渋い戸部新十郎が送る、渋い短編集です。伊賀者に関わる話のみの10編で構成されています。
風魔小太郎は新興の江戸の街を侵す兇盗、侵し、掠め、犯す。その一派の中に甚内はいた。ある日、本町の店を襲った後、盗人宿で休んで いると夜回りが現れた。物陰から湧くように人影が立つ。ただの夜回りとは思えない。北条家の乱破に対して、徳川家の伊賀者が駆り 出されたのだろう。
仲間の大半がやられ、隠れ家に戻ると、中で少年が草笛を吹いていた。手下と獲物を失い、気が立っていた小太郎は甚内に殺せと言ったが、 甚内は少年を外へ連れ出し逃がした。少年は少し笑って見せた。
甚内が戻ると、小太郎は裏切り者がいると言って荒れていた。うまくいかなかったときのいつものことである。甚内は相州乱破にその ような者はいないと言うと。小太郎は急に笑った。甚内が振り返るとあの少年が覗いていたのである。
小太郎の笑みが止んだ。甚内は少年の首根っこを押さえると、葭の中を走った。「困ったやつだ」少年は答えず、草笛を吹いていた。 その音色を聞きつけ、小太郎の手下がやって来て根分けすると言った。分派である。甚内、少年こと太郎を含め、総勢7人であった。
太郎はそこいらの草でも、吹き鳴らした。その音を聞くと、甚内はなぜか仕事がやりやすかった。夜回りの姿を見つけると、僅かに音色を 変えるのである。物音はほとんどしなかった。ひそやかに侵し、ひそやかに掠める。
が、今夜は物音が伝わった。近江屋左次兵衛の店へ入り、三人やられたのである。近ごろ、商人たちが牢人を雇い入れているとの情報 があった。本当だった。
甚内たちは盗品流しをしている鳶沢甚内のもとを訪ねた。盗賊の方は庄司甚内である。もう一人、勾坂甚内というのがいるが、これは 甲州透破の残党である。庄司は鳶沢に風魔は狙われていると聞かされる。
江戸市民は盗賊が、いくつもの集団であることを知らない。甚内一党の仕業も風魔の所為になっている。これからの仕事が難しくなった、 そう話していると仲間の二人は出て行った。もう戻ってはこないだろう。
庄司は太郎に「おまえも、去ってもいいんだぜ」と言うと、太郎は考えを言った。庄司は太郎の声をはじめて聞いたような気がした。 太郎はこれからは捕まえる側に廻ったらどうだろうというのだ。
二人の甚内は、盗賊にも義理があるといって、笑い飛ばした。納得したわけではなさそうだったが太郎はうなずくだけだった。 だが実は、二人の甚内は当てにならない仲間の心を知っていたのである。義なぞ、どこにもないのだ・・・・・・
そこへ勾坂が来た。駿府から運ばれる金を襲う為、人数がいるので風魔に渡りをつけて欲しいという。庄司は勾坂の下に加わることにした。 勾坂、風魔他一団は江戸を出た。
先回りするといって山を下りた勾坂党を尻目に、小太郎は抜け駆けし、黄金の列に襲い掛かった。が、突然、背後からの銃声とともい襲い 掛かる一団が現れた。勾坂の詭計にかかったのである。手下は斬り捨てられ、小太郎は捕らえられた。
さらされた小太郎の首を、庄司と鳶沢は眺めていた。勾坂は褒美を貰い、風魔の残党に狙われているという。褒美はお上のほうで、無理に 押し付けたという。
褒美によって盗みを止めればよし、売ったと知って、仲間に狙われるようになってもよし。すべてお上の仕組んだ仕業だったのである。 いったいどのようにして・・・、二人の甚内の内に、ある人物の姿が浮かんだ。
鳶沢宿へ戻ると、風魔の残党が来た。勾坂をやるのだと。庄司はお上のために力を貸すと、盗賊を取り締まる側につくと、残党に対して でなく、太郎の方に向いて言った。残党は勾坂をやれるならそれでもいいと納得した。
庄司はそのまま勾坂の元へ出向き、逆に風魔の残党を売り渡す話をつけた。再び宿へ戻った庄司は、そのあらましを鳶沢と太郎に述べると、 太郎に曲者がいないか見てきてくれという。つまりお上に連絡せよということだった。外から草笛の音が聞こえた。
翌未明、多摩川べりに集まった勾坂党へ、風魔の残党とともに庄司は襲いかかった。賭けだった。太郎がその筋へ伝えたかどうか。 やがて庄司自身も勾坂党に取り囲まれた。気配がおかしい。庄司もろとも斬り捨てるつもりなのである。
勾坂党が周りをぐるぐる廻り出した。透破の手である。これに対し、庄司は残党らと円陣を組んで廻りはじめたそのとき、かすかな笛の音 が聞こえた。きた!果たして、庄司はこの危機を乗り越えることができるのか・・・!?
伊賀同心「波」組の三人の若者たち――紀ノ犬丸、矢ノ五郎、藤ノ太助らは僧形が伊賀屋敷へ入るのを見た。波組の組頭の万蔵であった。 万蔵は三人に次の組頭を選ぶために、心して競えという。
ある日、大頭服部半蔵に呼び出された三人は、雪の埋まった穴倉に一人ずつ入れと命ぜられる。数日経って表を開けたとき、息災でいた やつが勝ちだというのだ。
三人にとっては災難でしかなかったが、ただ一つの望みは生き延びたやつが勝ち、つまり勝ったやつは波組頭ということである。 開始は明朝からということになった。明朝ということは、それまでは工夫を凝らす時間ではないか・・・・・・
明朝、三人は来た。太助は綿入れを、幾重にもまとっていた。達磨のようである。五郎は軽く懐手をしているだけだった。悠然である。 犬丸はというと、万蔵に意見を聞いた。一度仮死状態に陥ってから、人肌で蘇生するのがよいと。犬丸は万蔵の娘、ときに手助けして もらうことを約束していた。
三人は穴倉へと入った。蓋が閉められる。なんのために、ここへこもらねばならなかったのか・・・・・・ 犬丸はただ、仮死という眠りに陥っていった。
どれだけ経ったろう。犬丸は思い浮かべた、全裸のときが、全裸の犬丸を抱きしめる幻影を。 番衆の声が聞こえた「強いやつだ、平気でよみがえったわ」そして、犬丸は傍らにうずくまる女の足首を見た。「ときどの」犬丸は 呼んだが、返事はなかった。
いったい何故に三人は雪の氷室へと入れられたのか?太助、五郎の安否はいかに・・・・・・!?
