湖の妖魔 2
真田と幸村の国は古い歴史を持ち、近隣諸国との信頼関係も厚く長い平和が続いている。
戦はないが月に一度御前試合があり、兵はその為に日夜腕を磨く。
幸村はここ数年は負けたことがなく敵なしで、そのせいか日々に退屈しているところがあった。
湖の妖魔に興味を持ったのはそのせいだろうかと考えつつ、真田は前を歩く幸村の背を見る。
「もたもたしてると置いてくぞ」
視線に気づいたのか幸村が振り返り真田を急かす。
「ちゃんと歩いている」
憮然と返しながら真田はわずかだが歩みを速めた。
妖魔と会ってから、幸村は時間が空くと湖へ行きたがった。
1人で行かせると本当に妖魔を屋敷に連れ帰りそうだという理由で真田も共に行くことにしている。
本当は妖魔に惹かれているのだということに薄々気づいてはいたが、それを認めたくなかった。
湖に着き、乗ってきた馬を近くの木に繋いで、真田と幸村は湖を眺めた。
蓮二は普段水の中にいたが、幸村と真田が来ると水から上がって姿を見せる。
2人で待っていると少しして湖面の水が尾を引くように流れ、蓮二が岸に上がってきた。
「蓮二、また来たよ」
ひらひらと手を振る幸村に蓮二が頷き、こちらへ歩いてきた。
真田は1度視線を上げ、空を見るようにして、蓮二が目の前まで来てからやっと視線を顔の位置まで下げた。
湖に来ると真田は他所を向いているか、今のように蓮二の顔を見ているかで、どちらにしてもかなり不自然なことになっている。
幸村はその原因を知って笑ったが、真田にしてみれば笑い事ではなかった。
「これを羽織っていろ」
視線を下げないまま、真田は持ってきた大判の絹織物を蓮二に差し出す。
「服は着ないと何度言えばわかるんだ。断る」
「服ではない。布だ。いいから羽織れ」
見事なまでにきっぱりと拒否した蓮二は渡された布を真田に突き返すが、拒否されるとわかっていた真田は半ば強引に広げた布で蓮二を包んでしまった。
「・・・俺が裸でいるのがそんなに気になるのか」
呆れたように溜息をついた蓮二は首から下、腕までもミノムシのように包まれて身動きが取れず真田を見遣る。
「そんな恰好でうろうろされると目のやり場に困る」
「俺がメスだというならまだ話はわかるが、俺はお前と同じオスだぞ」
「同じオスでも蓮二と真田じゃ大違いだけど。それにしても、真田にしてはなかなか趣味がいい織物じゃないか。蓮二によく似合ってるよ」
ただし着せ方は最悪だけど、と付け加えて幸村は蓮二をぐるぐる巻きにしていた布を解くと、腕の自由が利くように器用に巻きつけて端を首で留めた。
「蓮二、馬鹿が煩いから、俺達がここにいる間はこのままでいてくれない?」
「馬鹿とはなんだ。俺はただ、」
「ふむ、こうしてみると思ったより肌触りはいいな。それに軽い」
指先で布を摘みあげて検分するようにしていた蓮二は、真田を見て「これなら着ていてもいい」と了承した。
真田はこれで首が痛い思いをしなくて済むと胸を撫で下ろす。
それと予想以上に絹織物が気に入った様子の柳を見て、半日費やして布を探した甲斐があったなと心の中で秘かに喜んだ。
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