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※注 「」:交易共通語 『』:魔神語
「おれ、まじん憑きなんだ」
「……………え?」
 
突然声をかけられ、面食らっている様子の女の子。無理もない。
何せ、伝説の魔神たる”無貌”のゼロをその身に宿したこの俺に話しかけられているのだから。
しかし心配することは無い。今の俺はとても機嫌がいい。
気まぐれにも、見ず知らずの”悪魔憑き”の娘子を戯れの相手に選んでやろうと考えているのだから。
 
などという虚勢でも張っていないと、こっちが不安と緊張で倒れてしまいそうだが。
 
 きっかけは、少し前。食材の買い出しに行った時のこと。
 いつものように、皆、こちらを遠巻きにしていた。少し、気味が悪そうに。
 いくら村の役に立っていても、異種族の魔術師親子の扱いなんてそんなものだろう。
 特に気にせず、はずれの森近くにある家に向かっていると、誰かの声が聞こえた。
 「なまいきなんだよ、”あくまつき”のくせに!」
 思わずびくっとして、周りを見回す。一瞬、自分に向けられたものかと思った。
 が、聞こえてきたのはすぐ脇の小屋の裏手から。ほっとする。”あれ”がばれたわけではないらしい。
 それでも、何となく気になって、声の聞こえた方を覗き込んで見る。
 そこにいたのは、数人の子供達。自分と同年代か少し年下くらい。
 その中に、明らかに一人だけ浮いた女の子がいた。
 白い肌、白い髪。対照的な黒の瞳。幼さの割には整った顔立ち。
 そして何より、その側頭から突き出た一本の黒角。
 びびっときた。なにあれかっこいいおれもほしいさわってみたいそれがいいそうしよう!
 「おねがい、これ以上この子を、いじめないであげて……」
 さておき、そんな状況ではないらしい。彼女の腕の中には傷ついた黒猫がうずくまっている。
 それで状況はだいたい分かった。俺も、石を投げられたことは一度や二度じゃない。
 
 母さん母さん、心の中の母さん。こんなとき、どうすればいいと思う?
 (ぶっころ)
 OK分かった。でもそれはやりすぎだと思うから脅かすだけにしとくよ。
 
 そして、こっそり小屋の屋根に上り、見つからないように詠唱を始める。最近覚えた言語で。
 『汝ら、我が同朋に牙を剥く者共よ。その身に刻みこむが良い、自らの行いのその末路を!』
 狙いは、女の子とその他の間の地面。角度を調節して、跳土は奴らだけにかかるように。
 突然聞こえてきた不気味な声に、驚き、怖れ、怯え始めるいじめっ子達。いい気味だ。
 『消え去るがいい! 魔脅・飛沫舞矢!』
 魔法の矢が狙い通りに着弾する。それだけで、臆病者達は悲鳴をあげて逃げ去って行った。
 あとには、きょとんとした顔で取り残された”悪魔憑き”の女の子。
 気にはなったが、その場で話しかける勇気もなく。それでも、いい事をした気分で家に帰った。
 
 そのことを話したら、母さんには叱られた。その子の立場がさらに悪くなってしまう、と。
 あの時答えてくれた母さんは、どうやら俺の中の魔神が姿を変えたものだったらしい。
 本物の母さんは、こんなことを言った。
 「罰として、その子の友達になってあげること」
 
「え、と。まじん、つき? まじんって、まかい、とか、デーモン、とか、の?」
『その通りだ、小娘』
「わ、え、なに、なんて?」
「あ、ああ。そのとおりだってさ」
「だって、って、いま話してたの、あなただよね?」
『それは違う。この者は我であって我では無い。否、我は何者でも無い。それ故の”無貌”』
「? ?? ?????」
「あー、えー、何というか、おれの中には、悪いやつがいるんだ」
「わるいやつ?」
「そう。だけど、だからといっておれが悪いやつなわけじゃなくて、たまたまそうなっちゃって」
どんなことを言おうか決めてきたはずなのに、全然、全く、うまく言葉が出てこない。
そして何だろう、この、彼女の、可哀想なものを見るような目は。イタい、イタすぎる。
「だからその、つまり……ぉ、お、おれは! きみと! 同じなんだよ!」
これは恥ずかしい。母さんにおねしょがばれたときに匹敵、いやそれ以上に。
目の前の女の子は、ぽかんとした顔。どうしていいか分からず、たたみかけるように言う。
「だれも、”おれ”を見てくれない。みんな、おれの中の”まじん”を見て、気味悪がってる」
今、俺は、誰に向かって話しているんだろう。
「だから、だれも本当の”おれ”のことは知らない。知ろうともしないんだ、決めつけてるんだ」
すぐそこにいる”悪魔憑き”の子へなのか、それとも。
「たしかに、”まじん”は、怖い。気味が悪い。でも、おれは知ってる!」
今まで、俺のことを”魔神”としてしか見てくれなかった奴らへなのか。
「”まじん憑き”でも、優しい人はいる。本当の”おれ”を見てくれる人がいる!」
そう、母さんならきっと、相手がどんな人であっても、本当のその人自身を見てくれる。
俺も、そうすることができるようになりたい。だから、今ここで、宣言する。
 