本多佐渡守正信の手の者で、千賀地ノ藤内という伊賀者がいた。異名をあしといった。あしはとにかく脚が速かった。
徳川家康は上杉景勝討伐に東下する際、上方に残る家康方唯一の拠点、伏見に鳥居彦右衛門元忠をおくことにした。家康東下のどさくさに まぎれ、石田三成がことを起こすのは、決まりきっているようなことだったからだ。
そこであしは、本多正信に呼ばれ、伏見に残り、三成が攻め込んできたときの最後の使者となるようにと秘命を受けた。あしはさっそく、 その日から伏見城内に潜むことになる。
だが、天井裏には先客がいた。そつは大岩小岩と名乗った。忍びでもなんでもない、れっきとした元忠の家来で、腕力と多少の身のこなし を認められて、最後の使者に選ばれたのだろう。
大岩小岩が言うに、戦を見れば、雄叫び、獲物のきらめきに、じっとしておれずに闘うことになるかもしれない。闘えば死ぬかもしれない。 つまり最後の使者として自分は、戦を見なければよいのだと。そのために天井裏にいるのだと言う。
あしは大岩小岩に戦に出るよう促すが、断固として断られる。あしには安穏の場所として、この天井裏しかなかったので、この天井裏の 住人の気を柔らげねばならなかった。
こうして、天井裏での二人の奇妙な共同生活は始まる。そして、いよいよ石田三成が攻めて来たとき、二人が起こした行動とは・・・・・・!?
戦に論功行賞はつきものである。大阪の役後、呈出された訴状のなかに〈片桐市正且元家臣、秦切左衛門〉という著名のものが紛れていた。 訴状は当人の仕える主家に対して出す。ここは片桐家ではない。訴状は黙殺されることになったが、その不心得な訴状に興味を覚えた多岐 某という使番が、ひそかに秦切左衛門の行状について調べた。
切左衛門は顔が樺色に沈み、抜刀術を得意とした。抜刀術の普及していなかった当時では、不思議な刀法に思われたらしく、本多正純にも 切左衛門は伊賀者だと思われていた。だが切左衛門は伊賀者ではない。
ある日、切左衛門は正純に呼び出された。正純は言う。関ヶ原の戦での第一の功労者は誰か、それは石田三成であると。三成に早く死なれ ては困ると、三成が福島・加藤らから追われたとき、家康はわざとかくまってやったことがある。
次の戦で三成に劣らぬ功労者になるのは、何者であろうか。それは片桐且元であると言うのだ。且元は二股膏薬との噂で評判が悪く、命を 狙う者も多かった。その且元に生き長らえてもらうために、切左衛門は且元の警護にあたるよう命じられた。
実際の且元はくったくがなかった。切左衛門は見方を改めねばならないのではと思ったのだが、且元の家来の頭分である忍び、桐若に よってくつがえされていく。「お前はむじなの正体を知らんという事だ」むじなとは且元のことであり、そのむじなに騙されているという のである。
主人を呼び捨てにする桐若とはいったい何者なのか?桐若とともに働くうちに、明らかになっていく且元の素性とは?そして切左衛門の 出した訴状の真の意味とは・・・・・・!?
甚六は大阪の軍勢が退いていくのを眺め、敵勢にいるはずの小太郎の顔を思い浮かべた。甚六と小太郎は幼なじみである。対照的な性格 であったが、いつもつるんで山野を駈け廻っていた。甚六が小太郎を憎むようになったのは、少女「なみ」の存在だった。
甚六は、なみが小太郎に好意を持っていることが気に食わなかった。甚六は伊賀組同心として江戸に来るとき、なみを犯した。甚六が 江戸へ来てまもなく、小太郎となみは在所から消せたという・・・・・・
大阪城は翌日に陥ちた。甚六は大阪から伏見へもどると、親方へ大阪方の状況を報告し、新たに仕事を与えられた。秀頼の子、国松丸を 殺すというのである。手がかりはこの子だけだという。その子の名をぎぼうといった。国松丸の遊び相手なのだろう。
甚六はぎぼうが取り残されていたという国松丸の隠れ家へ行くと、乱雑に積まれた夜着の下に釣り独楽を見つけた。後年のヨーヨーである。 ぎぼうにやろうと思い、釣り独楽を持って表の間へ戻ると小太郎がいるではないか。
甚六はなみのことを訊ねてみた。死んだという。小太郎も国松丸を追っているようである。ただ違うのは甚六は殺す為、小太郎は 救い出す為であった。そして、相当に腕を上げているようだった。甚六はうしろ足に隠れ家を出た。
ぎぼうは釣り独楽を見て、たいそう喜んだ。もはや甚六ばかりになついている。甚六はぎぼうを連れて市中を歩き廻った。歩き廻るうち、 何かにぶつかり、ぎぼうの心が反応するというわけだ。
ついつい買い与えた水菓子を食べるぎぼうを見ていると、親になったような気がする。そして得たいの知れない満足感にひたることが できた。ただし、肝腎なことを聞くと、黙りこくったり、はぐらかしたりするのである。
数日後、親方が太閤秀吉の北政所、ねねの隠れ家を思い出したという。国松丸は義理の孫、かくまわれてもおかしくない。もっともな話で ある。どうしてこれまで気付かなかったのか。甚六はさっそくぎぼうを連れ、東山高台寺へと向かう。
果たして、甚六は国松丸を見つけ出すことが出来るのか?その後杳として知れない小太郎の動向はいったい!?そして、ぎぼうの意外な 秘密が明らかに・・・・・・!!
