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軌跡 Ver.φ
彼は少々入り組んだ路地を迷い無く進む。後を追う私のペースをさり気なく気にしている点では意外と気が利くのかも知れない。
目的地と思われるショットバーに着いた彼は扉を押す。行きつけのお店だったのかもしれない
薄暗い店内に客の姿は私とその男性−ファイの姿を除けば数人の客しかいない。

私は彼を捜していた。彼の足取りを追っていく内に、彼がシーンの神官戦士となっている事を知る。
なんという事だろう。彼は冒険者となり、常に世界のあちらこちらを転々としていたのだ。
悲嘆にくれた私に朗報が舞い込んだ。そんな彼が、珍しく故郷のダーレスブルグ公国に戻っているというのだ。
私は急ぎダーレスブルグのシーン神殿に向かった。そして・・・その姿を見た瞬間に私は思わず声を掛けてしまったのだ。

「あ?誰だよ、あんた。・・・金ならねーぞ?」
第一声がこれだ。見ず知らずの人に話しかけられたとしても、大多数の人はもっとマシな返し方をするだろう。
私は彼にどうしても話を聞きたい。そう懇願したのだが彼は取り合うつもりは無いらしい。
でも、私はどうしても彼の過去を、そして今を聞きたかったのだ。
問答を繰り返していると、そこに司祭様と思われる人物が助け船を出してくれた。(今思えば、単純に神殿内で騒がれていたのが迷惑だったのだろう)
彼に私の話を聞いて上げなさいとおっしゃって下さったのでこうして私に付き合ってくれたのだ。
ちなみに私はその時の、彼の心底面倒臭い&嫌で嫌で仕方ない。といった顔を忘れないだろう。

こうして私達はここに場所を移したのだ。
席に着いた彼はロングマントを脱ぎ、サングラスを外す。
「ウィスキー、いつものだ。あんたは?」
私は彼の姿に戸惑いながらもブラッディーマリーを注文した。
瞳の色は私と同じ薄いグレー。髪の色も私と同じ限りなく黒に近い青紫。
恐らく間違いない。直感的に感じた。

彼は運ばれて来たグラスを手にすると注がれたウィスキーを一口含むと淡々と語り始めた。


−カイ=グレイシルフ− ファイの父

その日は今にも落ちてきそうな空だった。酷く冷え込んだ空気が呼吸の度に肺を満たし、痛みを感じるほどだ。
ダーレスブルグでこれほど冷え込むのはもう何年ぶりだろう・・・
そんな事を考えながら、俺、『カイ=グレイシルフ』は朝のお祈りを済ませ、本殿へと向かっていた。
と、そこで俺の視界に見慣れないモノが飛び込んできた。
粗末な篭の中に、ボロ切れ同然の布に巻かれた赤子が一人。目を凝らせば頭には小さな角がある。ナイトメアだ。
シーンの神殿にナイトメアの赤子が捨てられる事はそう珍しい事じゃない。
俺はその子を抱き上げる。
呼吸が細い・・・瀕死だった。急ぎ司祭様の所へ向かい処置を施した。
発見の早さと処置が適切だった為、赤子は生き延びることが出来た。
司祭様は俺にその子を育てよ。そう言った。
早くに女房を亡くし、子供もいない。それに見つけたのが俺自身だった事もあり、情も沸いていた。
俺はそれを快諾した。名前を『ファイ』と名付け、勤めながら育てた。
別に俺はこいつに神官をやれとも戦士をやれとも言ったことは無い。
が、俺が神官戦士だった事もあり、ファイはその道を選ぶ事にしたようだ。

