「ちゃんと届くかな」
「届くといいな」
「うん・・・」
**
Thank you **
まぶしさに目を覚ます。習慣で時計に手をやる。時刻は午前9時。
セミダブルのベッドに寝てるのは俺だけ。英二はいない。
ああ、英二は今日の朝食当番だったな。
体を起こして軽く伸びをする。
なにか夢を見てたようだけど思い出せない。
なんだろう、なにか気になる夢だったんだけど。
「おーいしー!あり?起きてる」
「おはよう、英二」
「ちぇー、つまんねーの。せっかく起こしてやろうと思ったのに」
「英二の起こし方は荒っぽいからなぁ」
「もしかして朝っぱらから甘ったる〜い声で、優し〜く起こして欲しいって?」
「・・・いいな、それ」
「うーわー、大石が朝からスケベなこと考えてるー」
「朝だから」
「ぷっ。健康な男子なんだからって?」
ベッドの端に腰掛けて笑ってる英二に手を伸ばす。
今日は別になんの予定もないし。・・・いいよな。
R・・R・RRRRR・・・
「あ、電話だ」
「出なくていいよ」
「ダーメーだって」
虚しく空を切った手をダメ押しとばかりに英二にはたかれた。
「せっかく作った朝メシが冷める前に顔洗ってこいよ〜」
英二はにっと笑うと部屋を出て行ってしまった。残念。
こんな朝から電話してこなくてもとか、せめてもう10分遅くかかってくればとか頭をよぎるけど、英二の朝ごはんも充分魅力的だからおとなしく顔を洗うことにする。
洗面所に行く途中、リビングで楽しそうに話してる英二の姿が目に入る。
英二の友達からだったのか。まさか出かけるとか言わないよな?
そうじゃなくても英二の学校が始まったり、俺もいろいろ忙しかったりして、2人でいられる時間が少なくなってきたのに。
「あ、大石出てきた。それじゃ代わりまーす」
リビングに立ってた俺に気がついた英二が手招きする。
「大石、おばちゃんからだよ」
「え?母さん?」
驚く俺の耳に英二が受話器をあててくる。聞こえるのは確かに母さんの声だ。
仲良さそうに話してたから、てっきり友達だろうと思ったんだけど。
そういえば引越しの時に手伝いに来てた母さんと英二は、なんだか気が合ってたみたいだったな。
英二の手から受話器を受け取って、そのまま二言三言話をしてから電話を切る。
「あっれ?もう終わったの?早っ」
「英二、朝ごはん食べたらちょっと出かけないか?」
「へ?どこへ?」
「俺の実家」
「なに、おばちゃんが帰って来いって?なんかあった?」
「いや、そうじゃないんだけど、ちょっと気になること言ってたから確かめたいんだ」
「ふぅん?いいよ」
朝食を終えた俺達は簡単に身支度して駅へ向かう。
駅ビルで手土産を買うんだという英二に、気を使わなくていいと押し問答をして敗北。
小さなケーキを数個ばかり買って電車に乗り込んだ。
俺の実家は電車を3つ乗り換えて約1時間のところだ。
微妙に近い距離というのはかえって足が遠のくらしい。
そういえば最後に帰ったのは今年の正月だったなとぼんやり頭に浮かんだ。
***
***
だんだん緑の多くなっていく風景を眺めながら電車に揺られること1時間。
大石の実家に辿り着いた。
おばちゃんとは会ったことがあるけど、家へ行くのは初めてで、実をいうとちょびっと緊張してた。
でも玄関先で迎えてくれた、大石によく似たおばちゃんの優しそうな笑顔を見たら、なんだか安心してしまった。
なんていうか、このホッとさせる雰囲気って大石家伝来のモノなのかもしれない。