「殺ってみるか」遊行僧の身なりのじいに命ぜられるまま弓若は、藪の果ての堂へ忍び寄った。侍二人に女一人。三人を殺した弓若に、 じいからの賞詞はなかった。仕留めるのが当然、といわぬばかりであった。なにもわからぬ弓若へ、じいは駿府の城を「探っておくか」 と言う。
駿府へ潜入し、石垣を登りきった弓若は幾つもの黒い人影に囲まれた。弓若は動けなかった。影が言うに、大阪方は最後の使者を失い、 戦の日が近くなった。戦がはじまり、豊家が潰れるのは弓若のせいであると。突然、右顔面に痺れが走り、弓若は石垣をずるずると ずり落ちた。
弓若が大阪へ戻ると、東西は手切れになっていた。右顔面はざくろに割れ、左手足の自由を失っていた。真田幸村と談笑していたじいは、 弓若にここで働くことになるだろうと言い、弓若はやけくそのように、どうせ豊家は潰れるといった。「こんごうが、そういったか」 じいは弓若の疵を見てそういった。
戦がはじまった。冬は動きがなかったが、夏に入ると、敵味方入り乱れての混戦になった。「狙いは家康だけだ」じいは走り出した。 弓若もそのあとを走る。旗印が散乱している。陣羽織のうしろ姿が見えた。小太りで、背が低い。指の爪を噛んでいる。家康だ!
じいの姿が家康と重なり、なにかがきらめき、血しぶきが上がった。弓若は駆け寄ったが、そこには黒い影が一つ立ち、その足元に血を 噴いて倒れていたのは、ほかならぬじいであった。(こんごうか)影は家康を抱えるようにして、丘を下りて行く。
血まみれのじいを弓若が抱え起こした。「二条城へ走れ。そこで殺るとするか」いつもの厳命だった。顎も、かすかに動いた。じいの最後 の仕草であった。
命を受けた弓若は、二条城ニノ丸書院の床下へ潜り込むが、そこにはすでに先客として老婆が土中に埋まっていた。自ら蛾と名乗る のだが、いったい・・・・・・!?
少年矢太はお婆と二人、伊賀くろの森で暮らしていた。矢太はお婆に全てを教え込まれた。翔ぶこと、走ること、刃物を遣うこと、そして おとこを鍛えることも・・・。
ある日、衛門七はやって来た。衛門七は仲間を脱けて、商人になり下った者である。「その子が欲しい」衛門七は言った。下忍の律儀を 忘れた同心が、若お屋形さまに危害を加えようとしていると。
お屋形に仕えるため、お婆の承諾を得た矢太は衛門七について江戸へ行く。二人は麹町の安養院という寺へ来た。大きな墓石が立っていた。 〈三州住人服部石州・五十五歳〉大お屋形の墓である。
そこへ同心二人組みがやってきて衛門七を襲った。矢太は手を出さなかった。衛門七は血をしたたらせながらも、おまえの身に万一あって はならん、よく手を出さなかったと言った。
二人は若お屋形へ伺った。若お屋形は同心に襲われるが矢太によって守られる。お屋形は言う。もうわれらの出る幕のない世の中になった ことに、やつら気付かんのだ。戦の世に重宝されたものは、平和になるとうとんぜられる。どころか、要慎される。だからやつらとの接触 を避けているのだと。そこに不協和音が生まれていた。
その夜、甲山四郎兵衛という同心が訪ねてきた。四郎兵衛がいうには若お屋形が同心どもの扶持を私なさっているというのだ。さらに、 若い者どもが若お屋形を単純に憎むようになってきたと。衛門七は若お屋形が同心に襲われたことを告げると、四郎兵衛はそのせいか 西国行きを命じられたと言う。
一両日あと、矢太は若お屋形の屋敷へ上がることになった。衛門七は言った。毒を喰らえとあらば喰らわねばならぬ、死ねとあらば 死なねばならぬ。常にお心を慰めねばならぬと。
ある夕、呼び出された矢太は、妙な間へつれていかれた。御簾がかかげられた内にお屋形がいるのがわかった。まもなく若い女が連れて こられ、矢太と触れ合うばかりに座らされた。四郎兵衛の娘ふさではないか。
二人は老女によって、衣服を脱がされた。素裸の少年と少女はとり残された。「初穂の子は、これだからおもしろい・・・・・・」御簾の内で お屋形がささやいた。いったいお屋形は何を考えているのか・・・・・・?その後、訪れる伊賀組の命運とはいかに・・・・・・!?
