、何度となく英二に大石との仲直りを持ちかけて、あげく大石と同様に話もしてもらえなくなってしまった。
どうにかしてやりたいとは思うものの、もう黒羽には打つ手が無い。
「なぁ、大石。王子に俺達の国の話をしてやる気はないか?王子なら信用してもいいと思うんだけどよ」
「・・・信用してないから話さないわけじゃない。聞いて楽しい話じゃないだろ」
「そりゃな。だけど、秘密ってのは多ければ多いだけ、壁ができるだろ、相手との間に」
「・・・そうだな」
「王子は何も知らないから怒る。なんで大石がこんなに過保護なのかもわからないわけだ」
「預かりものなんだ。怪我したり万が一のことがあったら困る。それだけだ」
「それだけ、じゃないだろ。守りたいんだよ、大石は。もう何も失くさなくて済むように」
「・・・・・・」
「わかるさ。この船に乗ってる奴はみんなそうだからな」
黒羽の言うとおりだった。
失くしたくない、この手で守りたいと強く思う。
だから、嵐の時に甲板に出ていた英二を見て、大石は血が凍る思いをした。
もし自分の目の届かないところで危険な目にあったら、荒れ狂う海に落ちたりしていたら。
「それからな、大石。英二王子は幼い子供じゃない。ましてや姫様でもない」
「どういう意味だ」
「例えば大石が今の王子の立場だったらどうだ?守ってやるからおとなしくしてろと言われて、黙って何もせずに座ってるか?」
大石がはっとしたように顔を上げる。
それを見て黒羽が笑った。
英二は沈んだ気分で海を眺める。
最近の定位置になっている甲板の最後尾に腰掛けて、釣竿を手にしているものの成果はいまいちだった。
ふとすると色々考え込んでいて、魚にエサを取られてしまう。
釣糸を引き寄せて針にエサをつけ海に投げ込む。さっきからこんなことを何度となく繰り返している。
もう3日も大石と口をきいてない。
このままじゃ何も解決しないし、どんどん気まずくなるだけとわかっていても、意地が勝ってどうにもならない。
大石の仲間になれたつもりでいた。
毎日の食料となる釣りや、時には見張り番の仕事もこなして、それなりに役に立ってるつもりだった。
でも大石はそうは思っていなかった。
自分はあくまでも客で、いざという時には足手まといにしかならない、そう思われていたことが腹立たしく、そして悲しかった。
いつもは英二を慰める青い海も今はなんの効果もない。
英二は無性に城が、両親や兄や村の人達が恋しくなった。
少なくともあの場所でなら英二を必要としてくれる人達がいる。
釣り糸にかすかな手ごたえを感じて英二は釣竿を引き上げた。
釣り上げたのはブルーデビル。大石が言っていた、幸運を呼ぶ魚。
英二はつかの間、願い事をするように目を閉じて、そして魚を海に放した。
「この分だと昼飯は魚一切れってとこじゃな」
釣り上げた魚を入れるバケツを覗き込んで仁王が立っていた。
「・・・だって釣れないんだもん」
「恐い顔しとるから魚が逃げるんよ」
バケツを脇によけて仁王が英二の隣に腰を下ろす。
「オレ、恐い顔してる?」
「笑ってはおらんようじゃけど?」
「・・・仁王も大石と仲直りしろって言いにきたの?」
英二は仁王の手ぶらな手元を見る。
もっとも仁王はいつも冷やかしにくるだけで、一度も釣りの手伝いをしてくれたことはないのだけれど。
「別に。嫌いなものは仕方なかろ。無理することはないきに」
「違うよ!嫌ってなんかない!」
「じゃぁ、なんで避けよるんかの?俺はてっきり、もう口もききたくないほど嫌うとると思っとったぜよ」
「だって、大石が・・・」
英二は言葉を濁す。
怒ってるとか悲しいとか言えば、きっと理由を聞かれる。
大石が自分を必要としてないから、なんて口に出したくなかった。
「ま、なんにせよ、大石と話したくないなら放っておきゃよかろ。それで大石が落ち込もうが悩もうが、俺には関係ないきに」
「えっ?大石が落ち込んでるって・・・」
「ああ、気にせんでええ。大石もそのうち諦めるじゃろ。さて、この調子だと昼飯が足りんな。他に食えそうなものがあるか見てくるとするか」
よっ、とかけ声をかけて仁王が立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、仁王!」
慌てて振り返った英二の視界に、こちらへ向かって歩いてくる大石の姿が映った。
大石はまっすぐに英二を見ている。もう30秒とかからずに側へくるだろう。
英二は動かなかった。目を逸らすこともせず、そのまま大石が来るのを待った。
大石が英二の隣へ腰を下ろすのを、少し離れたところで黒羽と仁王が見ていた。
「さすが。ペテン師の名前は伊達じゃねぇな」
「話をしろと言われるから反発する。話すなと言われれば話したくなる。人間ってのはそんなもんよ」
「なるほどなぁ。俺なんか力技で正面突破ばかりだからな」
「お前さんはそれでよかろ。それにしても世話がかかる王子達じゃな」
「まったくだ!・・・だけどまぁ、しょうがねぇ。俺は大石も王子も気に入ってるんだ」
「それはみんな一緒じゃろ。でなきゃこんな面倒はせんよ」
大石と英二の声は聞こえなかったが、話している2人の雰囲気はそう悪いものでもなかった。
話し合うことでお互いが理解し合えるかどうかは本人達の問題になる。
とりあえず、今のところは大丈夫だろうと判断した仁王と黒羽は、邪魔にならないよう静かにその場を立ち去った。
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