タイトル

〜ひとりの歴史学者のたまごが、師に宛てたレポートより抜粋〜
 
――さて、ザルツ地方の年代記には、「赤い盾」と呼ばれる家についての記述があります。
「赤い盾」の家は、とある小さな国において、優秀な人材を多く輩出する騎士の家柄でした。
かつては非常に栄えていたものの、現在はすっかり没落してしまったこの家について詳しく調べていたところ、
少し気になる話を聞いたので文書にしてお送りしますね。
口伝の性質上、かなりの脚色があるのかもしれませんが……あくまでも資料ということでお納めください。
 
***
 
今から100年以上昔、ザルツ地方の小さな国に、「赤い盾」という意味の名を持つ名家がありました。
代々ザイアの教えをかたくなに守り、他者を護る盾となることを運命づけられたこの家は、
誇り高い騎士たちによって長いこと守られ、栄えてきたのです。
 
ある時、その家に男の子が誕生しました。
当主と妻がはじめて授かったその子は、次期当主となるべく望まれ、それはそれは大切にされてこの世に生をうけたのです。
そう……生まれてくる、その日までは。
 
ナイトメア。
それは生まれながらに、穢れを宿す忌み子。
忌避され、差別されることを運命づけられた子。
望まれ、期待されて生まれてきた我が子が穢れた子であることを知った母親は、気が狂わんばかりにこう叫んだそうです。
「早くその化け物を殺してちょうだい!」と。
 
ザイアの教えを守り生きてきた父親は、社会的に弱者の立場となる息子のことを区別することはなく、
当主となるための教育をすべく、厳しくまっすぐに接することを決めました。
ところが、母親は家柄や格式、世間体などを何より大事に思い、穢れを持つ存在をけっして認められない、そんな人物でした。
それ故に、彼女は我が子を息子とは思わず他人の子であるかのようにふるまい、気に食わない時は父親に隠れて暴力をふるったりしていたのです。
 
こうして、「弱者を護り、他者を思いやる」ことを教えられる一方で、
「弱者をいたぶり、他者を思いやることなどしない」人間に傷つけられながら育った男の子は、
幼いながらにゆがんだ世界の無常さをその胸に刻み、ただ与えられた居場所で生きているだけでした。
 
それは、男の子が8才になったころのことでした。
彼の両親に、ふたりめの子供…妹が生まれたのです。
妹は、穢れなど宿さぬ普通の人間。
母親はこれ以上なく喜び、生まれてきた妹に何よりの愛情を注ぐようになりました。
 
その日から、彼の居場所は以前に増してなくなって行きました。
母親は妹ばかりを溺愛し、息子に対してはさらに冷たい態度を取るようになります。
ナイトメアとはいえ、いずれは家を継ぐかもしれないと取り入ろうとしていた友人や使用人も、
母親の顔色を窺って一人、また一人と去って行きました。
変わらなかったのは父親の態度と……それから、生まれたばかりの妹が、純粋に自分を兄として慕ってくれる気持ちだけ。
それでも、そんな小さな居場所でも、彼にとってはそこだけがただ一つの自分の存在してよい場所だったのです
 
ですが、そんな小さな居場所すら、彼は奪われてしまいました。
彼が成人する少し前、父親は母親の説得に折れ、まだ幼い妹を当主として育てることを決意してしまったのです。
これまでずっと変わることのなかった父の態度の変化に、彼は深く絶望します。
そして、何も知らない妹のことを深く憎悪し……つい、彼女を手にかけてしまいそうになりました。
 
すんでのところで思いとどまりはしたものの、その時に彼は自分のすべてを諦めてしまいました。
ナイトメアであるがゆえに、母親に愛してもらえない自分を。
唯一信じていた父親に、裏切られた自分を。
そして、無垢な妹を一方的に憎み、殺そうとしてしまった自分を。
その居場所すら望むことを許されない、無価値な存在であると――
 
***
 
以降、「赤い盾」の家から、長男は姿を消してしまったようで。
正式な記録には、このように記載があります。
「リヒャルト・ヴァン・ロートシルト 疫病により14歳の春に急逝」と。
けれど、この記録の真実を知る者は、今となっては誰もおらず……
 
〜以下、個人的な彼の見解と推論が記載されているので割愛〜
 
小日向瑞穂@アイギス SW2.0