〈兼六園〉そこに湛える霞ヶ池や瓢池の水は、辰巳用水よりもたらされる。この用水は金沢城内二ノ丸に噴出するのを目的とした。 しかも、城内に入れるのではないと見せかけるために、兼六園の外へ滝として落下させた。霞滝という。眼をかすめる滝ということか。
辰巳用水のできる前年、由比文内は二十になった。おやじの七兵衛は馬廻組で二百石。算勘術をしこまれた文内は、七兵衛がふいに つれてきた民部という男に、板屋兵四郎の話を聞かされる。
兵四郎は春日用水、大江戸用水を造ったことがある。今、加賀藩では防火用水に名をかって水を入れようという。そこで算勘術を使って 普請の手伝いをしたらどうだという。文内は手伝いたい気はあったが、七兵衛は慎重だった。
七兵衛は夜歩きすることが多い。ある夜、文内はそっとつけてみた。人家が絶えたあたりで七兵衛は姿を消すと、いきなり背後にあらわれ た。「きたな」自然、二人は無言で歩いた。やがて灯りの列が見えた。例の普請で兵四郎が水路とすべき勾配を計っているのだ。 おやじはこんなことに興味があるのかと文内は思ったが、七兵衛は否定した。
しばらくして、江戸から急使が来た。公儀が加賀藩の近ごろの行動に嫌疑をかけてきたのである。加賀藩ではうろたえまくった。だが、 七兵衛は言う、加賀には隠すべきなにものもないのだ・・・
文内は水の取り入れ口、上辰巳へ足を運んだ。武士に呼び止められ、調べられる。武士が言うには加賀藩に”潜み”がまぎれ込んでいる のだと。家に戻ると、民部が声を荒げていた。
なにやら不審状がどうとか・・・。七兵衛が藩内の秘事に属することを調べ、作成したということか。”潜み”の語句がよみがえる。文内の 気配を察したのか、二人の声は低くなる。文内が上辰巳を見てきたことを告げると、民部は七兵衛へ文内に普請の手伝いをさせるよう 命令口調で言った。
春がきて、文内は七兵衛に普請の手伝いに上がるかと言われる。民部に促されたからではないことを窺わせたが、文内にはどちらでもよい ことだった。そして文内は辰巳用水の工事に携わるのだが・・・・・・!?
ある春の夕べ。伊賀組同心組屋敷の長屋の内で、久馬はまどろみ、夢を見た。崖から奈落の底へ落下する夢を。しかし、いつの間にか 落下していくのは、おやじの久左衛門となった。久馬は崖の上に立ち、その様を見ていた。不吉な夢であった。
ふいに久左衛門は帰ってきた。不吉な夢に対しての健在ぶりである。久左衛門は仕事を引退し、久馬を同心仲間の娘まんと結婚させる と言う。唐突な話である。祝言はその日に行われた。
祝言を終えると久左衛門は血を吐いた。肋骨が折れ、体内に喰い込んでいたのである。武器で打たれたのではない。なにか巨大なものに うちつけたような・・・。不吉な夢がよみがえる。祝言はそのまま通夜となった。
ある日、久馬は組頭の五郎兵衛に呼ばれ、もと越中の領主佐々成政が山中に埋めたという金の探索を命じられる。久左衛門の跡を継ぐの である。
みちのくの外ヶ浜なる呼子鳥、啼くなる声はうとうやすかた
うとうとは善知鳥の親の啼声で、やすかたは雛の啼声である。つまり親子が越中へ行くのだと・・・。久馬はその夜、ふらりと家を出た。 いつもおやじがなんの前触れもなく家を出たように。
立山を訪れた久馬を待っていたのは杣人の与蔵。おやじの情報ではこいつが埋蔵金の隠し目付・・・。久馬が近づくと与蔵は振り返り、 自然に笑いかけた。「りょうはんさんの伜ではないのかね」与蔵がさきに言った。
うまく取り入ることができた久馬は、しばらくの間、与蔵に山の案内を世話になることになったのだが・・・。やがて久左衛門の死の原因が 明らかになったとき、久馬は・・・・・・!?
伊賀伊久呂ノ森で生まれた才丸は、忍びとして鋳型にはめ込まれて育った。里の衆は、まぎれもなく伊賀の忍びとして育っていた。何の ために、誰がどのような企みで作り上げているのかわからない。
人影が一つ、深い夕日を浴びて駈け、仕事を持ってきた。行先は、日本橋吉原近江屋多十郎の店。才丸はそれまで里を出たことがない。 本来なら目新しい外界の風物に捉われることなく、ひたすら街道を走り日本橋へ向かった。
多十郎に会い、さっそく仕事を命じられた才丸は、若い衆に連れられ牛込村の観音堂へ入った。やがてだれかがくる。きたらすべて討て。 と、若い衆は出て行った。
才丸は堂のあらましをのみこんだ。闘うための点検である。堂内には観音像が一つ、仏像に似せたマリア像で あった。御用提灯が堂を取り囲むと捕方が駆け込んできた。才丸は逆さ吊りの恰好で忍者刀をきらめかせた。闇に黒い血潮がとぶ。
「凄い腕だ」若い衆が才丸の部屋へきて称賛するなり、名を源介と名乗った。どうやら切支丹らしいのだが、才丸は知りたいとも思わ なかった。
才丸は次々と仕事をこなしていった。邪宗徒に関わりある役人たちが、ぶざまな醜態をさらしていく。ある日、一人の武家の前に才丸は 手足ふるえるのを覚えた。かつてない昂ぶりである。柳生但馬守宗矩。才丸は源介に抑えられた。あいつはいいのだ、と。
大きい仕事がきた。将軍家光を殺ってもらう。多十郎は笑ったようである。家光は大奥にいるという。源介はいずまいをただすと、 素早く十字を切った。ディウスの御名により・・・
やがて二つの影は、城の堀端に立った。源介がおとりとして暴れているうちに、才丸は濠を渡った。城内は広い。だが、いくぶん余計な 障害があるだけで、城そのものはやはり大小に関係ない。
突然、才丸の身辺に風を切る光りものが飛来した。背後の石垣で、鋭い金属音が響く。才丸は身をひそめると、静寂が冴え渡る。その静寂 は迫り来る相手の気配を伝えていた。才丸が踊り立つと、幾つかの黒い影が血臭をよどませのけぞった。
ぼんやり上から、灯りが降りてきた。才丸の近くを照らした龕灯が、一点の黒い物体を浮かび上がらせた。それは串刺しにされた源介に まぎれもなかった。才丸は石垣を一気に駆け登った。
「やはり、うぬか」顔前に、荘重な声がした。柳生但馬守宗矩!すかさず才丸の投げた石つぶてが、龕灯を打ち砕く。闇。二本の刃が 火花を青く、散らした・・・・・・!!
