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- No word for blessing -
 
 眼前が、ブラックアウトする。
 
 、、、はて、俺は一体何をしていたんだっけか。
 しばらく悩んではみたが、思い出すきっかけが一向に見えてこない。
 こういう時はとりあえず、最初から辿ってみるのが結果的に早いんだ、経験上。
 
 さて、、、、最初とは言ってみたものの、どこから始めたもんか。
 思い切り遡ったところで、俺も幼いころの記憶はほとんどない。
 大抵の連中にとっての最初の記憶って奴は、成長する過程で親から聞いた話だったりするわけなんだが、つまるところ、俺にはそれがない。
 話に聞いているのは、育ての親が俺を見つけたところからだし、自力で思い出せるのは、それよりもっとずっと後、俺たちが普通に日常を過ごしている風景からだ。
 
 俺にとっての日常、というのはつまり、行商人であるプロテアと一緒に諸国を回ることで、俺も物心がついたときには教えられずとも積極的に彼女の手伝いをした。
 プロテアは何をさせても不器用なのだ。
 よくそんなで薬の行商なんて商売が勤まるもんだと、幼心にもしみじみ思っていた。
 
「ようプロテア、なんか面白い奴を飼いはじめたんだって?」
「ああ、放っといても勝手にころころ動き回るんでね、見てて飽きないよ。」
「はーぁ、まあ、前々から変わりモンだったお前のことだ、そう驚きゃしないけどな。自分の食い扶持だって満足じゃないだろうによくやるよ。大体そいつは火の眷属だろ?風の眷属であるお前のそばに置いといたんじゃ、お前の暴風で吹き消しちまうんじゃないのかい?」
 
 俺とプロテアは似ても似つかない親子だった。
 何せ彼女は ─この際特に関係はないが自称妙齢の─ リルドラケンなのだ。
 彼女は客のそんな言葉を受けて、しっぽの先で俺を小突きながら言った。
 
「ははっ、なーに、こいつが大火にでもなりゃ、煽り甲斐があるってもんじゃないか」
「おーぉこわ、おい、ちびすけ、あんまり調子こいて飛び火するんじゃねえぞ?」
「ああ、旦那なら大丈夫さ。なんせもう尻に火がついてるんだしねえ?」
「っかー、言ってくれるねえプロテア。まったくその通りだよ!」
 
 大きなリルドラケンと小さな子ドワーフの二人連れは、それだけでまあまあ周りの目を引いた。
 プロテアはそれを足がかりに、行商先で商売相手を少しずつ広げていき、ついでに俺も多少は薬の知識を身に着けたりもしていた。
 超がつくほど不器用で大雑把なプロテアだったが、拠点も家も、故郷すらない俺にとっては、彼女だけが家族であり、彼女自身こそが帰る場所だったんだ。
 
 そんな行商生活が当たり前のように何年も続いたが、やがて俺の興味は薬草から武術に移り、時々プロテアの元を離れては武者修行を繰り返すようになった。
 何か目的があったわけじゃない。
 しいて言うなら、行商の時に護衛くらいはできるようになりたい、と言うくらいのもんだ。
 だが、俺が武芸に打ち込めば打ち込むほど、プロテアが俺の知らない誰かに会いに行く回数も増えていった。
 相手を尋ねれば、妙齢のリルドラケンなんだから、と彼女は笑い飛ばす。
 
 そして、、、、あれ?
 そう、確か、俺は、、、、、
 
 
 
「しっかりしなよ、ねえ!」
 悲鳴にも似た叫びと共に、容赦のないプロテアの往復びんたが飛ぶ。
 痛いなんてもんじゃない。
 昔、客への口の利きかたを咎められて食らった、あのしっぽアタックの記憶まで鮮明に蘇ってきた。
「、、、、、、。」
 びんたをやめさせようと口を開いてはみたが、言葉にもならないうめき声がもれただけだ。
 喉の奥がずきずきとひどく痛む。
 そうか、あのグラスの中身が原因か。
「まったく、いくらショックだからってそんなもん呷る奴があるかい!」
 違う、飲みたくて飲んだ訳じゃない。
 さっき開けたのは普段から飲んでるブレンドハーブのビンだった。
 そもそも毒も薬も、管理してるのはあんたじゃないのか、何なんだこれは。
「、、、い、ち、、、、。」
 第一、あんたの嫁入りが決まったくらいで、俺には毒を呷る理由なんてないじゃないか。
 妙齢の女リルドラケンが嫁に行く、ただそれだけのことだ。
「、、、、あんたがそんなにイヤだってんなら、、、。」
 目に見えて動揺するプロテアに、焼けた喉では言葉を掛けられなかったから。
 俺は床に倒れたまま、かろうじて動く筋肉を全部使ってとびきりの笑顔を作り、親指を突き出してやった。
「、、、、ったく、強がりだね。さすがはあたしの子だよ!」
 
 胸を張っていればいい、過ごした時間は消えないんだろう。
 例えば俺が、このたった一人の家族と、遠く離れることになっても。
 
 喉を焼く毒薬の苦さと痛みで、少しだけ涙がにじんだ。
 
 
      っていうか待て。さっきのはまさか      走馬灯って、奴か?
 
Fin.
夕色@ベオウルフ SW2.0