扉の向こうは狂った魔女の怒声と嘲笑。
窓の向こうは蛇のような戒めの風と雨。

ずっと、ずっと、こわかった。
いつまでもいつまでも追ってくる、終わらない惨劇。
あの嘲笑を聞く限りは、自分の未来が険しい事も、理解はしているつもりだ。

でも、もういい。

一瞬先の未来が希望か絶望かは誰にもわからない。
けれど目の前で優しく静かに微笑んでくれる少年がいる限り、
少女はいつだって、幸せで前向きでいられるのだから。

「明日は、嘉音君の誕生日だったよな。
 本当はさ、明日嘉音君に伝えるつもりだったんだ。
 …紗音から、ひょっとしたら聞いてるかもしれないけど。」
「…何を、ですか?」
「ふられちゃったけど、やっぱり嘉音君が大好きだって。諦められないって。」

少女は笑った。
嵐に閉ざされて昨日からずっと届かなかった光が
少年の瞳に今ようやく届いた気がした。
…嘉音の網膜はもう、光を受ける事はできないけれども、
それでも心は、朱志香の光を感じる事が出来るのだから。

「朱志香…。」
「嘉音君。明日にたどり着けたら、嘉音君にプレゼント、届けられるかな・・・。」
「…………。」
「わかってる。届けられるのは嘉音君の亡きがらにだけだって…。
 でも、私の気持ち、ちゃんと届けたいから。
 それに私は父さんの娘だから、生き残って皆の葬儀をちゃんとしっかりやらなきゃなんだよな。」

…嘉音は、気付いている。
彼は金蔵の家具で、家具である以上人間より魔女の眷族に近くて、
魔女の碑文の意味も、黄金郷が開く取り返しのなさも、全部知っていたから。

それでもいつまでも、朱志香には笑っていて欲しかった。
自分を照らしてくれた、あきらめない生き方が好きだった。
だから今の自分の不確かさがただもどかしい。
本当は朱志香の手を取って励ましたいのに
その手を取れば、自分は淡雪のように消えてしまうのだから…。

「…心にだって、届きます。」

残された時間がほんの数分であることはわかっていた。
きっと希望もない事も。
でも今は、億に一つの確率でもいい。
黄金郷の扉が開かない奇跡を、心から願った。

…虫のいいことをと、もう一人の自分が嗤う。
だって少年はずっと、黄金郷で彼女と幸せになりたかったのだから。

けれでも今、この瞬間のこの想いは真実だ。
それを少年だけは知っている。

「僕の心にも…。」
「うん。」
「僕の心にも、ちゃんと届きます。…僕はいつも、朱志香のそばに、控えてますから」
「うん。ありがとう。嘉音君。」


…爆発に消えた思いは、どこにいくのだろう。

少女の思いは、薔薇の香りと黄金の鱗粉の舞う常春の国へ。
少年の思いは、島に巻き上げられた黒煙と、ワインボトルを飲みこんだ深海の蒼へ




魔女は賢者を讃え、四つの宝を授けるだろう。

一つは、黄金郷の全ての黄金。
一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。
一つは、失った愛すらも蘇らせる。
一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。


―――――――黄金郷は、幸せの国。
―――――――これは一年後の、常春の都の物語。







GIFT









    

「…なにをあげればいいか、想像つかねーぜ…。」


朱志香はベッドの上で、出てこないアイディアをひねり出そうとするように
がーーーーーーーーーっ!!!!!っと勢いよく自分の髪をかき混ぜる。
…胡坐をかいて、髪ぐちゃぐちゃの自分の姿は、絶対嘉音には見せらせないけれど
でもまあここは自分の部屋だから別にいいのだ。
枕を抱いて、こてんとベッドに横になる。
変わらない部屋の内装と、窓の向こうは永遠に続く薔薇庭園。
窓の外を往く黄金蝶の群れは、来たばかりの頃は心底面食らったが
一年もすればもう見慣れたものだ。

――――――――――ここは黄金郷。

親族会議の後、自分達は気付いたらここにいた。
あんなに泣いたのに、悲しかったのに、目を覚ましたら皆元気で元通り。
そういえば碑文には失われた愛も蘇らせるとか何とか
歯が浮く事が書かれていた気がするので、これはきっとそういう事なのだろう。
残念なのは絵羽おばさんがいなかった事だ。
あの陽気でちょっと意地悪はおばさんは、今はどうしているのだろう。
戦人とベアトが言うには、いつかやってくるとの事だけれども…
…きたら、ちゃんと仲直りできたらいいな。
そんなふうに納得しながら、朱志香は今を過ごしている。

住み慣れてみれば、ここは良い国だった。
何せベアトや戦人の魔法でほしいものは出現し放題。
領主二人がその気になれば遊園地もゲーセンもカラオケもライブ会場もなんでも来いだ。
特に戦人は遊びの人生経験が非常に豊富なせいで
娯楽施設のリアルさには親族間で非常に評価が高かった。
高校の友達と会えないのもさびしいが、
それでも、失ったはずの命に囲まれて笑っていられるのはそれ以上の喜びだった。

