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風神の門(上)



【主人公紹介】

霧隠才蔵:本名を服部才蔵という伊賀の上忍。クールでニヒルな男前。天下が徳川に傾きかけたことで、忍びとしての仕事が減り、 ぷらぷらしていたところ、事件に巻き込まれていく。わがままで独り勝手な行動が多く、友達にはしたくないタイプだが、 なぜか女にはモテる。

【ショートカットストーリー】

⇒ コメントの術

才蔵と孫八は八瀬ノ里へ沐浴しに向かう途中、何者かに襲われる。返り討ちにし、残った者達は人違いだといって引いていった。 誰を斬ろうとしたのか、思案のまま八瀬の湯殿で出会った女に才蔵は恋をする。

才蔵は、女が菊亭大納言の三ノ姫青子と名乗っていたことをつきとめると、さっそく聞く亭屋敷に忍び込むが、そこであった女は 青子と名乗った。八瀬で会った女ではなかった。

才蔵は滞在している分銅屋の二階から、ふと女の一行を見かけ、孫八につけさせてみた。夜になっても孫八は帰ってこなかった。 孫八を捜しに出た才蔵は、菊亭屋敷に忍び込む一行を見つける。一行がかどわかしたのは大納言ではなく、青子であった。

不意に怒りをおぼえた才蔵はなんの成算もなくとびだし、名乗った。江戸方にも大阪方にも名を売っておくためである。 一行は才蔵を斬ろうとしたので、返り討ちにひとりを斬捨てた。一行はいずれあいさつに参ると言い残し、去った。

才蔵は青子を助けた礼に、菊亭大納言に会う約束を取り付け、分銅屋に戻ると、孫八は戻っていた。

孫八は女の供の一人に尾行がばれたが、その男は才蔵のことを知っていた。 孫八は抜き打ちに手の血管だけを切られたのである。毒は塗られていなかった。その様子から才蔵が思い浮かべたのは 甲賀の猿飛佐助であった。

数日後、青子から呼び出しの手紙が届いた。翌日、示された蓮台院で会ったのは青子ではなく、青子の名をかたっていた女、 隠岐殿であった。

隠岐殿は才蔵に味方になるよう言ったが、才蔵はまだ道を決めない。そこへ佐助が現れ、さらに迫るが、それでも同意しない才蔵に 襲いかかる佐助以下甲賀衆であったが、隠岐殿に制止される。

その後、黒屋敷の俊岳からもさそわれ、やや江戸方に傾く。そのことを佐助に伝える才蔵。佐助はその つかみ所の無い才蔵への警戒心を高めるばかりである。

才蔵は定期的に菊亭屋敷に通っていた。才蔵としては菊亭大納言と繋がっているということを江戸方、大阪方に植え付けようとしている のである。才蔵は菊亭家内の江戸方の密偵から黒屋敷に来るよう俊岳の伝言を受けた。

その後、青子に会った才蔵は、 青子が翌日隠岐殿と会う予定だと言うことを聞きだす。菊亭屋敷を出た才蔵は先に黒屋敷へ向かう。 俊岳(鳥居左京亮忠政)が命じた最初の仕事は、隠岐殿を斬れということであった。

才蔵は青蓮院へむかう。隠岐殿が青子と会う場所である。だが青子はおらず、聞けば屋敷にも戻っていない。隠岐殿の行方も不明と なっていた。

ひと月たったが今だ二人の行方は知れない。才蔵は仲間の伊賀者らから、佐助が女乗物をまもり九度山の真田左衛門佐幸村のもとへ 向かったとの情報を得た。

才蔵は九度山へ向かう途中、賊に襲われるが返り討ちにし、賊に捉われていたお国という女を助け出す。才蔵はお国の身上を訊ねたが、 お国は答えない。だがどうやら才蔵のことは知っているらしかった。才蔵はお国を伴い宿へ泊まり、甲賀者の襲撃を受ける。

お国は佐助らと繋がっていたのだ。一足早く逃げ出していたお国に甲賀者が狼藉を働こうとしたとき、襲撃を突破していた才蔵が助けに 入り、成敗した。(おれは、お国に惚れてしまったのだろうか)才蔵は戸惑う自分をよそに、真田屋敷へ向かった。