ナイトメア。
ただそれだけで、迫害の対象になる。
こいつはよく神殿の外に出ては、ぼろぼろにされて帰ってきた。
生まれたのがナイトメアってだけでこいつはずっと辛い思いをし続けてきた。
罪も無い、ただの子供が、だ。
言いようのない怒りをただただ俺は噛みしめた。
そしてこいつを守ることが出来ない自分に対しても、だ。
俺は泣き疲れて眠るこいつを見る度に、胸を締め付けられたよ。
次第にファイは自身の存在自体に疑問を持ち始めるようになる。当然の流れだ。
街に行かなくなり、森の中で遊ぶ様になっていくファイ。
俺が教えてやれるのは、剣の腕と、屋外活動ぐらいなモンだった。
我ながら不甲斐ない親父だったと思ってる。
最後まで俺があいつに伝え続けたのは「心を鍛えろ、自分自身に負けないように」だ。
その言葉が毎日の様に酷い目に合い続けたファイに伝えることが出来たのかはわからん。
そして俺のような普通の人間の言葉が、今現在痛みを感じているあいつに届くのか、もだ。
ただ、願わくばあいつがどんな形であれ、生きていく場所ってやつを見つけられることを、月神シーンに祈るばかりだ。

心残りは、それを見届ける事ができなくなっちまった事だな。
自分自身に負けるんじゃねぇぞ、ファイ。それから・・・すまねぇ、お前の行く末を生きて見届ける事が出来なくなっちまって・・・。
−カイ=グレイシルフ 享年46。 遠征先にて戦死。 ファイが17歳の時である−

−ファイ=グレイシルフ−

捨て子だったって事しかしらねぇ。
本当の親が誰だろう、なんて事はもうとっくの昔に考えるのを止めたからな。
それに俺の親父は一人だけだ。俺を愛してくれたあの人だけだ。

ガキの頃の事は思い出したくないんだけどな・・・。
この世の中に、ガキ程純粋で残酷なモノは無い。俺はそれを街で学んだ。
それに大人だって守ってくれる奴は少ない。
もういくつの時だったかな・・。
多分6とか7とか、そんな頃の話さ。
俺はいつもの様に同年代の奴らに殴られ、蹴られ、血反吐を吐いて這いつくばってたよ。
周りには大人も何人かいて、俺は必死で助けを求めた。
だが返ってきたのは、殴っている奴らを激励する声、歓声だ。
その時、優しそうな笑顔を浮かべて一人の大人が近づいてきた。
俺はその時、助けてくれる人はいるもんだって、そう思った。
だが次にされたのは唾を吐きかけられ、「汚らしい忌み子がっ」って声だ。
そして、あれは多分頭かなんかを思い切り蹴られたんだな。そこからは意識がない。

目が覚めた時は親父に抱きかかえられて、神殿に戻る最中だった。
俺は馬鹿だったからさ。その時、親父に言っちまったんだ。「なんで・・助けにきてくれなかったの・・?」ってな。
親父は悲しそうな瞳で俺を見て、そして涙を流した。涙を流して何度も謝ってたよ・・。


「一番辛いのは親父だった。俺はそれを分かろうともしなかった。自分一人が世界で一番不幸だと、そう思ってた。馬鹿な野郎だ・・・、一番辛いのが誰かも知らずにな。」
グラスの中の氷が音を立てる。
彼の表情は本当に寂しそうで、私は声を掛けることもできなかった。


俺は自然と街に出るのを止めて、森に遊びに出ることが多くなった。
街の大人は信じられなかったし、ガキ共だって酷いもんだったからな。
森は危険だと、神官さん達には止められていたが、俺にはそこしかなかったんだ。
神官さん達は優しかったが、当時の俺には大人も子供もみんな敵だった。
みんなの優しさが怖かった。あいつと同じように笑顔で近づいてきて、また殺され掛けるんじゃないかってな。
そんな俺を見て、親父はせめて護身用に戦い方や森での遊び方、今思うと野伏としての技を教えてくれた。
「剣の構え方はそんなんじゃ駄目だ、もっと踏み込むんだよっ」
「盾の使い方がいつまでたってもなっちゃいねぇなぁ・・ったく。受けるだけじゃなくて、受け流すんだよ。」
「こんな足跡も見つけられねぇのか、まったく・・・もっとよく見ろ。・・・そうだ、やりゃあできるじゃあないか」
俺はそんな時間が楽しかった。
神殿にいる親父とはあまり遊んで貰うことも出来なかったし、俺にとっては親父と過ごす貴重ま時間だったんだ。

