湖の妖魔 3
幸村に呼ばれた真田は城の詰所から幸村の待つ厩へと向かっていた。
厩へ来るように言われた、つまりまた湖へ行こうとしているということだ。
渋面を作りながらも足取りは笑える程軽く、自分でも浮かれているのがわかる。
昨日まで城では式典があり、真田たちは警備の任にあたり目が回るほど忙しかった。
最後に湖に行ったのはもう2週間前になる。
「よう、真田。急ぎ足でどこへ行くんだ?」
あと数歩で城から出るというところで声をかけられ、真田は足を止めた。
目の前には王の妹の息子、つまり王の甥にあたる男が立っている。
供をしているものが猟銃と数羽の鳥を下げているところを見ると狩りでもしてきた帰りなのだろう。
真田は問いには答えず軽く頭を下げて礼をするとすぐ脇を通過した。
背中に視線を感じたが無視して厩へ向かう。
真田はあの男が嫌いだった。
王の甥だというのを鼻にかけて威張り散らし、自分より下だと思う者にはしばしば乱暴な振る舞いをする。
強欲で人を人とも思わず、気に入らなければ卑劣な手段をも平気で使うが、王の前では品行方正な態度を取るので、注進しても聞き入れられない。
近衛兵団長で国内では幸村と供に1、2を争う腕を持ち、王の信任も厚いとはいえ真田は騎士でしかない。
爵位でいえば男爵、公爵である甥よりも下位にある真田がどうこうすることはできない相手だ。
浮かれていた気分も一気に萎み、苦虫を噛み潰したような顔で現れた真田に幸村は眉を顰めた。
「これから久しぶりに蓮二に会いに行くっていうのに、なんなんだその顔は」
「出掛けに嫌な顔を見たのでな」
「ああ、あいつか。俺も会ったよ。どこへ行くのかってしつこく聞かれた」
「・・・なんだと?幸村、まさか」
「言うわけないだろ。あの馬鹿が蓮二のことを知ったら絶対生け捕りだとか言い出すに決まってる。冗談じゃないよ」
王の甥が珍しい生物をコレクションしている話は有名だ。
だが、せっかく集めた動物達を手荒に扱い、死なせてしまうことでも有名だった。
「王にも湖には妖魔なんていなかったと報告してあるし、お前が口を滑らせなければ大丈夫だよ」
深刻な顔で考え込んだ真田に幸村が行こうと促し馬に跨る。
念の為遠乗りを装い、森と反対の方向へ走って大きく迂回する形で湖へ向かった。
「その話は本当なんだろうな?」
抜いた剣を脅すように目の前に翳すと、身なりの貧しい男は体を竦めるようにして必死に頷いた。
「本当です。私は時々湖に魚を釣りに行っていて、そこで一昨日見たんです」
嘘を言ってるようには見えなかった。
小金を渡してやると、転がるようにして部屋を出て行く。
「やっぱり妖魔がいなかったというのは嘘だったんだな。どうりで頻繁に2人して出かけていくわけだ」
湖に住む妖魔の噂は前から聞いていた。
美しい人型の妖魔だと聞いて手に入れようと準備をしていたが、王が真田と幸村に妖魔討伐の命を出したと聞いて半ば諦めた。
だが妖魔は生きている。
「狩りに行きますか?」
すぐ傍に立っている、長く屋敷に勤める男が聞く。
「今夜、いや明日の夜がいい。今度は確実に手に入れるぞ」
傍らの男が頷いて一礼すると退室した。
「俺のコレクションがまた増えるな。人型なら色々遊べそうだ」
すでに妖魔が手に入った気分で男は下卑た笑いを浮かべた。
→4