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風神の門(下)



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【ショートカットストーリー】

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参州岡崎に来た才蔵らは、甲賀の根城である西福寺で駿河侵入の計を練るが忍者獅子王院によって阻まれる。だが、斬るよりほかはない。 獅子王院らとの死闘により、才蔵は奴らが風魔であることに気づいた。だが毒をくらってしまい、命からがら退き、小若に助けられる。

その後、毒から回復した才蔵は、佐助の情報から再び獅子王院の足取りを追うのだが、獅子王院の幻覚によって取り逃がしてしまう。

佐助は戦間近という知らせにより大阪へ戻り、才蔵は獅子王院を討つまで残ることに決めた。意地以外のなにものでもない。 佐助が戻ったことを期に、幸村らは九度山を脱し、大阪に入った。そのうわさは駿府にいる才蔵の耳にも届く。

佐助が置いていった甲賀者の情報により、茶商伏見屋に獅子王院の部屋を見つけ乗り込む才蔵であったが、またも逃げられる。 部屋に残された才蔵に次々と忍者たちが襲い掛かる中、伊賀者を見出した才蔵は、伊賀のよしみで見逃してもらうこととなった。 才蔵はその伊賀者小平次から、獅子王院はいつも川を舟で行くと聞き、先回りして川へ出た。

影は来た。気配をころした才蔵に影は気づかない。 抜き打ちに葦をなぎ払ったその中に獅子王院の両足もあった。だが獅子王院は足を斬られたまま両手を脚にかえて逃げた。やがて 舟にとびこむと、追う才蔵に向かって逃がしてくれという。血が流れすぎたのだ。そのまま海へ出てそのむくろを沈めるのだろう。 才蔵は追うのをやめた。

その後数日、才蔵は駿府に留まり、家康が発つと時を同じくして発った。家康が京へ向かう間に、幾度となく陰忍を仕掛ける才蔵であった が、いずれも失敗。徳川軍に霧隠才蔵の名を知らしめるにとどまる。

家康は京へ入り、才蔵は佐助と再会。幸村により京における徳川方の重だつ者を斬れという命が下る。才蔵と佐助は影法師を語り、 京の都で辻斬りを始める。その不穏な動きに影法師を討ち取るべく名乗りを上げたのは兵法者彦坂伝蔵。

闇の中、伝蔵は影法師に立ち向かい斬り捨てたのだが、翌日になってそれが藤堂仁右衛門が密かに出した援護の者たちであったことが判明。 後に引けなくなった伝蔵は姿を消す。

才蔵は六条室町の妓楼で二月ぶりに隠岐殿と会った。隠岐殿は妓楼を右大臣の隠密屋敷として、客と枕をかわす女衆を使って 流言をながしていたのである。

そのころ、伝蔵は放免のビゼ六という男に力を借り、最近できた相州屋の名義人が最近なくなっているとの情報を得る。 その日、さっそく相州屋を訪ねた伝蔵とビゼ六は佐助扮する亭主を呼び出し、名簿を見て才蔵扮する斉藤縫殿が怪しいと割り出した。

才蔵は一足先に妓楼を出るが、伝蔵とビゼ六はその後をつけ襲い掛かる。だがビゼ六の子分の知らせを聞いた 所司代の人数が来たときには伝蔵とビゼ六の死体が転がっているだけであった。

所司代の手入れにより相州屋はつぶれ、才蔵は数日、雲竜院で過ごした。そこへ甲賀衆の首が八つ六条河原にさらされているとの情報が 飛び込んできた。甲賀者の僧が入り込んでいる寺で討ち取られたらしく、さらには隠岐殿が捕らえられたというのだ。

血だらけで雲竜院に戻ってきた佐助は、隠岐殿を救うために伊賀の下忍を使わせてくれという。甲賀の手だれは全て討ち取られていた。

佐助の用意した金塊によって才蔵は伊賀者どもを集め、隠岐殿が藤堂高虎の宿陣にあずけられていることを突きとめた。 しかも、あす、ひそかに斬られるというのである。

陣法は霞ノ陣と決まった。まず井戸に毒を投じる。三度に分けて入れる毒には、軽い下痢、倦怠感、睡気を起こさせる。毒死を出さない のは、城内が騒ぐのを防ぐ為である。隠岐殿にはあらかじめ忍び込んだ伊賀者によって飢渇丸を飲ませ、食事は取らせないようにする。

翌日、霧が流れはじめた。伊賀者が篝火に煙玉をほうり込んだのである。隠岐殿は三人の伊賀者 によって救い出された。霧は風によって流され始めたが、伊賀者どもはあらかじめ 撒かれた鉄菱をよけながら追手を振り切り、みごと隠岐殿を才蔵と佐助のもとへ届けるのであった。

隠岐殿を大阪の大野修理のもとへ届ける途中、才蔵はお国を見た。佐助らと離れ、お国を連れ大阪市中を歩くが数人の武士に詮議を かけられる。阿蘇大宮司家の家来斉藤縫殿が偽名であることがばれたのである。大阪の武士らは才蔵を捕らえ、取調べを行うが、 忍びである才蔵に縄など無意味。縄を抜けた才蔵が火縄をもかわし、背後の塀に飛び乗ったとき異様な精気を持つ男があらわれる。

