それは2月13日。世の中のお菓子売り場がピンクや赤に染まるバレンタイン直前のことだった。
部活の無い日曜日、昼過ぎから大石んちに遊びに行って、雑誌をみたり喋ったりといつものように過ごしてたら。
「なぁ、英二」
「んー?」
「明日はバレンタインだな」
「そだね、って、なに?もしかして楽しみとか?」
「うん」
その返事にびっくりしたオレは転がってたベッドから飛び起きた。
「マジで!?大石が?」
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
「や、驚くでしょ、それは。だって大石だもん」
「なんだそりゃ」
なんともいえない複雑な顔した大石がおかしい。
それにしても。へぇー、大石がねぇ。なんか意外だ。
高校に入ってオレと付き合うようになる前から、バレンタインなんか全然興味ないって顔してたくせに。
あれってポーズ?カッコつけてただけだったりして?
「ま、大石もいつもたくさん貰うしね。年に一度のモテてる実感ってやつ?」
「そうじゃなくて。たくさんはいらないんだ」
「へ?」
「1個でいいんだよ」
そう言った大石の、物言いたげな眼差しにピンと来た。
「それって、オレにくれって言ってる?」
「だめかな」
「だめじゃないけど・・・」
ダメってわけじゃないけど、オレら男同士だから本来はどっちも貰う側だし。
てっきりバレンタインなんて女の子のイベントはスルーだろうと思ってたのに、とイマイチ乗り気じゃないオレに大石が爆弾発言をかました。
「バレンタインに好きな人からチョコレートもらう、っていうのに憧れてたんだ」
なんかこういうこと言うのって恥ずかしいけど、なんて照れてる場合かっ!
聞いてるオレの方がずっと恥ずかしいっつーの!
・・・とはいうものの。
惚れた弱みっていうかなんていうか。すぐさまオレは、その望み叶えてやろうじゃないか!と思ったりしちゃったわけだ。
だってさ、大石がオレになんかねだるなんて、滅多にないし。
「いいよ。そんじゃ明日チョコあげんね。でさ、来年は大石がオレにくれるの。どう?」
「来年でいいのか?」
「うん。交代であげっこしよ。その方がなんか楽しそうじゃん」
「わかった」
こうしてオレ達のバレンタイン・ルールは決定した。
先発はオレ。目指すはロマンチック・バレンタイン。大石が一生忘れられないバレンタインにしてやるんだ。
そうと決まればまずはチョコレートの用意をしなくっちゃ。
明日の準備をするから、って大石の家を出たのは夕方。
「楽しみにしてるよ」
なんて玄関先まで送ってくれた大石に、オレのやる気もアップする。
チョコの入手にはあてがある。あとはシチュエーションを考えるだけ。
あー、なんかオレも楽しくなってきた。明日が楽しみだ。
・・・と、この時のオレは浮かれていたんだけれど。
〜 ジェットコースター・バレンタイン 〜
こんなはずじゃなかった。
学校の廊下、人のいないのを見計らって、制服のポケットからいびつな包みを取り出す。
青地に星模様の包装紙で2倍に膨れ上がったその中身はキットカット。
最近のオレの放課後おやつの定番だ。
キットカットに文句は無い。
美味いし、小腹が空いた時にはもってこいの量だし、これ1個あれば家までの距離を空腹をかかえて歩かずに済む。
値段的にもリーズナブルで、まさにおやつの帝王だ。
問題はこれがバレンタイン用だってこと。
バレンタインのチョコとなってくると、キットカットはとたんに帝王から庶民へと格下げになってしまう。
巷にあふれるこの時期だけの、まさにバレンタインの為の豪華で華麗なチョコレートたちに鼻で笑われてしまうシロモノだ。
心の中で溜息をついて不恰好な包みをまたポケットにしまう。
せめてラッピングだけでもそれらしく、なんて思ったのも失敗の元だった。
おしゃれな包装紙なんて持ってるはずも無く、家中探してやっと見つけたそれはすでに折り目なんかがついてたりして。
でも素のまま渡すよりはいいだろうと、四苦八苦して包んでみたけれど。
こんなに冴えないのはリボンが無いせいだと、これまた家の押入れから見つけ出したリボンをかけてみて、結果は惨憺たる有様だ。
こんなもん貰ったら、オレだったら絶対引く。
ましてや、包みを開けて出てくるのはキットカット。
笑いを取りに来たのかと思われてもしかたない。
