湖の妖魔 5




声をかけたのが真田だと認識しているのかしていないのか、蓮二はまた湖に視線を戻した。
つられるように真田も湖に目を向ける。
湖の中央に浮かぶ月が微かに揺らぎ、金の光を反射した湖面がさざめく。
風もないのに揺れる月影を不思議な思いで見ていた真田は、その光の先端を行くものに目を留めた。
もうほとんど水面に没しようとしているが、それは人の頭だった。
全部で3つ。
何かに導かれるようにして湖の中央へと歩みを進めているように見える。
蓮二の体に残る無数の傷、そして拘束の痕、それと死への歩みを進める者。
その全てが一瞬にして真田の頭の中で結びつく。
「俺を斬りに来たのか」
湖を見つめたまま蓮二が言う。
僅かに見えていた頭は波紋を残して沈んだようだ。
湖は何事も無かったかのようにいつもの静けさを取り戻している。
「・・・何があった」
静かに問うとまた蓮二がゆっくりと振り返った。
先程とは違い、振り向いた顔はいつもの蓮二だった。
一見すると無表情に見えるその薄い皮膚の下に、多彩な感情が秘められているのを真田は最近ようやく知った。
答えを待ってじっと見つめてくる真田に、蓮二は静かに笑う。
諦め、悲しみ、そんなものが透けて見えた気がした。
真田は蓮二の手を取り、腕に食い込んだ縄を解く。
縄をかけられ抵抗したのだろう、白い手首の皮は幾重にも擦れ赤く腫れ上がり、所々血が滲んでいる。
「見ただろう?人間達が湖に沈んでいくのを。・・・お前は俺が人に害を為したら斬ると言った」
確かに言った。
初めて幸村とここを訪れて蓮二と会った時に、自分達は人に害を為す妖魔を討伐する為に来たと告げた。
そして、二度と人に害を為さないなら見逃してやる、とも。
「・・・・・・理由を聞かずに斬ったりはせん。何があったんだ」
そう言いながら、もしもの時は本当に蓮二を斬れるだろうか、と真田は思う。
斬れないかもしれない。斬り捨てるには心を移しすぎた。
「・・・・・・・・・」
逡巡しているのか蓮二は口を噤んだままでいる。
両腕の縄を解き終え、今度は足首に絡んだ縄を解こうと真田が膝を付く。
大人しくされるままになっていた蓮二がようやくぽつりと溢すように言った。
「・・・俺を生け捕りにしたかったそうだ」
真田がしゃがんだ姿勢のまま顔を上げる。
自分を見下ろしている蓮二と目が合った。
「生け捕りだと?」
「屋敷に連れ帰り、人とどこが違うのか、隅から隅まで体を検分してやると言っていた」
カッと頭に血が昇った。
もしその場に自分がいたら相手を問わず八つ裂きにしていた。
下衆が、と吐き捨てて、蓮二の足首から外した縄を地面に叩きつけるように捨てる。
「・・・俺は物ではない。そんな風に調べられるのなんて死んでもごめんだ」
「当たり前だ」
憮然と答えて真田は蓮二が右手に持っていた布を手に取る。
着せ掛けてやろうとしたが絹織物は無残に破かれていた。
「すまない。身につけていたのを剥がれて奪い返そうとしたんだが」
「こんなものはどうでもいい」
真田は目の前に立つ蓮二の肩を抱き寄せる。
両腕を体に回すようにして、だが傷に障らないように緩く抱きしめる。
「無事で良かった」
「・・・斬らないのか?」
「お前が悪いのではない。生け捕りなどという愚かな行為をしようとした報いで死んだのだ」
「・・・・・・、そうか」
お前に斬られるなら仕方がないと思っていた、と蓮二が小さく言う。
その夜を森で過ごした真田の元に、血相を変えた幸村が駆けつけたのは陽が登ってすぐのことだった。




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