湖の妖魔 4
夜中に突然目が覚めた。
心臓は早鐘のように鳴り全身に嫌な汗をかいていた。
寝台に体を起こしたまま、真田はゆっくりと気を静めるように深呼吸を繰り返す。
そうしながらもなぜ目が覚めたのかを働かない頭で考えた。
何か夢を見たのだろうか。
そう思ったが、思い出そうとしても何も浮かばなかった。
寝汚い訳ではないが、普段は物音がしたくらいの些細なことなら就寝中に目はを覚まさない。
何かの危機を感じた時は別として、だ。
危機、という言葉を頭に浮かべた時に引っ掛かるものを感じたが、何なのかと考えようとすると霧散した。
鼓動が平常に戻る頃には、真夜中に寝台で起き上がって訳のわからない考え事をしている自分を馬鹿馬鹿しく思う程度には落ち着き、代わりに汗を吸った夜着が心地悪いことに気がついた。
寝台から起き上がり、着ていた夜着を脱いで、箪笥から新しい物を取り出す、その動作の途中で真田は唐突に先程まで見ていた夢の一部を鮮明に思い出した。
湖、そして蓮二。
夢の前後はわからない。
ただ蓮二が出てきたことだけは確かだ。
静まったはずの鼓動が再び大きく早く鳴り始める。
胸騒ぎがした。
蓮二は夢の中でどうしていたのか、それが思い出せない。
思い出せないのにジリジリと焦りだけが胸の内に湧き上がる。
居ても立ってもいられず、真田は適当な服に着替えると馬に飛び乗って森へ向かっていた。
いつまで駆けても辿り着かないかのように森は遠く感じた。
やっとのことで木立が見え始め、ほっとした真田の耳に聞いたことのない不思議な旋律が響いてきた。
否、耳ではない。直接頭の中に入り込んでくる。
旋律は頭の中に霧を生み出し、意識を捕らわれかける。
駆けていた馬が歩みを緩めるのに気づき、真田は意思の力で旋律を振り払った。
森に入り湖に近づくにつれ旋律はよりはっきりと聞こえるようになった。
それは歌のようでもあり、繊細な楽器の音色のようでもあった。
森が途切れ、満月の光に包まれた湖が現れる。
空と水面の両方に金色の月を宿した湖は、不思議で美しい旋律とよく合っていた。
湖の淵に立つ人影が目に入る。
一枚の絵画のように月の湖に溶け込んでいるのは蓮二の後姿だった。
馬を降りて真田は蓮二に近づく。
蓮二が右手に持っているのは前に真田が贈った絹織物だ。
さらに近づき、声をかけようとした真田が息を呑む。
蓮二の白い体には無数の傷が浮かび、布を手にした腕にも、そして足首にも、拘束の為としか思えない縄の残骸が残っていた。
「・・・蓮二!」
駆け寄って声をかけると不思議な旋律が止み、蓮二がゆっくりと振り返る。
今まで見たことのない、感情を消した蓮二の顔に、金の月が静かな光を注いでいた。
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