庄司甚内が小太郎のもとを離れ、根分けするとき、何かこう新しいことを始めるときの期待感というか、ワクワクするような胸躍る感? が非常に俺の心を貫いた。気心知れた奴らだけで何か始めるってのは楽しいもんだね。
こうして得体は知れないが、仕事のし易い太郎を含め、新たに盗賊稼業を始めるわけだが、やがて今風に言うとセキュリティが厳しく なってきて、仕事がし難くなってくる。時は常に流れているから、いつまでも同じじゃやっていけないんだよ。常に新しいことを考えて いかねばってね。
そこで太郎の捕まえる側にまわれば、との発言。実に確信をついている。犯罪心理学は犯罪者に聞くのが一番手っ取り早い。甚内たちは、 ありもしない義を理由に笑いとばすしかなかった。どうしようもなくて笑ってごまかすとは、荒技だ。
そして太郎の正体は、若いができる伊賀者であるという。潜入捜査だったんだよね。虚を突くのが忍びというもので、子供という時点で すでに虚を突いていたとはなかなかだ。
結局、小太郎一派や勾坂甚内らが全滅させられたのに対し、最後まで庄司甚内は捕らえられることはなかった。太郎はいっしょに生活する ことで庄司に情が芽生えたのか、それとも利用できるし捕まえる価値なしと判断したのか。
話としては前者の方が綺麗に納まるが、後者の雰囲気も拭いきれない。その辺は読み手が自由に感じることができる。実にグレーな感じ だが、その灰色感がまた忍者的なこのお話であります。
何も理由を聞かされず、不本意なことをやらされる者たち。次期棟梁という餌をちらつかされ、それを励みにやるしかない下々の人間。 結局は全てのことが計画通りで、最後はゴミのように扱われ捨てられる。ある負け組み人生を収縮したような話である。
この本全体の事だが、主人公が死んで終わる話が多い。伊賀者という忍者がテーマであるから、忍者の悲壮感を前面に押し出したという ところであろうか。このような死に様を見せた忍びは多かったに違いない。
いや、忍びだけの話ではないのかも知れない。どろどろに渦巻く人間関係。戦国時代から現代にかけて激動の時代を生きた人々のなかで、 壮絶な死に様を見せたものは少なくなかっただろう。
勝ち組なんてのは、ほんの一握りでほとんどの人は負け組みだ。気持ちの持ち方次第で、何をもって勝ち負けとするのか、人によって違う ので一概には言えないが、自分で本当に自信を持って自分は勝ちだと言える人、それが勝ち組だと思う。
主人公の犬丸はときの肌の温もりを得た。それを見ていた五郎は、犬丸に嫉妬をぶつけた。悔しがった。犬丸はそのまま息絶えた。犬丸は 死に際に五郎を蹴落とし、勝ち組に成り上がったのかもしれない。
この話は戦国時代の武士の独特な熱い心情に、ドライな忍びの心情を絡ませてある。
あしと大岩小岩は天井裏で徳川家康と鳥居元忠の会話を聞いていた。元忠は十三歳のころより五十年家康に仕えてきた男である。 伏見城留守居の詮議で元忠が選ばれた。家康東下の間、伏見城は一日でも長く保ち続けなければならない。見殺しにするしかないこの男に 慰めの言葉をかけるしかない家康へ、元忠はいちいちヤケクソのような返事を返していた。
それとともに大岩小岩も、家康に対してぶつぶつ文句をつぶやいていたのだが、家康が間を置き、話題を変えて、そなたをはじめて見た のは、わしが十一、そなた十三の年であったな、と言うと、元忠の返事が聞こえなくなった。
と思ったら、号泣し始めたではないか。それまでの返答は感情を押さえるためだったのだ。狸め、ずるい、むかし話などしおって・・・大岩 小岩も泣き出した。この男も感情を押さえていた。
主君の悲願達成まであと一歩。そのために自分が捨て駒になると決定したとき、名誉だったろう。当然、死も恐れなかっただろう。だが 最後に五十年ともに過ごした家康が気遣ってくれた。そこでむかし話をされたとき、過去五十年の思いがあふれ出したのだろう。
武士も人の子。いや、武士だからこそ感情の起伏が激しいのだ。その思いに、ついでに俺も泣きそうになったぜ・・・ぐすんッ。ちなみに そのとき、忍びのあしは冷静に構えていた。やっぱり忍びはクール&ドライ。でもここばかりは俺も熱い思いに流されたく なったぜ。肉ばかり食べた後はデザートも食べたくなるだろう、 そんなところかな。
結局最後、大岩小岩は石田勢に突っ込み、死んでしまい、あしが元忠の書面を奪った。八月十日、家康はふと紙片を取り出し、伏見城が 落ちたと、だれにともなくいって、落涙した。その紙片はあしが届けた書面かどうかわからないし、その後のあしの消息も不明となって いる。
やはり、勝手に想像するしかないのだが、元忠とまったく関係ない忍びのあしが書面を届けたことによって、家康が元忠との熱い 関係に水を差された、入ってはいけないところへ入ってきた、何だこいつはという形で、家康の指示によって始末されたのではないかと 思う。我ながら自分勝手な想像ではあるが、権力って恐ろしいものだね。
訴状の出現から過去のシーンへ移行する、珍しい設定で始まるところがまた良い。切左衛門は本多正純によって、良い噂を聞かない 片桐且元の警固に就かせられる。今で言う出向みたいなものだ。そこには悪い先輩、桐若という忍びがいて上司である且元の 悪口など聞かせられる。普通の会社でよく見るシーンだ。
切左衛門は始めは第一印象からか、且元のことを悪く見てはいなかったのだが、 桐若に且元の過去の話などを聞かされるうちに、やがて嫌悪の目でしか見ることができなくなっていく。実際のところ且元は良い人間では なかったし、出世したのも豊臣秀吉の気まぐれで、徳川方にとっても利用する為だけに生き長らえさせているようなものだった。
