TRUST 2




祭礼の後、弦一郎は神官を自室に呼んだ。
聞きたい事が事だけに、人払いは入念にした。
宗教国家の王である自分が、神の存在に疑念を持っているなどと決して人に知られてはならない。

神官は祭礼の時の白く長い裾を引く衣装のまま部屋に現れた。
間近で見てもその神々しさ、美しさは変わることなく、挙措のひとつひとつにまで目を奪われる。
弦一郎の期待は否が応にも高まり、訪れた神官を恭しく部屋の奥へと導いた。

「いきなり呼び立てて済まない。いくつか聞きたい事があるのだが」
「私に答えられることならなんなりと」
低く澄んだ声が心地よい。
弦一郎は半ば崇拝するような気持ちで神官を見た。
「あなたは神に会ったことがあるだろうか?」
弦一郎の唐突な問いに一瞬、神官の表情が驚いたように動いた。
そして柔らかに微笑む。
「残念ながらお目にかかったことはありません」
「では、神の奇跡を見たことは?」
食い下がる弦一郎の問いに神官は首を振る。
「ただし、奇跡というのが珍しいことに限った場合、ですが。私たちがこうして日々を健やかに過ごせることこそが神の恩恵だと言えます」

神官はじっと弦一郎の目を見てそう言った。

そうではない、それは俺の欲しい答えではない。
弦一郎は心の内で呟く。
人は働いて銭をもらい、その銭で食べ物を買い、食えば生きるのだ。
そういうことではなく、人にはできぬこと、その所業を知りたい。
だが、期待に反して神官は神に会ったことも、その奇跡を見たこともないと言う。

なぜ、と弦一郎は思う。
神の存在を確信できることにひとつも出会わず、なぜ無心に信じることができるのか。
そしてひとつの答えに行き当たった。
この神官は神の存在を疑うような出来事にあったことがないのだ。
思えば自分自身も母や父、兄のことがあるまでは無心に神を信じていた。
その愛は、信じる者に与えられるものなのだと。

気付いた途端、胸を占めていた期待が暗い闇に代わった。
それまで崇めるような気持ちで見ていた目の前の神官がふいに妬ましい存在に変わる。
なんの不幸も味わうことなく、平穏な日々を過ごし、こうして神を信仰できる。
それだけこの神官は神に愛されているということにならないだろうか。
神官と自分への神の処遇の違いは何か。
神の愛とは陽の光のように万人に平等に降り注ぐものではないのか。
なぜ病で死ぬ者がいる、なぜ長く生きる者がいる。
その違いは。

黙り込んだ弦一郎を訝しむでもなく、神官は清廉な面持ちを向けている。
その姿は弦一郎の期待を裏切ってもなお神々しかった。
ふと、この神官を貶めてみることを考えつく。
これだけ神に愛されている者なのだ。
神はこの場に現れ、愛する者の危機を救いにくるのではないか。
姿を現さないにしても、なんらかの奇跡を目の当たりにできるかもしれない。
それが例え怒りの雷で、奇跡を見た瞬間にはこの身が焼かれていようとも。
それでも構わない、神の存在をこの身に感じることができるのなら。

弦一郎は立ちあがり、神官に近づく。
これから何が起こるのか想像もしていないのだろう、涼しげな瞳が弦一郎の姿を映していた。








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