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Another Dance for You
 誰かの手が俺を押しやった。それで、観念する。
 いつだって俺は力には逆らわないように生きてきた。そんなことをしたら最後、ろくでもないことになるのはわかりきっている。ついこないだもそれを味わったばかりだ。
 もちろんこんな時の多くは、従ってもろくなことにはならない。
 その宿の看板は、丸くくりぬかれた木の板に花弁の多い花のモチーフ。店名は水晶の花亭と読めた。
 特に記憶にある組み合わせではない。幾分拍子抜けしつつ扉を押した。──甘かった。
「いらっしゃいませ、……」
 銀髪のハーフエルフの少女がこちらに笑顔を向けかけて、凍り付いた。

 ろくなことにならないだろう、とは思っていた。
「わあ、みんなってば策士」
 忘れたかった面影が、忘れられなかった眼差しが俺を捉える。
「本当に……本当に、兄さん?」
 ああ。──そうでなければよかった、と願った夜もあったよ。
「冒険者になっていたって、聞いた時にはびっくりしましたけど」
 妹はしっかりとした足取りで近寄ってきて、俺の手を取る。
「本当だったんですね、兄さん」
 口調も視線も両手も、俺が逃げるのを阻止しようとしてるようなのは被害妄想(きのせい)だろうか?
「……お前は? その格好は冒険者に見えないけど」
 冒険者になる、と言って行ったくせに。それよりも、ウェイトレスかなにかに見える。膨らんだスカートに、明るい色のエプロン。
「あ……今は、冒険者は引退したんです。
 このお店をされてた方が田舎に引っ込むって、それで、ゆずってもらって」
「うわあすごい展開」
 ゆずってもらった、って。雇われではなく?
 妹は一段高くなったカウンターを振り仰ぐ。皿を拭く手を止めて、もの言いたげにしている男がいた。
「グリフィス、兄さんなの」
 はにかんで、笑う。そんな表情(かお)、見たこともなかった。男はこちらに目を合わせて、軽く頭を下げる。
「あのね、一緒にここを切り盛りしてる人なんです」

──お似合いだなあとか。幸せにしてもらったんだなあとか。
 別に、思わなかった。
 ただ、遠かった。
「ふうん」
 磨き上げられた、年季の入ったカウンターとテーブル。片隅にはこういった宿によくある、依頼を掲示するための板。その下の方に、貼られている三枚の似顔絵。
「なにこれ」
「あ、兄さんをご存知っていう冒険者の方が下さったんです。……こっちは私の記憶で描いて貰って」
 三枚目は、妙に美化された十年前の俺。
「うっわぁ〜。笑われたでしょ」
「はい?」
 それで、腑に落ちた。
 ここまで引っ張られてきたこと。雑貨屋の地下室から救い出されたこと。
 こいつの依頼があったから、か。
──それでも、いいかな。

 どうせ頭も働かない。ぎりぎりになるまで、体も動かない。
 自分の力だけじゃ、子供一人助けられない。
 それがお前だ、ディロン=ナッシュ。
 
……忘れていたかったんだなあ。俺はそれを。
 こいつを幸せにできなかったということを。
 それでも、それなのに、知らなかった表情で笑うようになった妹が、どうしてか俺の手を握っている。
「お前は、覚えていたんだなあ」
 忘れたいとは思わなかったんだろうか。そんな表情ができるのに。

 幸せになってるんだなあとか。
 別に思わなかった。
 何となくそれは、ただの、ごく当然のことのような気がしたから。

 ただ、鞄の中のそれが急に自己主張を始めて、妹の手をそっと押しやった。
 それを取り出すためだとどこかで言い訳しながら。
「俺も……覚えてなきゃいけないことがあるんだ。
 これをお前に預けても、覚えていられるかなあ」
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 『半分の花のための踊り(Another Dance)』 エンディング@
紫嶋桜花@ディルウェン SWRPG