買っていったケーキはおばちゃんと妹ちゃんにすっごく喜んで貰えて大成功。
お茶とケーキで楽しく盛り上がった。
「英二、ちょっと俺の部屋へ行かないか」
「大石の部屋?見たい!」
「2階なんだ。おいで」
大石の後に続いて階段を上る。すぐ脇にあったドアを大石が開けた。
「入って」
「へぇー、なんか、すっげーシンプル。っていうか、物がなくない?」
「必要なものは持っていったからね」
「そりゃそーなんだけど。でもオレの実家の部屋なんて、まだポスターとかベタベタ貼ってあるし、物もたくさんあるよ」
大石の部屋に残っていたものは、タンスと机とテーブル、あとは本棚くらいしかない。
アイドルのポスターとかもなくて、なんか、すっげー真面目でした、って言ってるような部屋だ。
とりたてて見るものもない部屋を見回してると、机の上にあった白い小さな箱を大石が手にするのが見えた。
そういえばさっきおばちゃんが、掃除してて見つけたから机の上に置いたとかなんとか言ってたっけ。
なんだろう?と思って見てると、箱を手にしたまま大石がオレの前にやってくる。
「なに、それ?」
「これを確かめたくて帰ってきたんだよ」
大石がわざわざ実家まで確かめにやってきた小さな箱。
興味津々で開ける大石の手元をじっと見つめた。
箱の中にちんまり納まってたのは腕時計。
「やっぱりそうか」
「なにが?」
「前に話したろ?高校生の英二に貸した時計だよ」
「えっ!?戻ってきたってこと?」
「うん」
「どーやって?」
「よくはわからないけど、もしかしたら向こう側の俺の手に渡ったんじゃないかな」
向こうの大石に時計を渡すとこっちにそれが届くって?
うーん、なんだかわかんないぞ。
「普通の時計っぽいけどなぁー」
「普通の時計だよ」
「でもさぁ・・・」
なにか不思議な仕掛けでもあったりするのか?なんて、文字盤の数字を一個ずつ見てみたり、あげくひっくり返したりして検証してるうちに、裏側に彫られてる文字に気がついた。
ひとつは数字。『88』と入ってる。
もうひとつは。
「大石、これ見て」
「これは・・・」
そこに彫られたメッセージを見つめていた大石が、はっとしたように顔をあげる。
「思い出した!」
「な、なんだよ、急に」
「今朝の夢。夢で見たんだ」
「なにを?」
大石が話してくれた夢は、これまた不思議な夢だった。
高校生のオレと大石が出てきた夢だ。
***
***
見覚えがあるような、でもどこなのか思い出せない。
まっすぐに続く街路樹の下、視線を前へ移すと並んで歩く2人の人影が見えた。
片方は誰なのかすぐにわかる。
はずむ足取り、跳ねた赤い髪。英二だ。
隣にいるのは・・・ああ、あれは俺だ。
2人とも白のシャツに黒のズボン。肩にかけているのはラケットの入った大きなバック。
そうか、それじゃ、あれは高校生の英二がいる世界の俺だ。
ダブルスのパートナーで、英二がとても大切に想っていた、向こう側の大石秀一郎。
楽しそうに話してる後姿を見ていたら突然視点が切り替わった。
英二達のちょうど正面。
ほとんど目の前の位置に俺が立っているのに、英二たちは気がつく様子が無い。
これは・・・夢なのかな。
「大石、これ返すよ」
「もういいのか?」
英二たちの会話が聞こえてくる。
腕にはめていた時計を外した英二が、その時計を隣にいる大石秀一郎に渡している。
・・・あの時計は俺が英二に貸したやつじゃないか?
