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忍者丹波大介



 

【主人公紹介】

丹波大介:

年齢二十八ぐらい。丹波大介の父、柏木甚十郎は近江国甲賀郡・柏木郷出身の甲賀忍者であったが、甲賀を離れ 武田家のもとではたらき、武田家滅亡後、城下を脱し妻と大介をつれて武蔵国・丹波村へ隠れ棲む。

甚十郎は大介に柏木の性を名乗らぬほうがよいと命じ、大介は丹波を性とする。甚十郎死後、伯母である甲賀の笹江のもとへ行き 甲賀忍術を仕込まれる。 しかし、大介はあくまで自分は丹波忍びであるとの信念を貫き通すのであった。


【あらすじ】

⇒ コメントの術

豊臣秀吉歿した翌年、諸国大名は新たな天下統一を目指し、徳川家康派、石田三成派の二つに分裂。 石田三成の筆頭家老・島左近は突如、家康暗殺を決意。侍臣・柴山半蔵と密談し甲賀出身の岩根小五郎 に命を下す。

半蔵は屋敷へ帰りすかさず下女の於志津を使い徳川方へ伝令を送る。半蔵は徳川家の老臣・ 本田正信の送り込んだ間者であった。しかし、徳川方へ急ぐ道中に於志津は怪しいと見られ丹波大介に捕えられる。 結局、伝令は伝わらず小五郎の家康襲撃は実行されたが、家康は無傷の失敗に終わった。

大介は伯母の笹江、孫八らとともに真田家について働いていた。大介は笹江に島左近を探るように命じられ島屋敷、通称耳塚屋敷へ潜入 する。家康襲撃との関連が疑わしいとみたためである。

潜入した大介は談合する石田三成と島左近を見つけ聞き入ろうとしたが見張り忍びをして いた小五郎に見つかり攻撃をうける。なんとか攻撃をかわしつつもその方術のすさまじさに対峙した大介は絶望した。しかしそこにお婆 (笹江)が現れ、甲賀でも顔の利くお婆に免じて見逃してもらうこととなる。

そのころ家康が政略結婚を企て、ひそかに三つの縁組をととのえた。これをきっかけに豊臣派にとがめられ、時勢は予断もゆるさない 転機にさしかかっていた。

大阪にいて情勢を見守っていた大介は伊賀者の襲撃をうけ虚をつかれるが通りがかった真田幸村の一行に助けられる。襲撃をうけて 笹江の隠れ家が危ないと急いだ大介は足早にその場をさるのだった。

隠れ家へ着いた大介は殺された仲間の死骸を見つけるが、笹江は 見当たらなかった。そこへ伝書鳩が舞い降り、笹江の字で甲賀へもどるべし、とあった。甲賀忍者の頭領の一人山中大和守俊房の呼び出し があった為である。

甲賀へ戻った大介は佐和山へ行くようにとだけ命じられる。何も聞かされぬまま佐和山城下へ 入った大介は戦さ忍びの用意をするよう伝えられる。戦さ忍びとは、文字通り戦場にあってはたらくという意味で、この場合何者かを 襲撃することである。

しだいに、いずれも戦さ忍びの身支度をした黒い影があつまり山中俊房より命令は下された、耳塚屋敷を襲い 真田幸村、島左近両名の首を討てと。幸村と左近の密談があるとの情報が小五郎の部下の裏切りにより届いていたのだ。

大介は采配を任され、いよいよ襲撃となったが迷いが生じた。大介は先日、幸村に命を救われている。幸村がいなければ大介はこの場には 居なかったのである。亡き父のことばも浮かんでくる「甲賀忍びは信義によってはたらく。信義なき忍びは盗賊に劣る。」と。

気に入らなかった。昨日まで、その下に雇われていた真田本家の若殿を殺せとの頭領の命令がである。大介は納得がいかず、ついに 甲賀を裏切り、幸村と左近を逃がしてしまう。逃走中追いつかれるが牢人伊丹十兵衛の手助けにより難をのがれる。

大介は彦根山に身を隠し、これからどうするか考えていた。甲賀へは帰れない。丹波の里へ帰ることも考えていたが、そこで城下が 騒がしいことに気がついた。篝火が多い、只事ではないと。大介の血も踊ってきた。先ずおのれの目で情勢をつかむ、甲賀の目ではなく、 自分の目である。大介はたった一人の丹波忍びとしてはたらく決意をする。

大介は左近の御抱えとなっていた伊丹十兵衛と出会った。十兵衛に促されるまま島左近と会いそのまま石田屋敷にて石田三成に 引き合わされる。三成は左近を救ってくれたことに感謝し、労をねぎらう。大介が見た三成の印象は、意外に親しみやすかった。

帰り際、上杉中納言の使者・直江山城守兼続が三成を見舞いに来るのを目撃する。屋敷に戻り屋根裏に忍び二人の密談を見た。

碁盤を前に座る二人、兼続が白い石を置き移動させる。次に黒い石を置き白の石の跡をたどり白の手前でとめた。さらに兼続は白い石を 取り、打ち置いた。二つの白い石に黒い石がはさまれている。大介は興奮を抑えるのに必死であったが、伊賀者と思われる忍びに見つかり 逃げた。次の日、大介は上田の真田幸村の元へと発った。

上田に滞在し、一年近くが過ぎ去ろうとしていたころ、真田昌幸と大介のもとへ幸村と伊那忍びの束ねである奥村弥五兵衛が 戻り、伊那忍び二十余名が殺害されたと報告、さらに三成と上杉の動きが怪しいと告げられた。大介は弥五兵衛と共に京へ向かう。