ようやくまともに戦士らしい事もできるようになって、野伏としても及第点。そんな頃まで鍛えて貰った時、
親父は・・・まったく、殺しても死なねぇと思ってたような親父が死んじまった。
そして俺は神殿に近づかなくなった。

で、そっからはずっと親父と過ごした場所で数年間、野宿して過ごしていた。
たまに神官さん達が食い物を持ってきてくれたりしたから、俺はそこで剣の腕を磨き続けた。
親父もいなくなったし、生きていく事にも絶望していた。
冒険者になれば、きっと死に場所が見つかる。そう思ってた。

ある時、悲鳴が森に木霊した。
たまに森に入った町の人が狼なんかに襲われたりする事があるから、今回もそんなんだろうと。
街の人間には恨みしかなかったから、助ける気なんて全くなかった。
俺はそのまま知らん顔だ。
しばらくすると、足音が近づいてくる。
俺のねぐら近くまで逃げてきたんだな。面倒だから追い払うつもりで出たんだが、
そこにいたのは、昔、俺の頭を蹴り飛ばした男だった。男のそばには蛮族。

俺は剣を握ると男に近づいた。
あの日の事は忘れはしねぇ、こいつだけは。
抜刀。
あいつは俺を覚えていたらしい。もう蛮族にも俺にも怯えきってた。
親父に教わった事は既に身体が覚えていた。剣を振りかざす。
そして俺は蛮族を斬った。
動かなくなるまで斬り伏せ、そして今度は男に剣を向ける。
男の悲鳴。蛮族の血が滴る剣先。振り下ろそうとした瞬間、
「力ある者、死の覚悟を持つ者。全ては皆の幸福の為、全ての牙無き人の為、貴方は堅牢なる盾となりなさい。
 月の女神シーンの名において命じます。その力、私が預かります。」

次の日、俺は神殿に挨拶をすませると旅にでた。

旅先でも街に入るのを拒まれたり、色んな奴らから罵声を浴びせられる事も多かった。
シーンの姐さんの声を聞いた後でも、それらは俺の心を蝕み続けた。

振るう為の力はある。その気になれば斬り捨てて、衛兵に斬られ生きていく事を放棄する事だって出来た。
でも、出来なかった。

そして、豪雨の中、俺は一つの館で恩人に出会った。
ルイって言ったな、彼は・・・俺を、ナイトメアを救ってくれた。
同時に俺がナイトメアに感じていた事を戒めてくれた。
俺自身が、ナイトメアに対して偏見をもってる、ってな・・・。
そしてその時初めて、俺は生きていても良い。そう思った。


「と、まあ、しゃべり過ぎたな・・・もういいか?」
彼はグラスに残ったウィスキーを開ける。
「ええ・・あの・・聞きづらい事を聞いてしまって、ごめんなさい・・」
私はバツが悪くなる。彼の過去を知りたかったのは事実だったのに。
「ん・・?まあ、あんまり過去の事は思い出したくはないんだがな。まあ、何故かあんたには話す気になった・・」
席を立ち、ロングマントを着込みながら僅かに微笑む彼。
私は少し迷ったが彼に打ち明けようと決意。真実を、彼に伝える為にここに来たのだから。
「あの・・実はっ」
「その先なら聞かねぇよ。」
彼の言葉が遮る。
「俺には、死んじまったが最高の親父がいる。だから、それ以上でもそれ以下でもねぇ。俺は『ファイ=グレイシルフ』だ。」
私は言い出せなかった。だけど彼は自分の生い立ちを話しながら、私が何者か気づいたのだろう。
「ま、機会があったらまた会うかも・・・な。えーと・・」
自分が名乗ることを忘れていた。
「アイシャ=スレイナーダ!アイシャよっ」
彼はサングラスを掛け微笑み、立ち去り際に確かに言った。
「じゃあな、アイシャ。・・・姉さん」

END
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