はぁ・・・・・・っと今度は実際に盛大に溜息をついた。
ええい、グズグズ言ってもはじまらない。
だってもう14日なんだ。バレンタイン本番当日なんだよ。
しょーがないじゃん、これが今のオレの精一杯なんだから。
そーだよ、胸張って渡せば・・・・・・なんて、やっぱ無理。
こんなんじゃ大石の夢を叶えてやれない。
『バレンタインに好きな人からチョコレートもらう、っていうのに憧れてたんだ』
その気持ちはすっごいわかる。
オレも大石もバレンタインには結構チョコとか貰うけど、やっぱ好きな人から貰うのは別格。
大石って、あれでいてロマンチストだし。
ポケットの中の包みを指でなぞりながら、また溜息が出た。
もっとお洒落で気の利いたチョコをあげたかった。こんな不細工なヤツじゃなくて。
いっくらブツクサ考えたところで、キットカットが高級チョコに変わるわけでもないけど。
そろそろ部活行かなきゃなぁ。
よっしゃぁ−!!とカラ元気で気合を入れても、たちまち空気が抜けていく。
どうにも気乗りしないまま、溜息混じりで部室へ向かう。
歩きながらこんな顛末になった昨日のことをつらつらと思い出した。
昨日は大石にあげるチョコを手に入れるために奔走してた。
最初はうちでねーちゃん達が手作りチョコでもやってるだろうから、手伝っておすそわけってのをあてにしてたんだけど、今年は作らないって言われてアウト。
デパートとか女の子だらけのチョコ売り場に乱入する勇気はとてもじゃないけどなくて、コンビ二なら、それもオレんち近くのちょっとさびれた、いつもおっさんの店長が1人で店番してるあそこならと勇んで行ってみれば、昨日に限って店長の高校生の娘が店番してて。
他にどっか、客のいないおじーちゃんとかおばーちゃんとかが店番してるトコはないかとかけずり回ったけど、そんな店はどこにもなくて。
どうしようどうしようと頭を抱えて入ったコンビニで、いつものキットカットを買ってしまった。
レジ横にあるキレイにラッピングされたバレンタイン用のチョコを横目で睨みつつ、でもどうしてもそれを手にすることはできなかった。
どんなにノロノロ歩いても歩いてりゃ部室に辿り着く。
そーっとドアを開けて中を覗き込めば部員が何人か着替えてたけど、その中に大石はいなかった。
また委員会とかで遅れるのかな。じゃなきゃ着替えてもうコートに出てるか。
とりあえずチョコあげるにしてもみんなの前でって訳にはいかないし、部活後の帰り道だよな。
頭を切り替えてまずは部活に専念しよっと。なんたって1日で1番楽しい時間帯だ。
そうと決まればさっさと着替えて・・・
「英二?なにやってるんだ、ドアの前で」
「うわっ!大石!」
振り返ればオレの叫び声に驚いて一歩さがった大石がいた。
「いきなり予告もなしに後に立つなっ!あーびっくりした・・・」
「驚いたのはこっちだよ・・・。で、何やってるんだ?」
「や、みんないるかなーと思って見てただけだよ」
「だったら覗いてないで入ればいいじゃないか」
「あー、まぁそうなんだけど」
ちらりと大石の顔を見ると、どうした?って目で返してくる大石はいつもと変わらない。
昨日の今日で忘れてるって事はないよな・・・。
たぶん帰りに2人っきりになった時でも言ってくるんだろう。
それまではオレもチョコのことは考えないでおこうっと。
隣り合ったロッカーで、あーだこーだといつもみたいに話しながら着替える。
オレは大抵パパパーっと脱いで、そのまんまロッカーに放り込むから、着替えるのが早い。
横で丁寧に制服を畳んでる大石に、「先に行ってるよん」
と声をかけてロッカーを閉めた。
「あ、英二。なんか落としたぞ?」
んー?と振り返って、大石が拾ってくれたものを見たオレの目玉は10cmくらい飛び出した。
そ、それは、オレの不細工なバレンタイン・キットカットー!!!
な・な・なんで!おと、落とした?オレが落としたって!?いつ、いつだ?着替えた時かっ!ぎゃーっ!!!
「英二?」
「あ、いや、それは!落として、あ、じゃなくて!」
「どうしたんだ、なにを慌ててるんだ」
だーっ!どうしようどうしようどうするんだオレ!!
なにをどうすればいいかアタフタしてるうちに、大石の隣にいたヤツが不思議そうに覗き込んでくる。
「なにやってんだ、おまえら?ん?大石、それ何?」
ぎょえーっっ!!入ってくんな、バカーッ!!
