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魔法使いの弟子もしくはおばあさんの話してくれた昔のこと
……私のことですか?
私の過去など、たいして面白くもないと思いますが。
まあ、いいですよ。わざわざ自分から宣伝することでもないと思っているだけで、別に隠しているわけではありませんからね。
 
私は、ある小さな町で雑貨屋を営む両親の下に生まれました。
どこにでもありそうな、そう、ちょうど私たち冒険者がゴブリン退治などを請け負って滞在するような、街道沿いのこじんまりとした町です。
私の記憶が確かならば、「守りの剣」が   ごく弱いものですが   あったはずです。
 
あなたも知ってのとおり、「守りの剣」は蛮族の侵入を阻むものです。
町の、短くはない歴史の中では、「剣のかけら」の補充が間に合わず、危険な状態になったことも時にはあったようです。
とはいえ、おおむね町には平和が続いていました。
 
……けれど、「守りの剣」では、蛮族の侵入は防げても、人の悪意を防ぐことはできなかったのですね。
 
私の家は、宿屋をのぞけば、町で唯一といっていい「店」でした。
村に毛が生えた程度の小さな町のことですから、我が家と宿屋にはある意味、町中の現金が集まることになります。
宿屋には冒険者も滞在していますから、悪心を持った者が狙うなら、どちらになるかは明白でしょう。
 
ある夜、忍び込んできた賊に両親は殺害されました。
そのいきさつは見ていません。
ひょっとしたら、彼らは両親を殺す気まではなかったのかもしれません。抵抗されたのでやむを得ず殺したのかもしれません。
最初から殺す気なら、子供部屋で寝ていた私のことを見逃したりはしなかったのではないかと思います。
 
とにかく、目が覚めると、家が燃えていました。
必死で逃げようとして階下に降りていくと、台所で両親が血まみれになっていました。
……正直、その後のことは記憶があいまいです。
 
なぜ賊が火まで付けていったかはわかりません。あわよくばただの火事に偽装してしまおうとしたのではないかと、これは私を助けてくれた冒険者に、後で聞きました。
 
そうして両親を失った私は、近くの街に住む母方の祖母に引き取られました。
「町」ではなく「街」です。
ちゃんとした「守りの剣」もあり、衛視の見回りもあり……
子供を育てるには、そちらのほうがよほど安全な環境だったと思うのですが、両親が私が幼い間だけでもそちらの街に暮らそうとしなかった理由は、詳しくは知りません。何しろ私は子供だったので。
ただ、祖母と両親はどうも折り合いがよくなかったようですね。
祖母は……魔法使いでした。
 
在野の魔法研究者、とでもいいましょうか。
それなりに優秀な操霊魔法の使い手でしたが、それ以上に学者としての知識に優れたものがありました。
 
……。
 
私が生まれる前、祖母はある予言を受けたそうです。
生まれてくる孫は、優れた魔法の才能を持っている、しかし、その分平穏な人生は送れないだろうと。
そして、その予言をした術者は、同時に、炎の中から助け出される幼子のビジョンを見たとか。
 
両親が、この予言について知っていたかどうかは知りません。
なんとなく、祖母にも聞いてはいけないような気がしていました。
ただ、両親と祖母の折り合いの悪さの原因のひとつに、この予言の件があったことは間違いないように思います。
そういう気がする、というだけですが。
 
知らされた運命から逃れようとして祖母から離れて暮らし、その結果、かえって予言を成就させることになってしまったのだとしたら……皮肉なものですね。
 
祖母は……なんと言うか、一言で言うと、むちゃな人でした。
街中の、邸宅といっていいような大きな家に住んでいたのですが、手入れというものをまったくしていませんでした。
門は用を成しませんでした。門扉が壊れていて開閉しないので、私たちは門の横の塀の崩れたところから出入りしていました。
そこ以外にも塀はあちこち崩れていましたが、庭にはつるバラが   これもまったく剪定されていないのでえらいことになっていました   つるを張りまくっていて、それが侵入防止の役を果たしていました。
屋敷の中もとんでもない状態でした。
生活に必要な数部屋以外はまったくの放置状態で、クモの巣が張ろうがネズミが住み着こうが、野良猫が仔を産もうがまるでお構いなし。
というか、普段生活するその数部屋すら、ろくに掃除もしないのです。
脱いだ服はそのへんに散らかしているし、髪をとかすブラシから食事用のスプーンまで、使おうとするたびにそこらをひっかきまわして「発掘」しなければならないという有様。
 
そして、それをちっとも悪いことだと思っていない様子でした。
 
私がひきとられて来た日には、孫を迎えるための部屋を整えるどころか「同居の記念のお祝い」といってケーキを焼いていましたよ。
その甘いにおいが立ち込める中で、八歳の私は必死で自分の部屋の掃除をしていたわけですが。
ああ、料理はこれっぽっちもしないくせに、お菓子を作るのは好きでしたね、そういえば。
 
そんな無茶ぶりなのに、本人はいつもおしゃれな格好をして、きれいにお化粧もしてこざっぱりしているのです。
そちらのほうがよほど魔法のように見えましたよ。
亡くなる直前の半月ほどは寝たきりでしたが、それでも毎日きちんと私に身体を清めさせて、髪も結って、お化粧もして、清潔な寝巻きの上に色とりどりのショールを羽織っていたりしていました。
すでに七十代だった祖母に言うのも妙な表現かもしれませんが、色っぽくてきれいな人でした。
小柄でほっそりとして、どこかコケティッシュな魅力のある人でした。
 
私とも両親ともまるで違う印象の人でしたね。
そのあたりも、娘夫婦との折り合いの悪さの要因かもしれません。
 
私が十歳になった日、祖母は例の予言のことを教えてくれました。
そして、平穏な人生を送れないのなら、生きのびる手段を身につけなければならないと言って、私を魔法使いとして仕込んでやろうと言ってくれました。
ひょっとしたら、魔法という「力」を得ることによって平穏から遠ざかることになるのかもしれないけれど、とも言っていましたが。
それでも、祖母ももう先が長くないことは幼い私にもわかりましたから、ひとりで世の中を生きるための手段を授けてくれるというのなら、時間を惜しんではいられません。
私はとても熱心な弟子でしたし、祖母は厳しくも優れた師匠でした。
 
魔法の授業が行われたのは、祖母の研究室兼書庫でした。
めちゃくちゃな家の中で、この部屋だけはいつもきちんと整えられていました。
床も清潔でしたし、書物は整然と書棚に収まっていましたし、魔法に必要なこまごまとしたものも几帳面に分類されて棚に並んでいました。
書物はデリケートなものですし、魔法の品物には慎重な取り扱いの必要なものもありますから、当然といえば当然ですが……
祖母のいつもの暮らしぶりからはあまりにもかけ離れていたのは事実です。
 
どう言えばいいのか、今でもわかりませんが……
 
秩序というものを、はるか遠くに放り捨てたような暮らし方をしている祖母の、本来のあり方はこちらなのではないか、と私は思いました。
 
祖母があのように   あんな暮らし方をするようになるまでに   至る前の、過去の何かを、あの部屋は思い起こさせる……
私はいつもそんな気がしていたのです。
 
それが何かは、もちろん、わかりませんが。
 
 
ただ……
 
 
おや、なんて顔をしているのですか?
……ふふ、私としたことが、ずいぶん感傷に浸っていたようです。
ずいぶん夜も更けてしまいましたね……今夜はここまでにしておきましょうか。
 
続きは、まあ、機会があればにしておきましょう。
では私は失礼しますよ。
……おやすみなさい。
ゲルトルート@アンブロシア SW2.0