切左衛門は桐若先輩に上司且元のからかい方まで教わるが、やがて時が来て桐若は去っていく。ここまでは、ああ先輩が会社辞めちゃった よ、みたいな感じで現代風に置き換えられるが、ここからは違う。
桐若は結局大阪方の忍びで、これまた且元を利用する為に今まで警固に就いていたわけだが、その必要もなくなったとのことで、且元を 抹殺しに来たのである。間の隅でうずくまるだけの且元の前へ切左衛門は出た。
且元の警固が切左衛門の役目。切左衛門の手は無意識に動いた。切左衛門は抜刀術の達人である。気がつくと桐若の身体が転がって いた。すんだか、と動じた気配もなくいった且元に切左衛門は腹が立ってきた。
嫌いな上司の為に、仕事とはいえ、先輩、いや友人に近かったろう桐若を斬ったのだ。ひとりでに涙が流れ出て、突っ立って いるしかなかった。かつての先輩を返り討ちに・・・。激しい時代である。
ネタばれしてしまうが、切左衛門の訴状は且元に対する不服の訴え状だ。出向先の上司への不服を本社に訴えているような形となっている。 結局、現代の社内風景に置き換えてしまったが、今も昔も人間関係に大差は無いということだ。
まあ、そんなことより、嫌いな奴を護らなければならない背景と、桐若を斬った 切左衛門が最後に涙した心境を感じ取ることができれば、十分にこの話を堪能できたと言えるに違いない。
甚六はなみを犯した。理由は友人の小太郎を好いているからというだけである。べつに好みのタイプでもなかったんだろうが、気に食わ ないという気持ちは分からなくもない。
別に肯定しているわけではないが、テレビで芸能人の結婚報道などを見ると、なぜにこいつと?というのは多々ある。所詮は他人事なの だが、なぜか良い気分がしないという人は、半々ではないだろうか。
そういう人は自分の心の闇を正直に感じている人だと俺は考える。悪いことじゃあない。正直なだけ。人によってその度合いが違うだけで、 闇の部分は誰しもが持つものである。
この話は甚六の心の弱さが、陰湿な考えを生み、不幸を呼び込んだようだ。甚六は江戸で忍び働きをすることになる。おもわぬ出世だ。 運が良かっただけなのだが、運もコネも実力の内。
地位的優位に立った甚六は、大阪方についているであろう小太郎を思い、優越に浸るのだ。人間てこんなものさ、他の人と比べて優位に 立って初めて悦楽を感じるんだから。だけど優劣をつけ、他人を押しのけて這い上がっていくことに生きがいを見出せることもまた事実。
甚六は小太郎と再会するが、小太郎は思いのほか腕を上げていた。甚六は勝負を避けた。自信は無くもないだろうが、何かと理由をつけて 避けた。精神力の弱さが出たのだ。一泡吹かせてやろうというゆるい考えの甚六に、死んでも立ち向かっていくという気迫がここには 無かった。
甚六は国松丸の隠れ家に取り残された子供、ぎぼうに芽生えた愛情によって一時の幸せを感じるが、結局最後は不幸な結末となる。 人間やはり悪いことは許されないものなのさ。ぎぼうに罪はなかったのだが、なんとも切ないラストシーンだ。 ぎぼうが何者かはもう大体わかるだろうが、その辺はやっぱり読んでもらわないと・・・この情景は語りつくせない。
主人公の弓若は、めちゃめちゃ身体を痛めながらも、話の最後まで死なずに、この十話の短編の中で、なにげなく一番の偉業を成し遂げて いる。しかも題名となっている遊行と呼ばれるじいは中盤で殺されて、後半まったく出てこないという展開。
弓若がじいに言われるがままに、侍二人と女一人を襲うシーンは見もの。それまで人を刺したことも無いという弓若であったが、 なかなかの見事さである。
堂の中の様子を見た弓若、中には若侍と老侍と女。弓若が近づいたとき、若侍の位置が少しずれ、刀の柄に指がかかっていた。難敵! とみたのだが、構わず扉越しに刃を突き刺し仕留める。倒れ際に若侍は刃を飛ばしてきたが、弓若はかわす。その刃を受け取り突き上げる 老侍。
梁へ飛びついて避けた弓若へ、追うようにその刃を飛ばし、飛び降りる弓若へ向かって自身の獲物での抜刀術。だがそれよりも速く弓若の 刃が老侍の肩口を割る。そして梁に刺さった刃は下にいた女を一刺し。この一分もかからなかったであろう闇の攻防に少々興奮気味の俺。 実に忍びらしいシーンである。
暗殺はうまくいったが、弓若は忍びとして、あまり腕の立つ方ではないようだ。うまく行き過ぎる普通の小説などの話に比べて、弓若は 身を挺して忍びをまっとうしていく。
駿府城の石垣をうまく登りきって上機嫌の弓若の目の前に並ぶ黒い足。見上げると数人の忍びに囲まれていた。これで弓若は右目と左手足 の自由を失う。また、土に埋もれて、頭上を通る家康を狙うが、憶測を誤りチャンスを逃すなど、もはやボロボロ。
だがこうして揉まれてこそ、人は強くなっていくのだ。その結果、家康を・・・・・・するのだが、最後はどうでもよくなったようだ。そんな ことくその役にも立たぬ。そういって、弓若は安穏な暮らしへ向かって走り出すのである。
結果こそ全てということか。過程で負った傷は大きかったが、使命は果たした。傷ついて途中で朽ち果てるオチかと思った のだが、最後までしぶとく生き残った弓若の姿は、本来のリアルな忍びの姿を表したものなのかもしれない。
余談だが、ちょっと核心にも触れる話。揚げ物の魚を食った弓若が聞いた話で、とある異国では金曜日は鳥獣の肉を食さずに魚のみを食す という。金曜日のことをテンポラというので、この揚げ物をテンポラと呼んだ。豆知識だよッ!!