男は新免宮本武蔵と名乗った。対峙する才蔵は五体の力を抜き虚に化す。隙をつくりさそったのだが、武蔵は乗らない。逆に武蔵も 剣尖をつきあげ、気合を発し揺さぶるが才蔵も動かない。両者動けぬままに仲裁に入ったのは真田幸村であった。幸村によって才蔵は、 幸村の陣所にゆくことになる。

家康は天王寺の茶臼山に本陣をおくと大阪城の隔離をもくろみはじめた。持久戦に持ち込もうというのである。 そして、大阪冬の陣では家康が講和にもちこみ、謀略をもって城を落とそうとした為、小競り合いが頻発しただけであった。 その心中を読み取った幸村は、挑発によって激戦に持ち込もうと考え、才蔵に意見を求めた。才蔵は幻術を使ってみるという。

才蔵、佐助ら甲賀者たちによって発生させた狐火により誘い出された前田勢の喚声によって、欲に眩んだ他の部隊の者たちまでもが 真田丸の前に押し出してきた。真田丸から降り注ぐ弾丸、矢によって野は鮮血にみちた。

それを受けて激怒する家康であったが、一方で和平工作は順調に進む。大阪方の意見が内部で分裂したことをしると家康は城内に向かって 射撃させる。この銃撃の恐怖により淀殿は和平勧告をうけることにした。冬の陣は終った。才蔵は町へ出た。

才蔵は商人津野宗全にあずけたままの青子を訪ねるが、いなくなっていた。江戸方のものにさらわれた、というより江戸方に戻った といったほうがいい。青子にもう危機はない。青子を巡る戦いからはじまり大阪方についた才蔵にとって、大阪にいる理由がなくなった も同然だ。

才蔵はとある妓楼で酒をあおるが、そこでお国の名を耳にする。そして中庭に小幡勘兵衛の姿をみつけ、事件の匂いを 嗅ぎ取った才蔵は、その夜、勘兵衛の部屋へ忍び入り、勘兵衛といるお国の姿を目撃する。

お国は諜者勘兵衛の手先だったのだ。才蔵はお国から事情を聞く為にナイの術を用いて家屋を鳴動させ、地震と勘違いし飛び出した 人々の中からお国を捕らえた。

お国は勘兵衛の情婦であった。情を通じた勘兵衛のために危ない橋を渡ってきたのである。才蔵とお国を追ってきた用心棒日野左内を 返り討ちにすると、才蔵はお国の前から去った。もう会うことはあるまいと……。

才蔵は春になって大阪にもどると、驚いたことに堀が埋められていた。家康にうまく丸め込まれたのである。家康はさらに難癖をつけ、 ついには大阪討伐の出陣を命じた。堀を埋められた大阪方は野外決戦をせざるを得ない。幸村はじめ各将軍らは先制攻撃を主張するが、 大野修理が異を唱えて軍議は進まなかった。

どうも大野修理に狐が憑いたのではないか。そこで才蔵に修理の狐おとしが命じられる。 才蔵はまず、隠岐殿の元へ忍び情報を得た。修理は最近小栗利兵衛なる者を召抱えたという。小幡勘兵衛に違いない。さらに五人の配下も つれているという。風魔なのだろう。

去ろうとする才蔵を隠岐殿は呼び止めた。才蔵にはめずらしく愛憐の思いがやどる。落城の際には、 隠岐どのを必ず救い出してやろうと約束するのであった。

小幡勘兵衛は戦慄した。朝になると郎従が一人づつ死体となって本丸の堀に浮かぶのである。勘兵衛は残り二人となった郎従を呼び、 曲者を返り討ちにする策を練っていたが、その場に忽然と才蔵は現れ、風魔二人の首を刎ねると勘兵衛を捕らえる。 だが才蔵はお国には多少の義理があると言い、勘兵衛を放つのであった。

家康はいよいよ駿府を発った。対する大阪方は通り道となるであろう大和と河内間で迎え撃とうという後藤又兵衛の案を容れた。 出撃準備でごったがえすなか、後藤又兵衛が準備の整うのを待たずに先発してしまう。又兵衛の献策を大野修理が自分の立案として、 秀頼に上申したことに憤慨を抑えきれなかったのである。

やむなく後隊の幸村が又兵衛の兵の指揮をとり出陣する。才蔵も従った。 敵の部隊と衝突した又兵衛の部隊は押していたが、伊達政宗、本多忠政の大軍に囲まれ、乱戦となる。 霧の発生によって遅れた幸村隊は間に合わず、ついに又兵衛は討たれ、敗走し城内へ引き上げた。

戦もいよいよ決着のとき。言うまでもなく大阪方の惨敗である。才蔵は佐助に最後の合戦には出ないことを告げる。 臆したのか、いや、そうではない。才蔵には最後の仕事が残っていた。

「隠岐殿を城から落とす」

才蔵は無事に隠岐殿を城から救い出すことができるのか・・・・・・!?

【コメント】

⇒ ショートカットストーリーの術
まだちょっと待ってて



なんか手裏剣とか売ってたよ!伊賀流忍者店!

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