「ああ、これは英二の・・・」
「ちっ、違うっ!!これは大石のなんだっ!な、大石っ!!」
えっ?と驚いてオレを見る大石に渾身の目ヂカラで
『そうだって言え!』 と訴えた。
勘が働いたのか、オレの必死な形相に押されたのか、「あ・・ああ、そう、俺の、だった。は・・・ははは」
と大石が嘘臭く笑う。
「そ、そうだよ、なにやってんだよ。は、ははは。早くしまえよー」
オレも必死に誤魔化しながら、大石が持っていた不恰好な包みを取り上げて大石のカバンにつっこんだ。
2人並んでひきつった笑いを浮かべてるオレ達がよほど不気味だったのか、そいつは小走りで逃げていく。
その後姿を見て思いっきり力が抜けた。
「英二、あれってもしかして・・・」
「その話は後にしよ、おーいし。なんかオレすっげー疲れた・・・」
着替え途中の大石を部室に残してヨロヨロと外へ出た。
なんかもう無茶苦茶だ。
まともなチョコを手に入れられなかったあたりから、どんどんおかしな方向へ進んでる気がする。
ほんとはいかにもバレンタインなチョコを用意して、ムード満点な演出で大石にあげるはずだったのに。
混乱した挙句、大石のカバンに入れてきちゃったよ・・・。
ムードどころか、これじゃ完璧お笑い、まるでコントみたいじゃん。とほほ・・・。
脱力して集中力皆無、ボールは当たるわ、コケるわ、走らされるわで部活は散々だった。
今日は厄日なんだ。そうに違いない。でもって、まだ今日という日は終わってない。
これから今日最大のおっきなトドメが待っている。
「英二、ちょっと寄り道しようか」
部活後の帰り道、途中まで一緒に歩いてたやつらと別れた後、大石がそんなことを言い出した。
すっかり暗くなってひと気の無い小さな公園のベンチに大石と並んで座る。
「さっきのさ、あれ。英二からのチョコレートだよな」
「あー、うん」
「ここで開けてみていいかな。ごめん、家まで我慢しようと思ったんだけど」
「・・・ダメ」
往生際が悪いと言われようがなんだろうが、どーにかして決定的瞬間を引き伸ばしたい。
・・・だって、大石のがっかりした顔なんて見たくないし。
「そうだよな。それじゃ、やっぱり家で開けるよ」
「それもダメ」
「えっ・・・。あれって俺にくれたんじゃないのか?」
「大石。世の中には知らないほうが幸せってこともあるんだよ」
「はぁ?」
大石は思いっきり怪訝そうにオレを見てる。
あーあ、こんなのちっともバレンタインじゃないよなぁ。
思わず溜息をつくと、なにか感づいたらしい大石がバックから例のチョコを取り出した。
「開けるよ」
「・・・・・・」
引き伸ばし工作も限界だ。
オレは無言で大石の手元を見てるしかない。
大石はなんだかとても大事そうに、その不恰好な包みをほどいてた。
ちょうちょ結びがうまくできなくて何度も結び直してヨレヨレになったリボン、キレイに包めなくてやり直してるうちに折り皺がいっぱいできちゃった包装紙。
大石は両方とも丁寧に畳んでカバンに入れる。
馬鹿だな。そんなの、その辺のゴミ箱へ捨てちゃえばいいのに。
最後に大石の手に残ったのは限定品の抹茶キットカット。
オレは普通のとかイチゴのとかが好きなんだけど、大石はあんまり甘くないのがいいかと思って選んだ。
「ありがとう」
大石の手元から視線を上げれば、嬉しそうに笑う顔があった。
それを見たらなんだか泣けてきて、でも泣いてるとこなんて見せたくなくて、大石に飛びかかって抱きついた。
「・・・ごめん、そんなつまんないチョコでごめん」
「つまんなくなんかないよ。ちゃんと俺が食べられるのを選んでくれたろ」
「うん。・・・でも、もっとちゃんとしたのあげたかったんだ」
「これで充分だよ」
「ちゃんとキレイに包装してあるやつで」
「うーん、確かに包装はちょっと・・・」
「ひっでー!オレ、一生懸命やったのに!」
抱きついてた腕を緩めて真正面から睨んでやれば、大石が楽しそうに笑ってた。
「バレンタインにチョコレート貰って、こんなに嬉しかったのは初めてだよ」
「・・・こんなんでも?」
「うん。英二がくれたチョコだから。大切に食べるよ」
「ん。手作りじゃないけど、ちゃんと愛は込めてあるからね」
「来年は俺が英二に贈るよ」
「うん。・・・でも無理すんなよ?」
ホントに幸せそうな顔してる大石とちょっとだけキスした。
落ち込んだり焦ったり大変だったバレンタインもどうにか無事終了したみたいだ。
正直いって、昨日はこんな大変な思いをするなんてちっとも思ってなかったけど、でも大石がちゃんと喜んでくれたからオレの苦労も報われた。
来年は大石がチョコをくれる番。
大石のことだから準備周到、オレみたいなことにはならないと思うけど。
でもホント、どうにもならなかったら、チョコポッキーとかでいいから、・・・ね?
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(05・02・14)