レールに乗せられた人生、決められた世界。そこで生きるのが苦でなかったら、どうだろう。環境に甘えて、そのまま可能な限り生活し 続けるかもしれない。だが、それをゆるさない人生もある。なすがままの人生を送っていた矢太も、なすがままに黒の森、 お婆の元から衛門七に連れ出される。
ここの文だけ読んでると、引きこもりが無理やり外に連れ出されたように読み取れるが、そうではない。伊賀の住人の定めをまっとうする為の 仕事として外へ出たのだ。しかも矢太は若く、ルックスも良く、腕も立つ。ようはスカウトされたわけだ。向こうから仕事が来るなんて、 現代ではよくある事じゃないぜ、こんちくしょうだぜ!
伊賀組内のゴタゴタの中で、理由が有りながら何も言わない若お屋形、若お屋形への不満を理由に真実も知ろうともせずに付け上がる 同心たち。その中でも矢太は若お屋形を伊賀組同心の襲撃から二度ほど護った。二度目は警固の役目は果たしたが、若お屋形の心を慰めることは できず、「去れ」と、いわゆるクビにされてしまう。
酒を飲みながら少年と少女の睦み合う姿を眺めようとする悪趣味に、何の感慨もない矢太ではあったが、その行為が始まろう とした際に襲撃してきた少女ふさの彼氏を仕留めたときに、言い渡された。
これは若お屋形が襲撃されたことによって気分を害しただけでなく、矢太がその行為を始めようともしなかったことによる憤慨だろう。護られた というのにもかかわらず・・・。
いずれにせよ若お屋形はこの程度の人間だったということである。伊賀組同心が反発したのもうなずけるというもの。狂った若お屋形と 出来の悪い同心たち、まあどっちもどっちなのだが、それを利用して伊賀組を取り潰そうとした奴がいたとは。
外部の企みによって潰されるとは、伊賀の忍びも、この頃には落ちたものだ。この本に首謀者は、城の巽に構える屋敷の主としか 書いていないが、いったい誰なのか。巽とは南東のことだが、それだけで分からない俺はやはり未熟者か。分かる人教えてください。
しばらくして、同心たちが半蔵正就の非行の条々を訴え立て籠もると、服部家は改易となる。この離間策をまんまと仕遂げた犯人○○○ の前に立った矢太は○○○を刺殺した。はじめて自らの意思で行った行為である。
普段は従順でも決めるときは決める。己の道を示す。それが真の男ってもんさ。俺は気付いたぜ、矢太は単に若お屋形を護っていたのでは なかったのだ。故郷である伊賀の尊厳と誇りを護っていたのだ。伊賀組は潰れてしまったが、犯人を仕留めることによって、矢太はその道を示した。 奴こそ真の男だ!
結局、矢太は黒の森へ戻った。お婆の元へである。が、その辺はやっぱり理解できない気持ち悪い奴の物語である。
七兵衛は金沢城の状況をつぶさに報告している忍びだが、息子文内にはそのことを伝えていない。しかも忍びの技も教えずに算勘術を 仕込むという、もったいない、実にもったいない。
平和な時代に忍びの技は必要ない、忍びの技を覚えれば危険に巻き込まれるという親心なのだろう。だがやはりもったいない。周りの人間 と同じことをやっていても何の得もないということに気付かないのか。
現代でいうところの周りの子がみんな塾に通っているから行くというのと同じではないか。特異性は時に目立ち、危険な目に遭う可能性も あるが、特殊能力は時代を生き抜いていくための強力な武器となる。
たとえそれが実用性の無いものであったとしても、それが自信となり、生活態度に表れてくる、自分を強く貫いて生きていくことが出来る。 周りと同調して生きていくことも必要なことではあるし、無難に生きることも重要だろうが・・・。
親は無難さや安全さに目が眩み、子供の自分を見失わせていくのだ。子供が自らその道を選ぶのならともかく、親がその道を制限してどう する。子供は親の能力を受け継ぎ、さらに自分の能力を加えてより強い人間となっていくべきではないか。せっかくできた子供に自分の力 を引き継がせなければもったいない。
しかも忍びの技と算勘術を天秤に掛けたとすると、俺的には忍びの技の重さで算勘術なぞどっか飛んでっちゃうぞ。まあ親ともなると 子の安全やら幸せやらが第一に出てしまうのだろう。しかしそれが本当の幸せかどうか。
俺は中学の頃、塾に通わされた。高校の時は予備校には行かなかったが、あまり遊びもせずに家で勉強して、三流だが大学を一応卒業した。 勉強していればそこそこの学校に入れて、ちゃんと就職できる。俺はそれは間違いとは思っていなかった。だが違っていた。
今、職があって、安い給料だがそれで生活できている。それが幸せなのか?最近は趣味が増えて、何とか生きる活力を見出しているが、 不満と後悔の念は尽きない。安い給料に不満なのはもっともだが、それだけではない。
学生時代あまり遊んでいないせいか友達がほとんどいない、生活の大部分を占めている仕事に生きがいを感じない。それはつまり、 過去を生かせていない、学生時代を無駄に過ごしていたということになる。
今の仕事で役に立っている学問と言えば、義務教育過程の数学と日本語の読み書きぐらいである。俺が忍者についてこれだけだらだらと 文章を書けるのは、興味を持って忍者小説を読みまくったからにすぎない。学生時代に勉強したことではない。友達がいないことからも 交友関係が少なく、社交的でない。
つまり大事なことを学生時代に掴めていないのだ。学生の時は、ただ何となく勉強していれば良いというわけではないということを、俺は 大人になってから自分で悟った。
このことを子供の頃に親がうまく導いてくれたならば、俺は今よりはいくらか幸せな人生を送れたのではないか。しかし、親のせい ばかりではないこともわかる。自分で気付かなければならないことかもしれない。だが、哀しいかな、子供にはそこまで思考を巡らせる 能力は無いし、微塵にも感じないのだ。
