「ふぅ…」
今日の分の依頼を終え、宿の部屋で息をつく。
窓から空を見上げれば、満天の星空、そしてぽっかりと浮かぶ真円の月。
こんな夜には思い出してしまう。彼女のことを…。
それは、今から40年近くも前のこと。それほどの時間が経っても、私はあのときの彼女の顔を忘れない。月明かりに照らされた笑顔を、太陽に煌く涙の雫を。

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夜想



―41年前、ハノン10歳―
カチ、カチ、カチ、カチ…
時を刻む音が聞こえる。
一体、どれほどの時間この部屋で過ごしたのだろう。
数m四方の狭いこの部屋、それが僕の世界のすべてだった。
本棚の本は読みきった。お気に入りの魔術書に関しては3回ほど読み返した。
それほどの時が経っても僕はこの部屋から出られない。
理由は分かっている。
生まれついての病気のせいだ。
本当なら、僕は今、生きているだけでも奇跡なのだろう。
母さんの話では、僕はこの年まで生きられるかどうかも分からないといわれていたらしい。
それを、3年前に訪れた冒険者が助けてくれた。
僕は顔も知らない冒険者。彼には感謝しても感謝しきれない。
だが、それでも僕はこの部屋からでられない。
大部分は治っても完治まではまだまだ時間がかかるというのが主治医の話だった。
「(はやく外に出たいな…)」
最近の楽しみといえば、部屋の窓から外の景色を覗くこと。
今日も村の子供たちが遊んでいるのが見える。
僕も健康であったなら、あの輪の中に居たのだろうか…。
ぴょこぴょこ…。
「………?」
窓の外で何かがゆれた。
ピンク色の何か…。
それを確かめようと窓を開けたときだった。
「とーっ!」
「う、うわッ…!」
ドシンッ!
いきなり現れた何かに驚き、尻餅をついた。
「やあやあ、はじめまして!」
「………」
そう言って窓の外に立っているのは僕と同じくらいの年の女の子だった。
髪はピンク色…そうか、さっき窓の外でゆれていたのは…。
「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな?」
「い、いや…大丈夫…」
僕は立ち上がりながら答える。
「…君は…誰?」
「私?私はシャイナ!シャイナ=コロニーナだよ。君は?」
「僕は…ハノン、ハノン=ペキサージュ…」
「いつもこの窓から外見てるよね?」
「え?あ、はは…見られてたんだ…」
僕は少し気恥ずかしくなって頭を掻いた。
「ねえ、ハノン君、私といっしょに遊ばない?」
「僕は…無理だよ…」
「どうして?」
「僕はこの部屋から出られないんだ。病気が治ってないから…」
「ふーん…。じゃあさ、私が部屋の中に入るのはいい?」
「いい…のかなあ…」
「お邪魔しまーす」
「って、もう入ってるし…」
その日、僕は彼女といろいろな話をした。
家族のこと、友人のこと、村のこと…。
とても身近なことなのに、彼女と話すと楽しくて。
彼女から聞くすべてのことが、新鮮で。
気がつけば、あっという間に日が暮れた。
母さんは勝手に彼女を部屋に入れたことに少し怒っていたけど、「次は玄関から入ってね」と言ってくれた。
それが僕と、僕の初めての友達シャイナ=コロニーナとの出会いだった。
 
