長い旅
長い、長い旅をしていた。
どれほとの間旅をしていたのか、もう自分でも思い出せないくらいだ。
旅には目的がなかった。
いや、旅に出た時はあったのかもしれないが、それも忘れてしまった。
ただ道を行く。
道は果てしなく続き、旅にも終わりがない気がした。
町や村、山や川、ある時は海。
春から夏へ、そして秋に、やがて冬へ。
そうして流れ歩いていたが、ある町で足止めを余儀なくされた。
雪だ。
もう日も暮れるという時に雪は降り始め、一晩の滞在をするつもりで町に宿を取った。
翌朝にはすぐ旅立つつもりが、夜が明けてみれば山に囲まれた町は完全に雪に閉ざされていた。
外界に繋がる道という道が全て雪に埋もれている。
もう、一歩たりとも町からは出られなかった。
雪は降り続け、ひと月が過ぎた。
1つの町にこんなにも滞在したのは旅を始めて以来だった。
することもなく、かといって宿の部屋にいるのも落ち着かず、町中を歩いた。
小さな町は3日も歩き回ればどこも見知った風景になる。
だが、いつものように慣れた道を歩いていると、今まで見落としていたいたのか、知らない小道を見つけた。
細い道を進んで行けば突当りに店がある。
戸口には
『いらっしゃいませ』 と書かれたプレートが下がっているが、看板は無い。
何を扱う店なのか気になり、店のドアを開けた。
そこは変わった店だった。
天井と壁には青空が描かれ、店内には作り物の木が置かれている。
床には人工の芝生、そして造花が埋め尽くすように敷かれていた。
芝生には陶器の犬や猫、そして木には鳥のおもちゃが飾られている。
御伽噺のような色鮮やかさと、まがい物が持つどこか悲しみを含んだ滑稽さ。
そんなものが混然となり、だが不思議と嫌な感じは無い。
どこか懐かしいような気持ちさえした。
『イラッシャイマセ、旅ノ人。ナニカ話ヲ聞カセテ、クダサイマセンカ』
唐突に聞こえた奇妙な声にはっとして辺りを見回せば、木に止まったおもちゃの鳥が喋っていた。
「・・・話、とは?」
『旅ヲシテ見タ物、聞イタ物、ナンデモイイノデス』
半信半疑で聞き返せば鳥はきちんと回答を寄越す。
面白くなったのと、どうせ暇なのとで、旅の話を1つだけ鳥に聞かせた。
『アリガトウ、ゴザイマス』
話し終えると鳥が礼を言い、開いたくちばしから光るものがポトリと芝生に落ちた。
『ササヤカデスガ、オ礼ノ品デス』
拾い上げればそれは青いビー玉だった。
その日から、散歩の途中で必ずその店に寄るようになった。
店に入るとおもちゃの鳥に話をせがまれ、1つだけ話しをする。
ポケットの中のビー玉はどんどん増えていった。
季節は止まることなく移り行くものだ。
冬の次には春が来る。
道端の木々に新芽が付き、早いものは1つ2つ花を咲かせ始め、町を閉ざしていた雪も消えていった。
明日にはまた旅に出る。
部屋で荷物の中に、両手に溢れんばかりの青いビー玉を詰めて、これが最後とまたあの店に行った。
ドアを開けると鳥が
『コンニチワ』 と喋る。
いつものように旅の話を聞かせ、鳥の口から落ちたビー玉を拾い上げた。
もうこの店に来ることは無いと思うと、なんとも言えない感慨が湧き上がってくる。
そのせいか、言うつもりの無かった別れの言葉が口をついて出た。
「楽しかったよ、ありがとう。明日また旅に出るんだ。だからもう、話はできないけれど、」
言っている途中で、がつん、と何かが強くぶつかる音がした。
作り物の木が大きく揺れて、枝に止まっていたおもちゃの小鳥が芝生の上に落ちる。
何事かと目を瞠っていると、木の裏側から黒い塊が飛び出してきた。
「行っちゃうの!?」
黒い塊だと思ったものは、黒い布を頭から被った人のようだった。
そうだ、おもちゃの鳥が話の受け答えをするはずがない。
木の中に潜んでいた彼が喋っていたのだ。
「道を塞いでいた雪が無くなったんだ。俺は旅を続けなくてはならない」
「・・・・・・」
「たくさんのビー玉をありがとう。大切にするよ」
「・・・・・・」
何も答えず肩を落としている彼がひどく悲しそうに見えて、歩み寄り布越しに触れる。
「もし、もっと旅の話を知りたいと思うのなら、君も町の外に出てみるといい。俺の話よりももっと楽しいことがたくさんあるよ」
「・・・・・・、オレは、・・・外には、出られないもん」
「・・・なぜ?」
「・・・醜い、から。・・・オレが外に出ると、みんな驚いて恐がるんだって言われた」
「そんな、」
あまりに酷い話で言葉が詰まる。
醜いから外に出てはいけないなんて、そんなことがあるだろうか。
黒い布が外れて落ちることなど決してないようにと、しっかり握り締めている彼の手に触れた。
びくりと彼の体が震える。
「世界には美しい人ばかりがいるわけじゃない。だから、君が外へ出てはいけないなんてことはないんだよ。・・・そうだ、良ければ、俺と一緒に旅をしてみないか?1人で外に出るのが恐くても、それなら大丈夫だろう?」
「・・・・・・ホントに?オレを連れて行ってくれるの?」
「本当だよ。君さえ良ければ、外の世界を見に行こう」
逡巡するようにしていた彼が、しばらくしてから小さく頷く。
黒い布を握り締めていた手が緩み、頭からはらりと布が落ちた。
俯いていた顔をゆっくりと上げた彼に目を奪われる。
鮮やかな赤い髪、澄んだ大きな瞳、形のいい小さな唇、醜いところなんてひとつも無い。
彼を見てわかったのはそれだけじゃなかった。
俺の旅の目的。
そう、俺は、彼に出会うために旅をしていたのだと、今、ようやく知った。
→end