石田、上杉を探る大介達であったが、大介は佐和山へ潜入し、やがて柴山半蔵と本多佐渡守が通じていることをつきとめた。 この留守中に戦備を整え続ける上杉に対して徳川から討伐の声があがったことを弥五兵衛から聞かされる。大介は思い出した。 三成と直江兼続の碁盤上の会話を。白と白の石の間に挟まれた黒い石はまさに徳川を指していると…。

京から佐和山へ戻った島左近は突如として再び家康暗殺をほのめかす。急を知った柴山半蔵はいよいよ左近を裏切り、無事戻った 於志津をつれて徳川方へ逃げ込もうとするが、小五郎とその配下に囲まれる。半蔵を怪しいとみた左近が罠を仕掛けたのである。 家康暗殺など嘘だったのだ。抵抗むなしく半蔵、於志津ともに倒れる。

大介は岐阜山中に隠れ家をもうけ、きたる戦に対して準備を進めていた。各諸大名はしだいに関ヶ原へ集結しはじめる。 徳川本軍は清洲から岐阜へ入った。岐阜近辺の百姓たちが人夫として狩り出される。 城下の長良川に鵜舟が三十余隻も集められた。これにも人夫がはたらく。鵜舟をならべて舟橋をかけようというのだ。

大介は鵜舟の中ほどの河中に沈んでいた。舟底につき「通い」と称するもので呼吸をしていた。大介は一人であった。 家康が岐阜に入る前から大介と弥五兵衛たち真田忍びは家康暗殺の機会をねらっていた。一度失敗すれば警戒は厳しくなるから一挙に 首をとってしまわねばということで、大介の隠れ家を拠点とした岐阜周辺で決行するときまった。

真田忍びは巧みに城下へ潜入し、この人夫に加わっていたので大介は舟底へもぐりこむ事ができた。このことを大介は辛うじて、 真田忍びの一人に伝える事が出来た。人夫に 出ていた大介はふところに「飛苦無」十数個忍ばせてあるだけで短刀ひとつ持っていない。家康へとびかかると同時に応援がほしいところ であった。

無謀とわかっていながら、家康が舟上を通るその時を待つ。水中に苦しい忍耐をつづけながら亡父・勘十郎の言葉が脳裡を よぎる。

「勝ち負けをはなれ、忍びの心に徹するのみ、ここに勝運がひらける。」

この言葉のみだった。秋の川水の冷たさがこたえてきた。 体のはたらきが鈍る。舟橋が揺れはじめた。人馬がいっせいに渡りはじめる。いよいよこの時がきた!いっとき、舟橋は元に戻る。

(今度だ…)

再び舟が揺れ始めたとき、大介は舟べりの下に顔をのぞかせた――

はたして!家康暗殺は達成なるか!!大介の命運は!!!関ヶ原の戦いはどうなってしまうのか!!!!


【コメント】

⇒ ショートカットストーリーの術

巻末の解説にも書いてあったが、『この小説、単なる忍者小説ではない。歴史小説であると。』そのとおり、読めばわかると思いますが、 その時代を生きた人々の生き様というものがまざまざと描かれているでわないか!登場人物一人一人に信念がある。

大介は信義を貫いて生きている。ここで言う信義とは人間的なもの、つまり形のない信頼とか恩とか人間関係を作っていく上で けっこう重要なものだと私は考えた。結局、辞書で調べたところ、約束を守り、義理を重んじることだそうだ。

忍者といえば、冷酷、残忍などのイメージが先行するが、確かに職業柄冷徹な精神力をもっていなければやって行けない仕事である。 そのうえ、まだ殺しが合法であった時代なので、甲賀忍びなどの集団を成り立たせる為、信義というモラルが自然と成立していたようだ。

『信義なき忍びは、盗賊に劣る。』この言葉からわかるように忍びは単なる殺戮集団ではないという自負があった。しかし、 山中俊房のように世の中の情勢を見ては、手の平を返すように裏切ったりし、信義をなくしてしまっている。

だが、時代の流れには逆らえない。 山中俊房は甲賀の頭領であるから、甲賀を存続させるために手段を選ばなかったのであろう。彼は彼なりの信念を貫き通しているのだ。

この信念の行き違いから両者は反発することになるが、これは現代社会においても似たような状況は多々ある。 そんな状況ないよっていうあなた。自分の信念をお持ちですか!上司や先輩に飼いならされていませんか! 信念なき人は犬に劣る。

物語の終盤、大介と十兵衛の会話で

「西軍は家康に負け、われら、忍びの者たちも、家康のあやつる忍びに負けた。 人の心と心が通い合う忍びたちが、冷やかな組織にあやつられ人形のようにうごく忍びたちに負けた。」

「大介殿、しかし、われらは負けていながら、心は満ち足りている。いささかも悔ゆるところはない。」

とある。何か物事をやりきったという時にしか出てこない熱いセリフだ。彼らは生き残りまだ出来る事があるのだ。

 

この話は、登場人物のほとんどが燃える情熱を乱世の中に叩き込んで、そこに生きる証を探りとろうという、意外と熱い話で読み応えも 十分だった。

また、単なる忍者小説ではないとは言っているものの単なる忍者小説としても十分おもしろい。

読めば自分も忍びの一人となり乱世の中をかけめぐるのです。このへんは想像力の個人差にもよるが、私は学生時代に一度この本を 読んで随分と陶酔していたものです(アブないやつだね)。

小説は映像より想像力を掻き立て、違った楽しみ方ができます。読んだことない方はこれを機にいかがでしょうか。

≪2004.8頃≫ 書込み


なんか手裏剣とか売ってたよ!伊賀流忍者店!

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