 
―38年前、ハノン13歳―
「おっじゃましまーす!ハノンー!いきましょう?」
「あ、うん。今行くよ」
シャイナと会ってから3年が経ち、僕もやっと外へ出られるようになった。
とはいっても、激しい運動などは厳禁。
シャイナと一緒に村の中を歩くだけ。
それでも数年前とは大きな違いだった。
「…ノン?ハノン、聞いてる?」
「え?」
「もー…。あのね、今夜星を見に行かない?」
「星?」
「うん。今日は満月だし、良く晴れてるし、きっと星も綺麗だよ!それに…」
「それに?」
「ううん…。なんでもない!ね?いいでしょう?」
「うん、いいよ。ちょっといきなりで驚いただけだから…」
「本当?じゃあ、一回戻って準備しましょう!」
「っと…。シャイナ、待ってよ!」
「あ、あはは。ごめんね、ハノン」
―夜―
「こっちだよ、ハノン!」
「ハァ…ハァ…」
シャイナの案内でやってきた場所は村から少し歩いた山の中。
彼女の後ろについていくだけでも僕にとってはきつい。
「ちょ、ちょっと…大丈夫?」
「だ、大丈夫…」
「ご、ごめんね。もう少しだから、ゆっくり行こう」
………
「ついたよ、ハノン。ほら、こっちこっち!」
そこは山の木々の中に少しだけ開けた場所。
彼女はその中央辺りにある倒木に座って手招きした。
僕はそれに答えるように彼女の隣に腰かけた。
「わぁ…」
夜空を見上げれば、そこには煌々と輝く満月。
そして、瞬く多くの星。
初めて見る感動がそこにはあった。
「すごいね…」
「うん…そうだね…」
それからしばらくの沈黙。
「ねぇ…ハノン…」
その沈黙を破ったのはシャイナ。
でも、その言葉はすぐにかき消された。
「グルルル…」
「?何…」
「! ハノン!逃げて!」
「え?わっ!」
シャイナに突き飛ばされて、地面に転がる。
その最中に見たのは、シャイナが巨大なトカゲと対峙する場面。
僕は、すぐに体制を立て直して、彼女を…。
(え…    。)
視界が歪む…。
立ち上がれない…。
「ハノン…?ハノン!?」
(ああ…だめだよ、シャイナ…。僕なんかにかまっちゃ…。はやく、逃げ…)
              
………。
……。
…。
「…ン!…ハノン!」
「っ…シャ…シャイナ…?」
「ああ、良かった…。気がついたのね」
「か、母さん…?僕は…、ッ!シャイナは!?」
「ハノン、よく聞きなさい。あなたはね…」
あの時、何が起きたかは母も知らないらしい。
ただ、僕を家まで運んでくれたのはぼろぼろになったシャイナだったということ。
そして…
「ッ…!」
「ハノン!待ちなさい、ハノン!」
僕が母からそれを聞いたとき、僕は無意識に走り出していた。
行く先は決まっている。
「…ハァ…ハァ…ハァ…!」
「…もう、だめだよ。ハノン。そんなに走ったら、また倒れちゃうよ?」
「ハァ…ハァ…シャイ…ナ…やっぱり、ここに…」
そこは昨日、僕たちが夜空を見た場所。
昨日と同じ場所に彼女は座っていた。
「…本当…なの?」
「…そっか、聞いたんだね」
「なんで!?なんで、村を出て行くの!?」
「もともと、そうするつもりだったから…」
そういうと、彼女はバンダナを取った。
バンダナの下には…小さな角が…。
「私は…化け物だから…」
彼女の肌がみるみるうちに青白くなり、それとともに小さかった角が肥大化していく。
「っ…!」
「ごめんね…隠してて…」
「………ない…」
「え?」
「関係ない!ナイトメアだからなんだって言うんだ!シャイナはシャイナだろ!それなのに…」
彼女は立ち上がって僕の耳元でささやいた。
「…ありがとう、ハノン…」
「…シャイ…ナ…?…んっ…」
………
「…ハノン…ごめんね…バイバイ…」
彼女は泣きながら笑顔を浮かべていた。
「………っ!」
足が動かない…。
声も出ない…。
彼女を追いかけたいと思うのに   
彼女を追いかけなければと思うのに   
彼女の笑顔に   
彼女の涙に   
僕の体が   
僕の心が   
囚われてしまったようで   


あれから、多くの時が過ぎ、その間にもいろいろなことがあった。
それでも、私が冒険者になったその目的を果たせていない。
私を助けてくれた彼、私が愛した彼女。
その両方との出会いはまだ先になりそうだ。
それでも、日々、私は出会う。
多くの人たちと、冒険者と。
そのつながりを胸に抱えて。
私は旅を続けよう。
世界が平和になるように。
世界から悲しみがなくなるように…。



フロスト@ハノン SW2.0