…そう言う訳で基本とても満ち足りているのだが…
満ち足りているからこそ困る事も、世界にはちゃんとある。

「来週の嘉音君のお誕生日プレゼントですか?」
「わあああああああああああ!!!
 しゃ、紗音ぉぉん!!???い、いつ入ってきたぁ〜〜!!??」

突然声をかけられて朱志香がびっくりして飛び起きる。
それをみてしてやったりとでも言うように紗音がにっこりと笑った。
嘉音曰く紗音は「にぎやか」らしいのだが、
朱志香からするとどこがにぎやかなのかいまいちよくわからない。
一体自分の恋人は本気になるとどこまで気配を隠せるのだろうか?
知りたいようなしりたくないような、微妙な所である。
…大体そのスキル、一体何の役に立つのだろう???謎だ。

「ちゃんと扉からですよ〜。
 で、お嬢様。来週はどうなさるおつもりなんですか???」

やたらニコニコしている紗音の笑顔に朱志香は照れたような曖昧な笑みをこぼす。
あいかわらず紗音は、自分と嘉音の恋の進展を楽しみにしてるみたいでくすぐったい。

「あーーー、まあ、そう。なにあげればいいかなー。
 っていうか、この世界でなにをあげたら、特別と思ってもらえるかなーーーーーって。」
「まあ確かに…ここでの贈り物って難しいですよね…。
 今私たちの周りに溢れてる物は、殆どベアトリーチェ様と戦人様が魔法でうみだして下さったものですし…。」
「だろーーーー?一応デパートとかもあるけどさーーーー。
 戦人やベアトが気前よくおごってくれるから、なんか贈りにくいんだよな〜。」

黄金郷にたどり着いてから早一年。
イベントの少ないこの世界で、誕生日は大切なイベントだ。
しかしなんといっても物の価値が高くない。
ベアトと戦人は頻繁にデパートでデートを楽しんではいるが、
目的は雰囲気を楽しむ事で、基本は欲しいものは魔法で出し放題なのだ。
そのせいで自然、誕生日プレゼントは手作りのものが喜ばれるようになっていた。

「紗音は、譲治兄さんに何あげたんだよ?」
「ええと…。結局マフラーを編む事にしました。
 あまりここは寒くないんですけど、以前譲治さんは手編みのマフラーに憧れるっていってましたので。」
「…あ…編み物。…う、できねーーーー。」
「お嬢様家庭科、苦手でしたものね。」

紗音の無自覚な赤い言葉に、朱志香は大きく肩を落とす。
不器用な身の上としては、デパートの価値が高かった時代がものすごく懐かしかった。

「譲治兄さんは紗音になにくれたんだ?」
「えっと、これです。」
「??ペンダント??」
「…はい。木で枠の縁を掘って下さったみたいです。中の石はサファイヤだそうです。」

見せてもらうとものすごく細工が細かくて、譲治の努力も愛もうかがえた。
相変わらず魔王陛下の愛は非常に深いようだ。
流石イケメンでもないのにガァプに好かれただけの事はある…。

「…相変わらず譲治兄さんには勝てる気がしねーぜ…。」
「ですね。私もちょっと驚きました。」

そう言う紗音はとてもとても嬉しそうだった。
この二人はいつだって変わらず仲良しでお似合いなのだ。
ちょっと熟年夫婦みたいではあるけれども、隙間なくぴったり寄り添ってる所がもの凄く羨ましい。
…紗音からすると、朱志香と嘉音の初々しさが可愛くて懐かしいのだけれど、
それは多分、お互いないものねだりというものなのだろう。

「なんかさーー、私ずっと誕生日プレゼントって買ってきただろ?
 今年は父さんには肩たたき券、母さんには手伝い券でなんとかしたけどさ。
 流石に嘉音君にそんなの渡せないし…。」
「うーん、でもお嬢様。難しく考えすぎじゃないですか?
 そんなに緊張なさらなくても、お嬢様が下されば嘉音君は絶対喜んでくれますよ。」
「そりゃ今年は今までよりは自信あるさ…。
 でもだからこそ、びっくりするくらい喜んでもらいたいんだよな・・・。
 去年はごたごたしてたから結局何も贈れなかったしさ…。」

そう。
だからこそ今年は、二年分の贈り物をしたいのだ。
そのせいで色々余計に気負ってしまって朱志香は大きく溜息をついた。

…良く考えると、黄金郷の女性陣は自分以外は女性として手先が特化している人間ばかりだ。
紗音は勿論として、母の夏妃は裁縫が得意だし、霧絵も夫の胃袋を掴む為料理上手。
絵羽はここにはいないが、いたならきっと得意の手料理を振舞っていたのだろう。
楼座の贈り先は愛娘だが、彼女の裁縫スキルについては言うまでもない。
……彼女たちのような立派な贈り物は、今の自分には不可能だろう。
悔しいけれど、朱志香は素直にそれを認めた。

…となると、やはり相談先は…あそこになるのだろうか。
非常にチートな相手なので参考なるかは疑問だが、
それでも一番、自分向けのアドバイスが貰えるかもしれない。
紗音が入れてくれた紅茶を傾けながら、朱志香は明日の予定を心に決めるのだった。






→ 本誌に続く