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空が呼んだから
「なぁ母さん、アーニャはどこへ行ったかな?」
夕飯の片付けをするグラスランナーの小さな背中に、同じく小さな、メガネをかけた白髪の男性が声をかける。
「さぁねぇ。。。今日はお月さんも綺麗だし、また上じゃないの?」
ハシゴを持って外に出ると、満月が静かに村を照らしている。
その見事さに、星々も慌てて身を潜めてしまったほどだ。
「なるほど、いい夜だ」
1人つぶやくと、パパーニャは屋根にかけたハシゴを登っていった。
 
「お邪魔してもいいかな?」
その声に振り向いたのは、先日15歳の誕生日を迎えたばかりの長女アーニャ。
グラスランナーには珍しく色の薄いその肌が、ほんのりとピンク色に染まっている。
「にゃ?とーちゃんも一緒に呑むかにゃ?いい酒といい肴が手に入ったんだにゃ〜♪」
そう言いながら、柘榴石のように赤いワインと、齧りかけの干しイチジクをあげてみせる。
「うん、それを探してたんだよ。この前、昔の友人に貰ってね、取ってあったんだ」
「ふ〜ん。。。丁度いいから一緒に呑むにゃ♪」
まったく悪びれた様子のない娘に
「(育て方を間違っただろうか。。。)」
などと思いながらも
「(いや、そこがアーニャのカワイイところだ)」
すぐに思い直すパパーニャでありました。
「あんた達、いつまでも外で呑んでると風邪引くよっ!」
「はーい!」
「は〜いっ♪」
 
 
その村の名はモクテンリョウ。
とある地方、酒造で有名な都市同盟カポネに参加する村ではあるが、特産物と言えばマタタビと元気なグラスランナー、といった程度の何の変哲もない寒村である。
村興しの一環として、特産物のマタタビを使った酒造に挑戦したところ
最近になって『その芳醇な香りは世界を満たしても余りある。その甘美な味わいは千年を過ごしても余りある。(アーニャ談)』と謳われるほどの逸品が出来上がった。
まだ広く一般に知れ渡ってはいないが、この村が旨い酒の産地として認知されるのはそう遠い話ではないかもしれない。。。
そんな村でマタタビ酒『ネコジャラシ』を造るグラスランナーのイェヴレフ家
その次子であり長女であるアーニャは酒をこよなく愛しているが、興味はもっぱら呑むことで、酒蔵を継ぐのは兄のニーニャに任せている。
自分はと言えば、毎日暇をもてあましていた。
 
「う〜ん、暇だねぇ。。。」
酔ったときに現れる独特の語尾は、シラフではすっかりと鳴りを潜めていた。
藁葺きの屋根に寝転び、昼下がりの青い空を見上げる。
おもむろに、最近覚えた『テツガクゴッコ』に時間を委ねてみる。
どこまで登ればあの空に手が届くのだろう
遥か上空、隊列をなして急ぐ渡り鳥の群れはこの空の高さを知っているのだろうか。
花に集まる蝶は、アーニャの鼻の頭で翅を休めるこのトンボは。。。
 
夢を見た気がする。
だがその輪郭はおぼろげで、手に取ろうとすればすり抜け、やっとの思いで手繰り寄せればほつれていってしまう。
後に残ったのは、『冒険者』不思議な魅力を持ったこの一言だけであった。
 
目を覚ますと、すでに日が沈もうとしている。
「そうだ、いいこと思いついたっ♪」
急いで部屋へ戻り荷物をまとめると、魚を焼くいい匂いの満ちる食堂へと踊りこむ。
「行ってくるよっ、冒険者で旅の空が私を待ってるよっ♪」
「そうかい、空が冒険者でアーニャの旅かい」
パパーニャの相槌に
「夕飯までには帰って来るんだよ」
ママーニャが付け加える。
「うんっ!それじゃ♪」
振り返りもせずに小さくなっていく背中を、グラスランナーの夫婦はいつまでも見送った。
「寂しくなるねぇ。。。」
「なぁに、あの子もやっぱり僕らの血を引いている、ただそれだけのことじゃないか」
 
「そうだ、師匠にも挨拶をして行こう」
師匠とは、アーニャが暇つぶしに通っている道場の主のことである。
名はキッショウマル、遥か遠くの国から伝わった『アイキ』という武道を教えている。
日が沈み静寂に包まれた道場の真ん中で、1人黙想する袴姿のタビット。
その耳が、聞きなれた足音に反応する。
「師匠、ご挨拶ですっ!」
「アーニャか、どうしたのじゃ?」
薄く目を開いたキッショウマルが、自分の前に座るよう身振りで指示をする。
静まり返る道場の中、二つの小さな影が向き合う。
「冒険者は空の旅で私がお待ちかねですっ」
「そうか、旅立つか」
遠くでコボルドの遠吠えが聞こえる。その残響が消えたころ、キッショウマルは再び口を開いた。
「アーニャ、お前はまだ未熟だ、その手で守れるものはほんの一握りじゃろう」
「じゃがな、決して忘れてはならぬ。お前が身につけたその僅かな力、それは己が身を守り、そして弱きものを守るためにある」
「私欲に溺れ、みだりにその力を振るうことは絶対に許されぬ、それが武道じゃ。よいな?」
師の最後の教えに、アーニャは迷うことなく答える。
「師匠、よく分かりません!」
「。。。今は分からなくともよい、ただ覚えておくのだ。決して忘れてはならぬぞ」
「いつか必ず、分かるときが来よう」
「うん、わかりましたっ♪」
そう言い残すと、アーニャは駆け出していった。
「うむ、あの子なら大丈夫じゃろう。迷うことはあっても、踏み外したりはせん」
 
なんだかノリで旅立ったアーニャ、その行く先にはどんな出会いが待っているのだろうか。。。
冒険者の店『柘榴石亭』に毎月1タル、銘酒『ネコジャラシ』が届けられるようになるのは
ほんの数ヵ月後のお話
 
終わり

人は言うでしょう、適当な理由だと。でもアーニャには、しかるべき理由となったのです。
アーニャ@シェリアナ SW2.0