TRUST 5




お忍びで城下を見て回ってはどうかと進言したのは、弦一郎の父の代から仕えている年老いた重臣だった。
城の中で地図を眺めてばかりいては気も塞ぐだろうという言葉に蓮二も賛成した。
神の寵を求め、日々苦しみあがいている弦一郎には、確かに気分転換が必要だ。
城下に整然と建つ美しい教会の尖塔の数々をを眺めれば、今までどれだけ自分が精力的に布教を行ってきたのかが弦一郎の目にもはっきり写るだろう、そう蓮二は思った。
城下の街から隣国の国境に至るまで、国内の地図はかなりの範囲が教会の印をつけられている。
だが、紙の上で見るものと、実際に景色を見るのとでは、充足感が違うだろう、そう、思ったのだが。

王と知れないように地味な服装に替えた弦一郎と共に、蓮二は臣下が普段使う馬車に乗り込む。
そうして初めて、自分も城から出るのは久しぶりなのだと気が付いた。
弦一郎の傍付きの神官となって3年、政務を行う席でも私室でも共に過ごす。
生活の一切が城の中である弦一郎と一緒にいるのだから、当然といえば当然だった。

城の門を出て、城下に入った辺りで蓮二は馬車の窓を覆う幕をそっと開けた。
目に入ったのは城の正面にある大聖堂、国で最古の巨大で荘厳な教会だ。
大聖堂の隣にも豪奢な教会が整然と並び立つ。
宗教国家の名にふさわしい眺めだった。
馬車は緩やかな速度で街を行く。
だが、想像どおりの厳かな光景に目を楽しませていられたのは束の間だった。
大聖堂からわずかに数分の距離で街の様子が一変する。
「・・・なんだ、これは」
弦一郎が困惑した調子で呟くのも無理はなかった。
急ごしらえのような粗末な建物の屋根に教会を表す尖塔が立つ。
それも、隙間を埋めるように建て増したのか、中に5人も入れば満員になってしまいそうな小さな建物だ。
それがひしめくように無数に建っている。
壁も戸も薄い廃材のような木の板を打ち付けただけで、塗装すらされていない。
周辺の道端には力無く座り込む多数の老人や子供たちが見えた。
蓮二は城で見た地図を改めて頭に思い浮かべる。
教会が乱立する地域には人の住む場所が無かった。
恐らく、教会を建てる為に住んでいた所から退去させられたのだろう。
貧しい者たちは新たに住む所を借りることもままならない。
緩やかに進む馬車は行けども行けども陰鬱な街を蓮二と弦一郎に見せつける。
遠くに目を遣れば、無数の尖塔はまるで墓標のようだ。
街が、否、国全体が、巨大な墓地のような光景が、蓮二には酷く不吉なものに思えた。



**



城に戻った弦一郎は急ぎ重臣たちを招集した。
城下で見た状況を一刻も早く改善するべく、机の上に地図を広げ指示を出していく。
狭い粗末な小屋はいったん全て潰し新たに一から建て直す。
家を失った人々は教会で保護し、正常な生活を送れるよう計らう。
それらを何よりも優先させるよう重臣たちに要請する。
国庫はもう空になっていることなど百も承知でいる王に、これ以上意見する臣下は誰もいない。
ただ、皆一様に疲れた顔で席を立っていくだけだった。

重く垂れこめていた雲は、昼を過ぎる頃に激しい雨となって街を覆った。
まだ夜には早いというのに、空はすでに黒く染まり、時折雷が轟音と共に闇を切り裂く。
雷雨は夜になっても収まらず、弦一郎の元には落雷で起きた被害状況が報告される。
自室で国の地図と顔を突き合わせ、改善が必要な地域を検討していた弦一郎は、報告されてきた落雷のあった場所が、昼前に視察に行った箇所と一致することに気付いた。
廃材を十字に打ち付けただけの尖塔が立てられていた、今にも壊れそうな掘立小屋が並んでいた場所だ。
報告には、建て直しの為に数件の建物を打ち壊しをしている最中に落雷したとあった。

弦一郎の頭に天啓が降りる。
雷、それは神の怒りを表すものだ。
粗末とはいえ、教会を打ち壊したことで神が雷を放ったのではないか。

「蓮二、来い」
席を立ち、蓮二を手招いて弦一郎は窓に歩み寄る。
暗い空は未だ収まらぬ雷が光を放つ。
城の窓からでは遠過ぎてはっきりとはわからないが、街では火の手が上がっている所もあるようだ。
「この雷は神が下されたものだと思わないか?教会を壊したことで神の怒りを買ったのだ」
「・・・弦一郎、これはただの雷雨だ。ここのところ、気候が不安定だったろう?」
「そうではない、これは神の所業だ。俺はやっと奇跡の片鱗を見たのだ」
不安そうに見つめてくる蓮二に弦一郎は笑いかける。
被害に記載された落雷の被害には建物のみならず死者もあったが、天啓を受けたと喜ぶ弦一郎の目には入らなかった。



**



ただの落雷を神の奇跡として崇める弦一郎を、それで少しでも気持ちが満たされるならと、蓮二は不安を押し隠し見守っていた。
だが、懸念していた通り、弦一郎の目が僅かな希望に光を取り戻したのは、ほんのひと時に過ぎなかった。
教会の再建が進み、お忍びで街に降りた弦一郎は以前のような粗末な教会が無くなった様子に満足していたが、それも幾日も保たなかった。
神は美しく街を建て直した弦一郎の功績に応えない。
半年前のあの夜から雷ひとつ鳴ることもなかった。
常に行動を共にしている蓮二には、日毎に増す弦一郎の焦りが手に取るようにわかる。
ただの偶然とはいえ、神の奇跡と思えるものを一度目にしてしまった弦一郎は、より確かな、疑いの余地もない更なる奇跡を求めていた。
「・・・なぜだ?国を挙げて財を投げ打ち、ここまで尽くしているのに、なぜ神は応えない?」
「目に見える証に囚われるのはもう止めよう、弦一郎。皆が健やかで愛する者と生きていけることこそが神の恩寵なのだから」
暗い瞳を向ける弦一郎に蓮二の声は届かない。
「・・・方法が間違っているのか?それならば、」
言いかけて口を噤んだ弦一郎は、ひとり深い思考の中に入っていく。
蓮二がいくら説得しても、聞こえてる様子はなかった。





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