才蔵は幸村と会った。才蔵は幸村が引きとめるままに十日以上も屋敷に逗留してしまう。幸村はどういうつもりなのか。ただ屋敷には 佐助や隠岐殿、青子やお国もいなかった。

十二日目の朝、鹿狩りへ連れ出された才蔵は、佐助との術比べを強要されようとする。しなければ殺す、負けても殺すというのだ。 当然姿をくらます才蔵であったが、甲賀者の放った毒煙によって捕えられる。

牢へ入れられた才蔵のもとへ佐助がやってきて、頼みごとをする。駿府に忍び入って家康の命を縮めようというのである。 幸村は才蔵を高く買っているのである。それに心揺れた才蔵は引き受けた。

才蔵は幸村への挨拶を済ますと佐助、青海入道とともに大野修理治長のもとへ路用の金銀を受け取りに向かう。そこで預かっていた 青子がさらわれたという。黒屋敷のものに違いない。才蔵はそのまま京へのぼり、分銅屋に入るなり孫八に黒屋敷を調べさせる。

青子はやはり黒屋敷にとらわれているようであった。そんな中、お国が分銅屋を訪ねてきて、いっそ殺してしまってはという。 大野修理や隠岐殿の指図でもあるという。才蔵は怒った。もう関東にも大阪にも味方するのをやめるという。むごすぎる、才蔵は 命をかけてでもあわれな青子を男の一分で救い出してやるという。

翌夜、孫八へ指揮を任せて、黒屋敷への討ち入りを開始する。屋敷に火をかけた伊賀者どもは見事に青子を救い出した。

才蔵は青子を連れ堺へ行くと、以前堺仕として雇われていた商人津野宗全のもとへ預け、佐助と合流。 京を発った才蔵らは隠岐殿のいる小屋へよった。

隠岐殿は浜辺へ才蔵を誘う。才蔵は先に向かったが、後から来たのは隠岐殿ではなく、 お国だった。お国は隠岐殿らは黒屋敷の者らから逃げたというのだ。

思案にふける才蔵は小屋へ戻ると、黒屋敷の人数がお国を捕らえていた。 お国を救った才蔵は舟で逃走。追ってきた者らはすぐに引き返していった。お国には不審なことが多い。そのころ隠岐殿と佐助は お国に対しての不審を抱いていた。

旅籠でお国と離れた才蔵は再び佐助と合流し伊勢路に入る。 途中、本多家の御典医海瀬良玄の屋敷に寄るが、不審を抱いた才蔵は探りを入れると、やはり良玄は関東側であった。

良玄の前から姿をくらました才蔵は屋敷内で良玄の妾、小若と出会う。 良玄は才蔵を討とうとした為、返り討ちに。そして百人ほどの人数に屋敷は囲まれ、才蔵は小若を連れ出すことにするが・・・・・・


【コメント】

⇒ ショートカットストーリーの術

有名作家の小説は高尚である。なにげない文章の中になかなか良いことが書いてあったりする。なにも他の作家たちのことを馬鹿にして いるわけではない。

ただ時代背景の説明やらが長ったらしいのが気になるところだが、年寄りの話は長いということと同様であると 解釈しておこう。

俺が一番気に入ったのはここだ。主家に仕えて忠義を尽くす甲賀者佐助と、あくまで個人主義である伊賀者才蔵との「忠義」 についての論議。


p138〜140より抜粋。才蔵と佐助の会話

「きくがよい、佐助。われわれ忍者には、ただの侍とちごうて、技術がある」

「ある」

「ただの侍にはそれがない。あるとすれば、兵法使いぐらいだろう。なんの技術もない侍が世に立ち、めしを喰わねばならぬと思うとき、 主人に犬馬のごとく仕えるしか手があるまい。忠義、義理、恩義などというものは、そういう手に職のない武士どものうたい念仏よ」

「わからぬ」

「されば、きこう。佐助は、京から江戸まで百二十五里を、いく日で走れる」

「三日」

「壁を横につたって天井に吸いつけるか」

「できるわさ」

「水中に身をしずめて、何日のあいだひそむことができる」

「二日」

「堅城に忍びこんで大将の寝首を掻けような」

「時と場合では」

「そうであろう。そうでなくては、猿飛佐助ではない。それほどの技術をまなぶのに、われわれは、三歳のときから、死ぬようなくるしみ を重ねて、こんにち、猿飛といわれ、霧隠といわれるほどの者になった。これほどの修行を、たれのためにした。主人の犬馬になるためか。 ではあるまい。おのれのためじゃ。おのれが、たれの奴婢になるためではなく、技術だけでのびのびと世をひろやかに生きてゆく ためであった。とすれば、猿飛佐助ほどの忍者が、ただのくず侍と同様、忠義、恩義などと念仏をとなえるのは妙ではないか」

