世界




暖かくなってきた風を感じながら大石は辺りの風景に目を向ける。
ここもずいぶん変わった。
咲き始めた頃は人の住む家の数もまばらで、木々や草原の方が多かった。
それがいつの間にか緑はいくらも見えなくなり、代わりに色とりどりの屋根や外壁を持つ家々が立ち並んだ。
道には昼夜問わず人や車が通りかかり、それに伴って夜でも昼のように明るく灯りが点るようになった。
大石の咲く木の傍にある電柱にも灯りが取りつけられ、寝不足な夜を過ごしたのはどのくらい昔だろうか。
元は民家の庭先に植えられた白木蓮だった大石の周りに現在は塀も家も無い。
ここ数十年は人の姿を見たこともなかった。

大地に根を下ろす木である大石は身動きすることができない。
だからずっと同じ場所に立ち、同じ所から風景を眺めてきた。
春に咲き、散って再び眠りにつくまでの短い日々を永遠に繰り返す。
世界がどれほど変わろうと、ただ見守るだけしかできることがない。
それは自分の木が朽ちるまでずっと続く。


感慨に耽っていた大石のすぐ隣で微かに身動きする気配があった。
大石は柔らかに微笑みながら隣を見遣る。
白い花しか咲かないはずの白木蓮の木に、たったひとつだけ薄紅の花が咲くようになったのはいつだったろうか。
「んー・・・」
大きく伸びをするように蕾をゆすり、ゆっくりと花開く。
「おはよう、英二」
「うー・・・おはよ・・・」
まだ少し眠そうな声に大石が笑う。
緩慢な動作だけれど開いた花を丁寧に整えている。
昔も今も英二はとてもお洒落だ。
英二が支度を終えるまで大石は遠くを眺めている。
荒涼とした風景が少しだけ明るくなった気がした。


最初は大石の木の根元に咲く一年草だった。
毎年生まれ変わり、その度に大石のことを忘れていた英二が、ある日いつものように目覚めた朝に、知るはずの無い大石の名を呼んだ。
それから英二は花が散ると眠り、春に目覚める多年草へと変化した。
『大石の隣で咲きたい』
いつもそう言っていた英二はいったいどんな魔法を使ったのか、今では本当に大石の隣で咲いている。

「準備完了〜」
隣から聞こえた声に大石は視線を戻す。
だいぶ淡くなってはきたけれど、それでも他の花に比べれば赤みを帯びた英二の花が陽に向かって綺麗に開いていた。
「やっぱり春の風は気持ちいいにゃぁ・・・」
「そうだな。景色は相変わらず殺風景だけど」
「だね。でも去年よりちょっとだけ緑の匂いがするよ」
英二に言われて大石は柔らかな風をゆっくりと吸い込む。
そういえば以前は土埃の匂いしかしなかった風に温かな緑の感触があった。
「・・・本当だ」
「でしょ?それにほら、あそこ見て、大石。あの、向こうの大きな木がある根元」
英二の指す方向に目を眇める。
年老いて朽ちかけた桜の巨木の根元に、僅かに芽吹いた緑があった。
土や石くれだらけの荒れた大地に息づく草たち。
「きっと次に目覚める時はもっと草が増えてるよ。大地はちゃんと生きてて、また緑でいっぱいになりたいって願ってるから」
英二が嬉しそうに笑う。
「そうか、そうだな」
大石は緑が溢れていたかつての大地を思い出す。
たとえどれほど荒れ果てても、時がくれば世界は蘇るのだ。


大石の耳に、今はもういるはずのない春告げ鳥の鳴く声が聞こえた。





→end                                                                                        (10・03・22)