『我は知っている! 君は優しい子だ! 自らの身を顧みず、小さき者を助けてやれるのだから!』
 
しまった。あまりに恥ずかしすぎて口が滑った。これでは言いたいことが伝わらない。
しかし、呆気にとられていた”悪魔憑き”の子の顔に、少しずつ笑みが浮かんでくる。
「やさしいね、”まじんつき”さん」
『……何の事かな?』
「ふふっ、てれてる。”まじん”さんは、わたしの中の”あくま”が、どんな人かわかるの?」
『我とは方向性が少しばかり違うが、しかし、何やら近しい波動も感じるな』
「そっか、同じなんだ。ふふっ、なんだかうれしい♪」
『我の言葉が分かるだと……いや、そんなはずは……心で感じている? ま、まさか君は!』
「? わたしがどうかしたの?」
「いや、なんでこいつの言葉がわかるのかなー、と」
「あ、もどった。うん、なんとなくわかるというか、きもちが感じられるから」
何だこの子怖い。このままでは俺の華麗な「誰にも気づかれずに魔神憑依計画」に支障が。
と、少し首をかしげた彼女の耳で、光が揺れる。りぃん、と澄んだ音を響かせたそれは、聖印だ。
「たしか……融合神リルズ?」
「あ、これ? うん、うちのお父さんがしんかんさんでね。わたしもおいのりしてるの」
融合、融合か。何だろうこの琴線に触れる言葉は。論理的な考察を行わずにはいられない。
 
       融合
   悪魔  +  魔神  =  悪魔神  =  最強 !
 
完璧だ。そして溢れ出す設定、ならぬ前世の記憶! そう、かつて俺には相棒がいたはずだ。
魔の力を司る”無貌”のゼロ。その相棒に相応しきは……武の力!
「ちょっと聞きたいんだけど、きみ、普通の人より力が強かったりしない?」
「え、なに、え……えと、た、たぶん、つよい、ほうだと、思うけど?」
「うーん、そうだな……これとか折ったりできる?」
地面に落ちていた、結構太めの木の枝を差し出してみる。俺なら絶対無理だが。
「こう?」 ボキィッ!
あっさり折れた。何者だこの子。いや違う間違いない、この子は前世における俺の相棒!
「パーフェクト! 100点まんてん中1000000点だ! ぜひおれのパートナーになってくれ!」
さっきまでの気遅れなど来世の彼方に吹き飛んだ。この子こそ、俺の求めていたもの!
「あ、え、あ、う、あ、お、あ、え? ぱ、パートナーって……」
急に勢いづいたこちらに気後れしつつ戸惑いつつ、それに続けて、ぽつりとこぼれる言葉。
 
「ともだち……って、こと?」
 
ふと、我に返る。ともだち、という響きにさっきの言葉に負けずとも劣らない気持ちが湧きあがる。
嬉しい。楽しい。ドキドキする。そう、そうだ。さっきの不安、緊張、そして今のこの気持ち。
俺も、友達が欲しかったんだ。
 
「うん……おれと、ともだちになって、くれないかな?」
「うん……いいよ」
 
こうして、俺に初めての友達ができた。
最初は少しぎこちなかったけど、少しずつ、少しずつ、仲良くなっていった。
森の中に、二人だけの秘密の庭を作った。遊び場、花壇、魔法の練習場、小さな基地。
お互いの家に遊びに行った。二人とも片親で、家事は子の役目だったことに共感した。
二人で、新しい設定を作った。俺はノリノリだったけど、あの子は実際どうだったんだろう?
プレゼントを交換したりもした。あの子から首飾りをもらい、俺は、角を隠せる髪飾りを送った。
誰にも邪魔されない、平和でゆったりした時間。ずっとずっと、こんな時間が続けばいいと思った。
 
幸せな日々だった……。
 
kurosan@クーロ SW2.0