「わしにはわからぬ。が・・・・・・」

佐助は、小あじで単純な男なのだ。

「人には、それぞれ生きかたがある。わしは、おぬしが笑うその忠義というものが好きでな。たれかのために命を捨てようと思うとき、 身も心もはずむのじゃ。これも男の一生ではないかと思うている。(省略)」


つまり何が言いたいのかというと、現代社会に置き換えるのと良くわかる。 現代は強い者だけが生き残る社会ではない。少なくとも日本での話しであるが。弱い者でも国によって守られているといえる。

つまり何の技術を持たない者、才蔵のいう侍でも会社に平伏し、手もみしながら言うこときいて働いていればめしが喰えるのである。 もちろん給与はそれなりしか貰えないが。

才蔵が言っているのは己の身一つでやっていこうという、職人肌もしくは、外資系企業のような個人主義ではないだろうか。 職人は自分に合わなければさっさとやめて自分に合うとこ探しに行くし、外資系は個人を高く評価してくれて給料高いけど、 結果が出せなきゃすぐクビになる。

でも日本の会社っていうのは元々、敗戦後の弱った国からみんなで手を取り合って、助け合いながら頑張っていこうっていうとこから 始まっているから、何か失敗があっても、結果が出せなくってもすぐにクビとかいうことはあんまりないんだよね。

だから実力がある人にとっては、それが生温く思えたりすることもあるんだろう。それが才蔵だ。 才蔵はそういう技術を持たない人のことを馬鹿にしているんだよ。もちろん俺様も馬鹿にされる側だがな。

佐助はそれに反論する。佐助は会社の為に一生懸命働いて、がんばることに生きがいを感じているのだ。なんていいやつなんだ! だがしかし、俺には佐助のように忠義の心もなく、才蔵のような自信も技術もない。 佐助の生き方は素晴らしいと思うが、才蔵の生き方のほうに俺は憧れてしまうのだ。

だから才蔵みたいになりたくて、色々やってはみるがなかなか上手くはいかない。それでも俺は諦めずに続けている。それが俺の生きる 道なのだから。俺は今できることの最善をやろうとしているが、思えば俺の少年時代はもったいなかったといえる。

将来についてはなにも考えていなかったのだから。今更ながらに気づくことだ。生きていたんじゃあない。国や親に生かされていたのだと。 才蔵に教えられたことだ、自分に技がなくては、のびのびとひろやかに世を渡っていくことはできない。だがしかし、少なくとも今は言える。 生かされているんじゃない、悪あがきでも、生きているんだと。

さて、熱くなってしまいましたが、忍者話について考察します。 上のショートカットでは省略してますが、兵法者源内との対決について。

兵法者源内は正面から才蔵を斬ろうとするが、忍者才蔵は正面衝突を避けるため、源内の白刃を奪い取り、遠くの木に向かって 放り投げてしまうのである。

「伊賀にはこのような技もある」と言いつつ、そのまま立ち去る才蔵。 武器がなければ奪えばよいという格言があるが(誰の?)、ここでは武器は持ってたけど奪ってしまおうという意外にして大胆な行動。 やるね。相手に気取られずにものを掠め取るという、賊に近い技を戦闘に盛り込んだ忍者ならではの闘いを見たね。

兵法者源内は剣術を主にしているのであろう。無手となっては才蔵には敵わないとの判断。それを見越して才蔵は悠々とその場を去る。 忍者は戦いを避けることに重きを置いているため、この勝負は才蔵の勝ちである。その場で止め刺してもよかったようにも思えるが・・・・・・。

結局、後に二人が会ったときには、物陰に潜んだ才蔵の気配を読み取った源内が、そこへ飛び込んだところバッサリ才蔵に斬られるという、 あっけない幕切れとなる。そんなに不用意に飛び込むなよ源内〜っと言いたくなるが、動かなければ得られないものもある。自信があった んだろう。

源内はその気配が才蔵であるかどうか知ってか知らずであったが、相手に姿を一切見せずに斬る才蔵に、 これが忍者の戦い方だと言わしめる、忍者の真髄というものを見せられた今日この頃であった。

後編へ続く・・・・・・



なんか手裏剣とか売ってたよ!伊賀流忍者店!

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