そこをうまく導いていくのは親の義務ではないだろうか。両親には大学まで行かせてもらったので文句は言いたくないのだが、そこは教え て欲しかった。全てを教えて欲しかったのだ。俺に子供ができたならば、それだけはうまく導いてやりたいと思う。
この話では、文内は身に付けた算勘術によって辰巳用水工事の職を得ている。辰巳用水完成後はどうなったか書かれていないが、最後に 七兵衛の職業、自分の立場、全てを知った上で文内がどの道を選ぶのかも書いて欲しかったものだ。
これを読んで思ったことはそんなことである。長くなったが思ったことをそのまま書いた。
もと越中の領主・佐々成政が山中に埋めたといわれる金の在り処を探り出すという、「2.笹金」と設定がいくらか似ている。(笹金のと ころではあまり書いていないが、犬丸は仮死状態から復活後、越中の探索を命じられる)同じ設定で何パターンか話しを創っていく際の 副産物なのか、それとも意図して創り上げ、比較でもしたものなのか。いずれにしても両方ともすばらしい作品には違いない。
この話はより現実味のある忍びを体感できる。主人公・久馬はここでは忍者刀を振りかざしたり、手裏剣を投げたり、飛んだり跳ねたりは 一切していない。一般的にすぐ想像のつく忍びの技は使わない忍びなのだ。
親父・久左衛門から越中探索の仕事を継承した久馬は、そのまま久左衛門の息子として越中立山の杣人・与蔵のもとへ近づき、親しくなり、 娘のせんと夫婦となる。三年の時を経てようやく埋蔵金の在り処を聞き出すのである。
表から入る陽忍、裏から入る陰忍で分けると陽忍の部類になる。身分を偽り、表から堂々と近づく忍びだ。これは長い年月をかけて親しみ と信頼を得て、疑惑を払拭する、なんとも気の長い話である。
久馬は久左衛門から仕事を継承する前に伊賀組同心仲間の娘・まんと夫婦になっている。数ヶ月後、組頭・甲五郎兵衛に呼ばれ越中行きを 命じられる。それから三年。単身赴任もいいとこである。しかも違う娘と夫婦になるという、なんて羨ましい・・・じゃなくて、 ここは普通と違う。
これなら俺にも出来るんじゃないか、そう思わせるところに現実味がある。ド派手に斬りまくったり、妙な忍術を使ったりする話も 嫌いじゃないが、こういうリアリティーな話も良い。
実際に近づくといっても、まったく知らない人に近づくわけだから、精神的疲労も相当なものだろうけどね。でも出来ない話じゃないこと は確かだ。
結局最後は、はめられて親父と同じ末路をたどることになるのだが、最後にせんが叫んだのは罵りか、悲しみの声か。ここは自分で美しい と思う方を妄想して楽しむことができる。自らのインスピレーションを高めて、より素晴らしい楽しみを味わってくれ。
これまた設定が「7.伊賀黒の森」と似てるやつで、今回は主人公・才丸の出身が伊賀伊久呂ノ森て、もっと違う地名思いつかなかったん かい!と言いたくなるほど似てる。森でお婆に育てられた才丸の元へ仕事が舞い込んできて、才丸は江戸へ出る。才丸はほとんど喋らず、 感情の一部が欠落しているという設定までほぼ同じ。
が、なぜかルックスは「7.伊賀黒の森」の矢太は美男子であったようだが、才丸は普通のようである。矢太は、そのみめかたちの良さで、 若お屋形に取り入ったわけだが、ここの才丸の場合、そういうシチュエーションは無いので普通としたのであろう。もっとも、忍びの顔は 平凡で特徴が無く、覚えられにくいのが一番とされている。
このころの日本は、キリスト教を邪宗教として弾圧していた。そこで切支丹である多十郎に雇われた才丸は、邪宗徒に関わりある役人を 次々と斬る。闇に潜んで敵を討つ。典型的なカッコイイ忍者だ。だが最も気が奮い立つのは最後、城に乗り込むところである。
忍者小説としてはベタな展開だが、将軍家光を討つ為に才丸と仲間の源介は城の濠端に立つ。源介は自ずからおとりとして、大手門の 真正面へ向かってゆく。実力の下の者がおとりとなる、厳しい忍びの暗黙の了解なのだ。
その源介に対していささかの感情も抱かず、濠を渡る才丸。ここで人としての感情が出ると技が鈍る。この辺は忍びである、普通の人とは 違う。いくつかの濠を渡った才丸を、やがて敵が取り囲み、目の前に串刺しの源介の姿が・・・。
ここで主人公が熱い奴だったら、「源介ぇっ!」などと叫んで傍まで駆け寄ったかもしれないが、やはりここも違う。クールな才丸君は、 源介を照らした光の輪の移動の瞬間に石垣の歪みを見つけ、一気に駆け上って、その場から脱するのである。
哀れ源介。源介は才丸に畏敬の念を持って接してきたのに最後は無視ですか。忍びであるが故とは分かっていても寂しい ものだ。人間関係は大切にしようっと。
さて、最後の大詰めで才丸と対峙したのは柳生但馬守宗矩。この本、全十話にとっても大一番のメインイベント。相手はどんな小説読んで もよく出てくる超有名人。勝負は一瞬。青い火花を散らして、才丸も散り、闇の空濠へ落ちていくのだった。結果を言ってしまったが、 大丈夫。こんな数行のコメントなどではこの内容は伝えきれないからだ。
細かい設定や、きめ細やかな感情、情景、時代小説に欠かせないエロティック&バイオレンスは読んだ者にしか分からない興奮がある というもの。こんな俺のコメントを読んだだけで満足してもらっちゃあ困る。
何度も推奨するようだが、小説は自らのイメージによってその世界を広げて楽しむことができる代物である。漫画ばっかり読んじゃ駄目 よって言われたことあると思うけど、そういうことなのよ。だから読もう、この本。よろしく。
| なんか手裏剣とか売ってたよ!伊賀流忍者店! |
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