「だっていつまでもオレが持ってると大石がヤキモチ妬いて可哀想じゃん?」
「・・・妬いてないよ」
「うそつけー。気がついてないかもしんないけど、オレが時計眺めてるとすっげーヤな顔するよ?」
「・・・してない」
「にゃっはっは。かわいいなー大石って」
「してないって」
「だいじょーぶ。オレが好きなのは、この目の前にいる大石くんだからさ」
あーあ、そんな憮然とした顔してたら、肯定してるのも同じなのに。
ほら、英二が楽しそうに笑ってるじゃないか。
高校生かぁ。
ほんの数年前のことだけど、こうして見てるとやっぱり子供だよなぁ。
・・・とはいえ、ああやって英二にからかわれるのは今の俺も一緒だけど。
しかし、夢とはいえ、第三者としてこの2人を見てるのは気恥ずかしい。
俺も英二と一緒にいる時はあんな顔してるのかな。
「これってさ、やっぱ大石に返すとあっちの大石の手元に返るのかな」
「俺がもらった時計が消えて、それを英二が持ってたってことは、そうなるんじゃないかな」
「だったらさ、お世話になりましたー、とか手紙つけられないかな」
「どうだろうな・・・。時計以外のものが届くのかな」
「うーん、だめかぁ」
英二、そんなにがっかりしなくていいよ。
俺は英二と一緒にいられたことが楽しかったし、本当に出会えてよかったと思ってるんだ。
それに、英二のおかげで、俺の世界の英二とも出会えたんだよ。
「そうだ、英二。もしかしたらお礼を伝えることができるかもしれないよ」
「ホント!?どーやって?」
「時計本体にメッセージをつけるんだ」
英二の顔には?マークが浮かんでるけど、高校生の俺が考えてることはなんとなくわかった。
この後の行き先は貴金属店か時計店だろ?
また視点が切り替わる。
今度は場所も並木道からどこかの店の中へ。
壁にずらりとかかった時計。やっぱり時計店か。
「ホントにいいの?」
「俺もちゃんとお礼を伝えたいから。英二を助けてくれてありがとう、って」
店の人にメモと一緒に時計を手渡してる。
店の奥で機械音が響く。数分鳴り響いていた音が止むと、時計を手にした店の人が戻ってくる。
渡された時計を2人で額をつき合わせるように見て、どちらともなく浮かべた笑顔はとてもいいものだった。
「ちゃんと届くかな」
「届くといいな」
「うん・・・」
***
***
時計の文字は『 Thank
you S&E 』
やけにリアルな夢、実際に時計に彫ってあるメッセージ。
大石がすっごい作り話の名人だっていうなら冗談で笑い飛ばせるけど。
「・・・なんかオレ、もうちょっとやそっとのことじゃ驚かない自信ができた」
「ここまでいろいろあると、何が起こっても不思議じゃない気はするな」
手の中の不思議な時計を眺めつつ、別の世界に住むまだ高校生のオレ達を想像する。
最初に大石に話を聞いたときは親友みたいなもんだろうと思ってたんだけど、あれはできちゃってるよな。
それにしても。
「なんか嬉しそうだね、大石」
「うん、嬉しいよ。高校生の英二がちゃんと自分の世界に戻れたことがわかったし。それに」
「それに?」
「楽しそうに笑ってた」
幸せそうな大石をみて、なんとなくわかった気がした。
大石の、高校生のオレに対する思い。
本音を言えば、オレの中でずっと消えずに残ってたひっかかりが、ここにきてやっと溶けていく。
「ま、こっちの大石にはオレがいるしね」
「うん」
とたんにデレデレした顔になる大石に、ちょっとイタズラ心が涌き上がる。
「ところでさ」
「うん?」
「高校生の大石って可愛いよね。オレ、会ってみたいなー」
「えっ」
「こっちの育っちゃった大石には無い、初々しさみたいのがあるじゃん?」
「初々しさって・・・」
「なんかこう、誘惑とかしてみたくなるなー」
「なっ、なに言ってんだ!そんなのダメに決まってるだろ!!だいたい向こう側へは・・・」
ぷっくくく。焦ってる焦ってる。作戦成功〜!
大人になっても可愛いとこはちゃんと残ってんだよね。
そんな心配しなくたって会うことはないんだし、会えなきゃ誘惑もなにも・・・
や、待てよ?ホントに無い、のかなぁ?
・・・あったりして。
-end
(05・04・05−05・05・07)